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シュタイナー「イエスを語る」の第八講
まできました。 この講は数日にわたってくり返し読み、図などをたくさん描いて イメージをつかんでいますが、複数の視点があるような感じで やや難解な地点にきたという感じです。 ぼんやりとイメージを抱えたまま日常生活を送っていましたが、 ヒントになることも起きたりしてイメージにリアリティが増してきました。 この講は特に秘儀(霊界)参入の体験から湧くイメージが必要です。 霊界自体に関してはあまり私にとっては切実なテーマでは なかったのですが、霊界というのは脳の『ある状態』ということだと 考えると現代医学とかにも通じるところがあると思います。 化学的にある物質を体に投入すると、どのように脳の状態が変わるか わりに身近な仲間うちでは話すこともあります。 その際、危険な起こりうることをできるだけ自覚して 回避しながら打ち勝つことをが最大事であるという共通意見があります。 シュタイナーの秘儀参入に関して注意している部分は 全くその通りだという感じがします。 それは秘儀参入の時、「利己主義」が敵の悪霊となってくるイメージです。 「利己主義」はどんなに道徳的な暮らしを送っていると自分では思って いても自分のなかに隠れているもので、参入の際、表出して巨大化し 自分が侵食されそうになることが「ある脳の状態」 になると訪れる感じがします。 これを感じると自分を限りなく精進させなければ ならないと思い、謙虚に努力するよいきっかけになると 思いますが、悪霊が大きすぎて侵食されてしまうと引力に 引きづられるように利己的な自我がますます巨大になる 危険があるという感じがします。 昨日は偶然、真言宗のお寺の住職さんとお話する機会があって 密教仏や曼陀羅など拝見させてもらいました。 密教も秘儀参入の世界観があって、悪霊と戦う仏像や 魔よけの道具など大事にしています。 仏教の八正道の考えも単に社会道徳からきたという感じではなくて、 悪霊との戦いに勝つための人格が「正しさ」になったという気がします。 秘儀参入は正しい方向を確認していくために必要だという 感じがあるのですが、自分の内にある危険の自覚も同じように必要ということだと思います。 [テーマ研究]カテゴリの最新記事│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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