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集まれば一瞬で姦しく、
みんな勝手に別々の方向に向かって しゃべり尽くすような友人たちと、 首藤康之のドキュメンタリーを観にでかけた。 今日と明日の間で 彼は9歳でバレエに出会ってしまったのだが、 森繁久彌の「屋根の上のヴァイオリン弾き」に おおいに魂を揺さぶられたらしい。 早熟で自分の総てを捧げられる道を見つけてしまった彼にとって、 学校という、うやむやに自分を漂流させるような時間と場に、 意味は見いだせなかった。 フィルムでは椎名林檎のピアノの旋律に、 シルクの白シャツを纏って踊る首藤さんのパフォーマンスで 始まる。 シャツ越しから透けるような、 背中の解剖図を目の当たりにするような筋肉。 ダンサーというものは、 肩甲骨から腕を振り出した途端に、 空間を生み出すものなのだ。 あまりに濃密で息苦しく、 わたしたち三人はみんな呼吸もからだも感情もぎゅっとさせていた。 うつくしい振り付け家でダンサーの中村恩恵さんとの 精神と精神を重ねたり反発しあいながら、 魂とからだを磨き合うような、 「時の庭」がとても印象的だった。 故郷の大分のバレエ研究所の発表会の振り付けをする、 なんともほほえましいシーンや、 自身のスタジオでバーに向かう姿を折り込みつつ、 ラストは半裸で最初のパフォーマンスを舞う。 ヴァータの持つ神に捧げるような純粋性が苦しく、 魂ぜんぶつかまれるような快感にまたぎゅっとなった。 明かりがつき、 惚けるばかりのわたしたち。 あ~また観たい、とか、 こんなうつくしいものに対して、 空いた席が惜しく、自分の分身を座らせたかった!と 口走ったり、そしてまた惚け続けた。 脳内が酸素不足で、 わたしもマキさんも断食開けにも関わらず、 恵比寿駅構内の千疋屋で、ケーキセットを頼む。 わたしはマスクメロンババロア。 ↑ だって、首藤康之に見合うものを食べないとさ~ 脳内回復したわたしたち三人(わたし、マキ、アリカイさん)は、 またどうしようもない話ばかりを別れる駅まで延々とし、 それぞれ幸福を持ち帰った。 うつくしいものを観たいなら、 是非駆けて鑑賞あれ! アートは、 日常を自分の尺度でなんとか生きている市井の わたしたちの中にある勇気だとか信じることだとか、 こうありたいと願う希求を、痛みと恍惚を持って磨いてくれる。 こうなるともう、森繁さん、ありがとうだ。 合掌。
出逢いはあるものなんだね。
孤独でも、寂しさなんて微塵もないであろう彼の指先は、 観客を裏切らない。 顔はヴァータなのに、百姓の嫁って感じのわが指をじっと眺めてしまいました(苦笑(2012.02.02 19:59:50)
どんげさん
田舎の可憐な中学生だった頃、 夜中「愛の哀しみのボレロ」のドンの裸身に 何度もリピートしてどぎまぎしてたのも 思い出したわ。 わたしたちも、 どんな場所でそれぞれの夏や冬を越えて、 いま姦しく思いを交わし合ってて、 それもすてき。 これからの首藤さんがまた楽しみね。 (2012.02.05 18:32:27)
のビデオはドンの踊り部分だけが伸びきって、再生するとビヨーンって音がするようになってた。そんな湘南っ子の私もあなた達と同じ空の下に居たんだね。確実に。
(2012.02.06 00:47:51)
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