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シュタイナー「イエスを語る」第九講のメモ
この講を読んで初めて気がついたことが2つあります。 ひとつは、利己主義を生み出すものは自我ではなくて、 ゆがめられたアストラル体であったということです。 説明では、宇宙の調和、秩序であったはずのアストラル界 が地上に降下して人間の霊体であるアストラル体になったといいます。 今までよく分からなかったのは、調和的なアストラルが なぜアストラル体に降下すると、不安定な感情や感覚を担う霊体に なるのか、ということでした。 それは何故かというと、「ルツィフェル」という堕天使が アストラルが地上に降下するときに悪作用を働いて、ゆがめた形に してしまったからだということでした。 このせいで、宇宙調和が自己比重型にゆがめられて、自己を中心とした 激しい感情が生まれたというように書かれています。 確かに自己に重きをおかなければ、感情は冷静、柔和になり、 激しい怒りや嫉妬などは湧いてこないのかもしれません。 ルツィフェルのこの悪作用がなかったら、人間は初めから 宇宙の叡智をそのまま受け取って調和的で完成された存在になっていた だろうといいます。 しかしそれは全く受け身であり、克服する悪の対象がなければ、 成長やその方向性ももてず、光りを当てられて光る星のようで、 自ら光る力をもつことはできないかもしれません。 自らが光るためにゆがんだアストラル体を克服するためのものが 自我であるということです。 自我が内部のゆがめられた霊体に参入していき、意識的な戦いを 初めて実行したのがイエスであるということです。 この自我観は主体の問題を考えていくのにも大きなヒントになりそうです。 もうひとつ気がついたことは、今までシュタイナーは体系的で 説明しがたいことをとても分かりやすいように書いているなぁと 思っていたのですが、本を読んでいると脳の額のところが働いているようで 理解するのには頭の中に映像を描いていたということです。 これは、自分の中の太古の記憶(もしあるとすれば、アトランティス 以前からのもの)のイメージを浮かべてかなりリアルな映像も合わせて 理解していたのかもしれないです。 そのイメージはもしかして既成の映画やテレビや絵画からきたものかも しれないですし、楽しく想像すれば、遠い過去生の記憶の映像なのかもしれません。 が、とにかく体系的、言葉だけで理解していたと思っていたつもりが、 主観的なイメージに作用されていたかもしれなく、客観的な記述を しているつもりでも、そうでもなかったのかもしれないと気がつきました。 しかしこのように書くことで自分の中でより深い理解とイメージが 定着していくので、輝く主体を目指して続けてみようと思います。 [テーマ研究]カテゴリの最新記事│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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