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その日は友だちと遊ばずに放課後はまっすぐ家に帰った。そして昨日の日記帳のことと今日の納豆のことを考えていた。ハッと僕は家のテレビをつけた。 午後4時、普段なら“バケモン”の時間である。しかし今放送しているのは火曜にやっている“金色のキャッシュフル”通称“キャッシュ”であった。もちろん内容は昨日の通り、恋人を敵に誘拐されるというピンチになったら、ヒーローが某金融機関に借金をして敵にお金を払って許してもらい、決め台詞である 「フハハ、金で買えないものはない!!」 と威張るがそれと引き換えに今日もまたプライドと信頼感というものを失うことに気付かないというエンディングを迎えていた。 僕は昨日と同じ内容であることを確かめた後に、毎日母親が過ぎた日にバツ印をつけているのを思い出しカレンダーの前に走った。 「えっと、今日の日付は・・・1月20日」 目の前のカレンダーの文字が頭の中で繰り返された、そして気づいてしまったのだ・・・今日はノーマイカーデー。 違う。 今日は、いや今日と思っていた一日は昨日とまったく同じ時間が過ぎているのだ。 最初はこんな本は捨ててしまおうと思った。小学5年生にはこの本はただただ“コワイ”ものでしかなかったからだ。しかしその本の肌触りや質感はまるで僕のためにあるように思えて僕は本を手放せなかった。 そうだ、中に何も書き込まなければいいんだ、と子供心に考えた僕はその本を机の中にしまい、今までと同様に本を触るだけということでその本の存在意義を認めてしまった。それが最大の過ちの始まりだったのかもしれない。 それから僕は何か特別なときにだけその日記帳に今日の出来事やうれしかったことのような思春期には誰もが行っているような文章を書き連ねるようになった。 昨日起こった出来事をまるで今日の出来事のように過ごしていったのである。また昨日に容易に戻れるのならば日付を書き直せば過去にも未来にもいけるのではと思ったが、そんなことにはならず、内容をでっち上げて日記を書いてもそれは実行されず、前日を繰り返すだけというのがこの日記帳のルールであった。しかも昨日を繰り返した所で体は成長しないが、精神だけはそのまま成長していくということがわかった。 しかしこの前日を繰り返すというだけでも僕には十分だった。この過去を繰り返す行為は決して褒められるものではなかったとしても、犯罪行為に及ばなかった点は唯一の救いであったのかもしれない。 僕は普通の生徒が毎日毎日同じことの繰り返しのようだと嘆く日々を文字通り全く同じ時間と内容で過ごしていた。 ページ4に続く │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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