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「このまま時が止まればいいのに」
僕こと絹田浩司はその瞬間、心からそう願った。 “3月15日木曜日。世間ではそう、ちょうど一ヶ月前の、ある人には甘く、またある人には辛くただただ苦痛の一日、通称バレンタインデー。これに勝利したものだけが、敗者に対して優越感を抱きつつチョコレートや手作りのマフラーをもらったお礼にプレゼントをお返しするという、世の中の不平等を絵に描いたような一日、ホワイトデー。 この日に限ってはお返しに何をプレゼントしようかと悩まされるのも、勝者にとってはうれしい悲鳴である。もちろん僕は言うまでもなく勝者の部類に入ると思っている。その証拠に小さい時から明朗活発で比較的人当たりの良かった僕は毎回のようにチョコをもらっていた。これは毎回もらえるものだとも思っているし、これからもきっともらえるものだと思う“ 浩司はいつもの空想日記を閉じた。そして毎日のように書き続けている日記帳の表紙を眺めた。 僕が空想日記と呼んでいるこの日記帳は人から見れば十中八九、白い目でみられるような内容を書いたとしても、誰からも攻められることのない聖域であり、幼い頃から唯一心の丈をぶつけることの出来る友であった。 もちろん実際は空想どころか妄想でしかなく、おそらくというよりも確実に実現されることがないであろう、自分の想いを書き込むだけの日記帳であった。そして同時に自分の中の膿を吐き出すことができ、そして飲み込んでくれる存在でもあった。この日記をつけ始めてから一体どれほどの月日が流れたのだろう。 思えばこの日記を手にしたのはちょうど僕が小学5年生の時である。夏休みに遊んでいた友達と別れ、帰る途中に見つけた寂びれた古本屋になぜか吸い込まれるように入ったのがきっかけだった。 いつもなら潰れかけでうす汚く、そして本を読まない自分にとって無用の場所であるこのような店には目もくれず走り過ぎるのだが、なぜかその日はこの店が目に止まり、そして自分を呼んでいるような気がして足を踏み入れたのである。 入った瞬間いままで晴れていた空が急に曇ったのかと思わせるほど店内は暗かった。僕は一通り店内を眺め、やはり自分には無用の場であると感じ、店を出ようとしたその時に一冊の分厚い本が目に入ったのである。 その本は他の本と違いタイトルはなく、心の奥の好奇心をくすぶる温かみのある薄い赤色をしていた。気が付くといつの間にか僕はその本を手に持ち、ボーっと突っ立っていた。その本は見ための分厚さから想像していたのよりずっと軽くそして手になじむ感覚があり何か手放すのが惜しいと、そう思わせる本だった。 そして何より驚いたのは本の中身が何一つ書かれていなかったのである。普段なら本など読まないのだから内容が書いてあろうがなかろうがどうでもよく、さっさと棚にもどして帰ったであろうが不思議と僕はこの本が欲しくなった。そして店員に財布の中から今月分の小遣いを渡し、“今日から当分アイスなしか”と思いながら勘定を済ませ、すぐさま店を後にした。 パート2に続く │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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