かつてターミナルビルであったこの「天六阪急ビル」も、当初は新京阪鉄道として開業していた、
とのことで、画像からもその様子がみてとれますね。
長い年月を経て、現在はずいぶん外観が変わってしまいましたが、現在でも当時のまま
残されているものがあります。
例えばこの上下の画像。
比較してみれば、この南側の少し色の違う部分(増築部分)によって、ずいぶん印象の違う
建物になってしまってますが、奥のレンガ部分は当時の面影を残してます。
屋上の、かつては「新京阪電車」の看板を掲げていたであろうポールも、よく見れば
残ってますし。
さらにビルの北側。
かつて電車が乗り入れていたプラットホームがあった場所。
現在はもちろん線路はありませんが、ホーム跡は名残があります。
この角度だとイメージしやすいですね。
高架線路が延びていた当時の様子が、なんとなく頭に浮かびます。
重厚感のあるレンガ造り。
そして開業当初の、飾りをあしらった外観は失ってしまいましたが、それでもどことなく
大正ロマンを感じさせる窓や装飾など、今なお存在感のある、このビル。
とても残念なことに、近々取り壊されることが決まっているんだそうです。
80年以上にわたって、この地域の歴史を見守り続けてきたこのビル。
第二次世界大戦、ゴーストップ事件、そしてガス爆発事故など・・・。
天六の歴史の証人のような、このビルを、なんとか保存できないものかと思っているのは、
きっとぼくだけではないだろう。
思えば平成10年8月に設立した、我が株式会社オルボを、
設立と同時に当座預金の口座を開いてバックアップして下さったのは
さくら銀行(現 三井住友銀行)天六支店だったなあ。
ちょうど下の画像が撮影されたとき、撮影者が立っていたであろう場所あたりにあったんだけど。
(現在は統合のため、天六阪急ビル南側の新しいビルに移転なさいました)