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シュタイナー「イエスを語る」第六講のメモ
<ヘブライ民族の過程> <人間の成長過程> <イエスの成長過程> アブラハム 0才 0才 ↓ ↓------------ 肉体の形成----------------- ダビデ(7×2世代) 7才 ↓ ↓---------------エーテル体(自己成長力)形成----- ゾロアスター(7×2) 14才 12才(イエスは ↓ 早め) ↓---------------アストラル体(調和、愛、他者性)--- イエス(7×2) 21才 -------------------自我形成------------------------ ****************************************************************** シュタイナー教育は7才まで、14才までの教育に区切りをつけて このような成長の認識に相応しい内容のカリキュラムを作っているようです。 14才までは自己の肉体や内部に目をそそぎ、自然の成長力を養うようです。 14才を境に、他者との関係、調和を意識して外界に目を向けて、 心を広くし、愛ある人間に成長するという感じでしょうか。 イエスは早熟だったので14才までの過程が12才で完全に終了して 全く違う人格に生まれ変わったといっています。 「二つが一つになり、外が内になるとき、救済の世が訪れるだろう」 というような預言は、イエスが12才のときに現れる変化が 人類全体を包容する愛のイエスが誕生することをさすと解釈できました。 成長とは、内部に他者を包容していくことであって、 それが「愛」とか「救済」という観念になるという感じがします。 偽善の愛は、他者を包容しているように思わせつつ、実は 自己しか包容しない愛をいうのではないでしょうか。 イエスの受難は、他者を包容する愛はこのように痛みもあり、耐え難く、 難しいことを実証しつつ、しかしその可能性が人間にあるという希望を 語っているのではないか、と思いました。 [テーマ研究]カテゴリの最新記事│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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