大人に見えなくて子供に見えるもの
夏の四国にて従兄弟とよく遊んだ田舎の川。不思議な川。洞窟のある川。カッパが潜むといわれる川。その川は「田舎」にあった。 愛媛県のある山村地。道路は舗装されず、郵便局も木造。公衆電話ができたことがその村の大きな話題となる。二年に一度、その村を訪れる。母親の生まれ育ったその村には、母親の生家がある。 祖父の思いでも断片的にはあるが、よく覚えていない。ただ、強烈に覚えていることといえば、腹水がたまり苦しむ祖父が見舞いに来た私に、ニッコリ微笑んだこと。それと、宇和島の港から船を出すときの威勢のいい掛け声と誇らしげな祖父の顔。 田舎のメインストリートは砂利道。雑貨屋さんが2件。床屋、農協、郵便局。そのほかの店は記憶にない。民家もまばらに建ち並ぶその道は、100m程で農道になる。宇和島市街地から峠道を車で走ること1時間。その道に到着する。途中、断崖絶壁でガードレールもない箇所もあり、その場所にさしかかると怖くて車中にも関わらず、山側に身を寄せた覚えがある。 雑貨屋さんと石置き場が町のスタート。その景色を見ると「ばあちゃん」を思い出す。郵便局と民家の間に車を止めて、高台に向かって細い道を登っていく。無造作にコンクリートが張られてあるその細い道が、ばあちゃんの家に通ずる唯一の道。ブロック塀を左手に、右手は畑になる。まだ高台に登ると、道が右側にものびている。右に曲がるとばあちゃんの家の垣根。ばあちゃんの家には垣根がある。垣根をすぎると、左手に玄関。庭を横切って玄関の引き戸を開ける。「ばあちゃん!!」「おかえり~。よく来たね~。」そこには、ばあちゃんがいる。 ばあちゃんに挨拶すると、その次がある。さらに大御所に挨拶をしなくてはいけない。そして、それは興味をくすぐるとても楽しいことだった。 コンクリートの細い道をまっすぐ行くと、そのうち土の畦道に変わる。右手はばあちゃん家の裏手にある畑。左手には納屋。その納屋には、大型のトラクターと鎌や鍬。見たこともないおぞましい武器が一杯の不思議空間に感じていた。悪いことをすると閉じこめられるという、親戚筋のもっぱらの噂だった。 まだ真っ直ぐいくと、見えた。一本の柿の木が生えた家。わらぶき屋根で土間がある。家の中なのに土があり、ガスもなければ水道もない。家の中だというのに灰が真ん中に置かれている。子供にとっては、不思議の固まりの家。「うえばあちゃん!!」「んっ。かずひろか?!よく来たね!!」元気な大御所、ばあちゃんの母親。毎朝、起き抜けに湯飲みに焼酎を一杯飲み干し、のら仕事。昼飯を食べ、また働く。夕方にもう一杯の焼酎。暗くなると眠る。その単調な生活が子供の私にとって驚異であった。うえばあちゃんの家にいると、テレビがない。ラジオもない。ただ、その代わりに「お話」があった。山道で弁当を猿にとられて追っかけた話。山のお化けの話。カッパの話。土地の話。とても、テレビでもラジオでも聴けない話があった。ばあちゃんの家にもいたが、大人たちが忙しそうにしていたり、甲子園を見ながら一杯やっているときは、コッソリうえばあちゃんの家に行った。うえばあちゃんは、後日、東京にも来た。我が家でしばらく過ごした。幼稚園の私を迎えに家を出たが、私は幼稚園の先生におくられて帰宅。当のうえばあちゃんは、行方不明。警察に届けを出すほどの騒ぎになった。うえばあちゃんの行動や言動は予想がつかない。以前にも、兄が飛行機に初めて乗ってきたときも、「危ないから、窓だけは開けちゃいけないよ!!落ちたら大変だから!!」誰も、つっこめなかった。 ばあちゃんの家の裏手には畑と鶏小屋がある。夜、遅くまで宴会をする大人たちの声と、その後の静けさからくる「シーン」という音なき音で眠れないで朝を迎える。それも、四時頃から「コケコッコー!!」その鶏が卵を産む。産み立ての卵はあたたかい。ご飯にかけてすすり込む。東京では味わえない甘い生卵。その鶏もめでたいときには「シメル」。なぜめでたいのに可愛がっていた鶏を絞めるのか理解に苦しんだ。でも、美味しかった。 子供にとって、別世界の遊び場である「田舎」。毎日早く起きて、遊びに行く。材木置き場、石置き場。畑の秘密基地に、裏手の川。この川には、驚くべき秘密があった。裏手の川。商店が建ち並ぶ道を隔てて向こう側。民家の間を15mほど歩くと、川がある。畑の間を走る川。大きな岩が川岸に。川の向こう側には山がある。到底人が入ったことのない様な山肌。川の所々は深くなっているのか、深い緑色。従兄弟と二人で、いつも遊んでいた。川に石を投げる。虫を捕る。石を並べて自分たちのプールを作る。都会育ちの私にとっては、何もかにもが新しい体験。ある日、いつものように大人達は扇風機の前で甲子園に見入り、ビールを飲んでいた。私と従兄弟もいつものように、川に遊びに行った。「今日はたまには先の方に行ってみようよ。」かなり歩いた気がする。緩やかな流れ。辺り一面、静かにせせらぎが。蝉の鳴き声もなくなり、妙に明るい木漏れ日の中にポッカリ口を開けた、洞窟。いや、洞窟といっても草に覆われた山の口。ポッカリ明けた大きな口。奥の方から、何かの音が聞こえる。何故か、川の真ん中は浅瀬になり歩いて川を渡れるようになっている。靴が浸るくらいの浅い川。穴の奥には綺麗なせせらぎの音が聞こえる。その深い穴に吸い込まれそうになる。不思議な感覚。入り口から、ちょっと奥に入る。誰かが呼ぶような、人の声が聞こえたような気がする。フラッ!!更に奥に進もうとしたとき、従兄弟が行った。「カズ君。それ以上行ったらいかん。いかんのゃ。」毅然と言う従兄弟の態度に、引き返した。走って、婆ちゃんの家に戻った。走る間に多くのことを考えた。何故、先に行こうと言ったのか。何故、従兄弟は浅瀬を渡らずに、引き返すことを言ったのか。婆ちゃんの家の縁側について時には、息がきれていた。「婆ちゃん!!川の先の、山の、穴の、、、」慌てていて話にならない。「川の先の方に、山に穴があいていた。洞窟だ!!」大人は、皆顔を見合わせて不思議そうな顔をする。首を傾げた地元の叔父さんが、「この近辺に洞窟なんかあらへんよ!?夢でも見とったんじゃなかろうかなぁ!!」何回かの、押し問答の末、結局、夢ということになった。従兄弟に、同意を促そうとしても、何故かいなかった。その夜、眠れずにずっと天井を見ていた。20年後。大人になり久しぶりに田舎に行った。その間は、ラグビーの合宿などで夏休みはとれなかったから。洞窟は、無かった。昔もなかったとのことだった。いや。見えなくなったのかも知れない。