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兵庫県の中心に位置する小野市。
その小野市にある、小野キリストの教会です。 毎週日曜日に、少ない人数で礼拝を守っております。 週報の「先週の講壇から」を中心にブログアップしていきます。 掲示板は、教会ホームページで受け付けております。 http://church-of-christ-ono.hp.infoseek.co.jp/ 楽天ブログの掲示板は、申し訳けありませんが、受け付けておりません。 リンクは、ご自由にどうぞ。(^^)♪ church.of.christの日記 [全77件]
先週の講壇から
教会を考える その1 澤 浩士
「キリストのからだとしての教会」 (エペソ書1章22~23節)
客観的に見て、私たちの教会は建物としても集まりとしても決して誇れるものではない。 しかしこれで良い・・・・・言い換えるならこれが「キリストの教会」なのである・・・・ ということの確認と、同時にこれからどうあるべきなのかということについて シリーズで学びたい。
教会が誕生した頃はもちろん、戦後の日本や私たちが教会に行くようになった 何十年か前と比べても、現代日本における教会を取り巻く環境は大きく異なっている。 社会は平和、死は身近なものではなくなる一方、経済は繁栄し物があふれ、 人々は多忙となり、魂の飢え渇きをあまり感じなくなった。 一方で人権意識や自由主義などが社会に浸透し、 キリスト教文化を発信する存在意識も乏しくなっている。 教会がかつてのようにいかなくて当然である。
とは言うものの、人々がみな満足して生きているわけではない。 たとえかつてのようにたくさんの人が集まらなくても、 キリストの救いを必要としていることに変わりはない。 パウロは「教会はキリストのからだである。」と語る。 一人ひとりの存在、お互いのつながり、そして集まり・・・・・それらはすべてキリストである、 そこにキリストがおられるという・・・・実におそれ多いことである。 私たちはそのことの上に立って、この時代にふさわしい、しかし変わることのない教会のあり方 について考えていきたい。
コメントはこちらの掲示板でどうぞ。 最終更新日時 2009年4月5日 9時0分9秒
教会員のMさんが退職をしました。 36年9ヶ月の勤務でした。
先週の礼拝では、証しをしていただきました。 いろいろあった会社生活。 振り返ると一番苦しかった時に、 会社での仕事が一番楽だったとか・・・。 Footprintsの歌のあるように、一番苦しい時には イエス様がおぶってくださってた、、、そんな実感がこもった 証しでした。
礼拝後は、「退職祝い」と、Mさんのお父さまが天に帰られた記念会を 合わせて食事会をしました。
イタリアンのフルコースです。
オードブルです。 地元の新鮮な野菜をふんだんに使われてあります。 パスタとスープの写真は撮り忘れました・・・。
魚料理です。 シリア風のなんとかかんとか・・・というお料理でした。 だし・・というのか、ソースというのか・・。 とにかく、最後はパンに汁を浸して食べました。 おいしかったです。
肉料理です。 このレストランのある西脇市の名物黒田庄牛です。 おいしかったですよ~~。。 ステーキを食べたのは何年ぶりかな・・・・?
デザートのパンナコッタ。 デザートはティラミス・フォンダンショコラ・チーズケーキなどから 好きなものを選べました。 後ろにあるのは、みんなからMさんへのお祝い。 アートバイブルです。 素晴らしい聖画がたくさん載っています。 しばらくうっとりと見ておりました。
これから、お母さまとの二人暮しです。 Mさんの生活のためにお祈りくださいませ。
書き込みはコチラの掲示板でどうぞ。
最終更新日時 2009年3月1日 9時27分7秒
遅れてすみません。。 ケータイからの更新は何故かうまくいきません・・・・。 とにかく、1月18日分の「先週の講談」からです。 ちょっと時期はずれかな?ギリギリ許してもらえるとこでしょうか・・・。
「一年を振り返って」 澤 浩士 牧師 「もし、あなたがたのうちふたりが、 どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、 天におられる私の父はそれをかなえてくださいます。 ふたりでも三人でも、 私の名において集まる所には、 私もその中にいるからです。」 (マタイの福音書18章19~20節)
この聖書の言葉を実感させられた一年だった。 オンギジャンイのコンサートの実現は小さな私たちの教会にとって 励ましであり慰めとなった。 結果として市内3教会の交流が始まったことも恵みであったが、 それは他の教会でもこれまでに祈られてきたことであったという。
仕事においても、問題にぶつかるたびに クリスチャンの同僚と祈りつつ取り組むことで、 神様の業を目の当たりにさせられる一年であった。
小 さいことや少ないことは人間的に見れば心許ないが、 信仰によって立つなら、神様の働いてくださる可能性が それだけ広がっていくことであり、決して悲観する 必要はない。 むしろ、「超・高齢化社会」へと向かう私たちにとって、 右肩上がりの成長ではなく、 弱さや衰えの中にこそ神様の祝福がよりたくさんあることに 気づかされる信仰の姿勢が大切である。
コメントはこちらの掲示板へどうぞ。 最終更新日時 2009年2月2日 10時39分48秒
祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。 そこには、すべての人の終わりがあり、 生きている者が それを心に留めるようになるからだ。 伝道者の書7章2節
