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シュタイナー「イエスを語る」第10講のメモ
8講の山を越え、あと少しのところで休憩をしつつ栄養補給を していたような感じです。 シュタイナーの進化論は目的に向かって問題をクリアしていく 現代のゲーム感覚に似ているのではないかと思います。 知的なゲームを進めている感じであり、シュタイナー以外でも 精神世界のものは、進んでいく楽しさから一度はまるとゲームのように はまりやすいものなのかもしれません。 ここ数日、モンロー研究所というアメリカにある精神世界の研究機関に 関する本を読んだり、脳の周波を調整するヘミシング音楽というのを 取り寄せて聴き続けています。 このモンロー研究所はオープンなアメリカ的、科学的(?)に内部世界 の参入を研究しているようです。 体験者談などを読むと体験するイメージなどは共通するものがあって、 シュタイナーの本とも共通するイメージがあるようです。 シュタイナーはこの講で(他の講でも)霊界参入についての注意をしています。 ひとつは見霊状態はキリスト以降、自我参入ができるようになってから リアルな見霊感覚よりも思考などによる直観の認識が重要になってくること ひとつは、キリストの再来は物質的、肉体的な個人ではなく、 エーテル界に現れること、 自分がキリストだというものは総べて偽ものだということです。 このため、見霊的な情熱にばかりにはまらないように注意しています。 多くの人は個人崇拝を潜在的に要求してしまうものなので、生身の キリストの再来を望んでいるものだが、進化論的にはイエスと同じ方法の 個人の肉体のキリスト再来は2度は起こらないということです。 未来には物質でない高次の霊界のキリストが再来するということで、 この霊界のキリストを見るのにはある直観力が必要だということです。 高次のキリストをみる直観認識力を伝達するのがシュタイナーの 使命感であったようで、そこで生まれたのが、シュタイナーの学問であり教育だったようです。 直観認識とはどういうものか、ここまで読んだところでは 説明されていませんが、私の考えるところ、物と物を結び付ける イメージ力であるような気がします。 シュタイナーを読んでいるとき、額の部分を使っているようなのですが、 具体的なイメージを呼び起こしている以上に、関連性について 互いのものを線をあれこれ引いて(引き直しながら)結びつけて 繋がったときに、「分かった!」という感覚が起こります。 この分かった部分も常に疑いながら日々検討し直していますが、 何度も引いて結びついた線は太くなっているので、ある部分は 確定化していきます。 このように直観によって見霊的イメージまで辿り着くことは可能では ないかと思っているところです。 [テーマ研究]カテゴリの最新記事│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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