村川姉のお父様の告別式を通して考えさせられたことを紹介させていただく。 前 夜式・告別式には親族をはじめ、地域の方々もたくさん出席された。 あくまでも「神様を礼拝する」という姿勢で行ないつつも、 「葬式キリスト教」ではなく、遺族の方の慰めとなり、 初めての方々の心にも触れるわかりやすいものとなるように祈りつつ備えた。 偶像礼拝を避けるように配慮すると同時に、 日本人の感情 や伝統にも可能な限り寄り添うものでありたいと考えた。
村川姉のお父さんは、私たちとのつながりもあり、 かつては教会の集 まりにも出席されていた。 とは言えクリスチャンではなかった。 「天に召された」というような表現を式の中でも使ったが、 信仰においてそこはどう受け止める べきなのか、 デリケートな部分である。 聖書の信仰に基づいて亡くなられた方をお見送りし、 後は愛なる神様にお任せすることになる。 残されたものの信仰に よって救われるという考え方もある一方、 たとえバプテスマを受けても全身が水に浸かる「浸礼」でなければ 天国には行けないと主張する人もあるほどに、 この ことに関する信仰の立場は幅広い。
改めて、自らの死=生を見つめなおすと共に、 家族のことも含めて「その時」への備えの大切さを考えさせられた次第である。 コメントはこちらの掲示板へどうぞ。 最終更新日時 2009年1月25日 8時44分24秒
ブログ更新をさぼっておりました。 まっっことに、ほんとに大変申し訳ありません。。 久しぶりだったので、あやうくブログのログインパスワードも 忘れかけてしまっていて・・・。 ちょっと焦りましたけど、、、 なんとかログインもできて、更新もできました。
今後は、ケータイからの更新もできるようになりましたので、 日曜礼拝でのお花と共に、 日曜日のうちに、最低「教会たより」ぐらいは 更新できるかと思いますので、 どうか・・・・。 よろしくお願いします。
「新年の聖書の言葉」 今年一年の御言葉をそれぞれに発表しました。
「私が道であり、真理であり、いのちなのです。 私を通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」 (ヨハネ14:6)M・H姉
「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、 感謝をもってささげる祈りと願いによって、 あなたがたの願いを神に知っていただきなさい。」 (ピリピ4:6)M・C姉
「神はこのイエスをよみがえらせました。 私たちは皆そのことの証人です。」 (使徒2:32)M・H兄
「だれでもキリストのうちにあるなら、 その人は新しく造られた者です。 古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」 (第二コリント5:17)A・M姉
「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、 へりくだって、互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい。」 (ピリピ2:3)S・M姉
「悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、 貧しいようでも多くの人を富ませ、何も持たないようでも、 すべてのものを持っています。」 (第二コリント6:10)A・Y兄
「神が造られた物はみな良い物で、感謝して受けるとき、 捨てるべき物は何一つありません。 神のことばと祈りによって、聖められるからです。」 (第一テモテ4:4~5)S・H兄
コメントはこちらの掲示板へどうぞ。
最終更新日時 2009年1月12日 23時49分4秒
![]() 去る1月5日(月)早朝、 村川姉のお父様が亡くなられました。 享年 83歳でいらっしゃいました。 なお、前夜式・告別式共に 小野キリストの教会会堂にて行われました。 村川姉やお母様はじめ、ご遺族の皆様の上に 神様の慰めをお祈りいたします。 書き込みは、こちらの掲示板へどうぞ。 最終更新日時 2009年1月12日 23時8分9秒
9月27日(土)西宮市民会館にて。午後2時から
本田路津子さんのコンサートに行ってきました。 25日の朝刊に案内が載っていたので、 すぐに朝日新聞厚生文化事業団というところに電話をして チケットの予約をしました。
教会員の皆さんに連絡したところ、 5名が行くことになりました。 Iさんご夫婦・Mさん・私・そして、いやいやながらも来てくれたのが 澤でした。
コンサートは「輝かしいい生命の賛歌」<私のこどもたちへ> というタイトルで、これは、朝日新聞のチャリティーコンサートと なっていました。 コンサートでの収益金の一部と、会場であつめられた募金が、 何かの文化事業に使われるとのことでした。
コンサートでは、 1われをも救いし 2わがともし火のために 3このままの姿で
・・・・と、ゴスペル曲が続きます。
「何しろ私は、フォーク歌手5年いかもたなかったシンガーですから・・。」 と、ご自身のことを自嘲しながら、 フォーク歌手を引退し、1988年から約20年ほど、 ゴスペルシンガーとしてご活躍中です。
昔懐かしい「風がはこぶもの~秋でもないのに~」という 大ヒットした歌謡曲も披露してくれました。 その美しくて、澄んだ声は、聴く者の心の隅々にまで広がります。
神様に愛されているのだな~。 という実感を讃美から感じることができました。
コンサート後のサイン会です。 すごい人でサインに並ぶのはあきらめました。
写真だけでがまんがまん・・・。 1200席あるホールが満席になっていましたから、 そりゃ・・すごい人でした。
帰る人たちの笑顔もみんなステキでした。
ありがとうございました。 本田路津子さん。
いやいや来ていた誰かさんも、 「良かった~~」と、感動をもらしておりました。
書き込みはコチラの掲示板へお願いします。 最終更新日時 2008年10月5日 7時53分23秒 |一覧| |