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たつたつの日記 [全1017件]
平成22年4月21日午前2時50分 享年68歳 おれの父は死亡した。 何の前兆もなかった。昨年の12月までは嘱託社員としてマンションの管理人の仕事をしていた。 1月から一日おきになって週三回働いていた。 休みの日には庭で植木を切っていた。 まったく死ぬ準備はしていなかった。 20日の夕方に妹が意識不明の状態を発見し救急で大学病院運ばれた。 そのまま意識を回復せず21日未明に心臓が止まり死亡となった。 あまりにも急なことだったので信じられない、実感がわかない。そういう気持ちだった。 葬儀も終わって、死亡後の事後処理をしている。住民票の父の欄がバツになっていて世帯主が変わった。生命保険の手続きや引き落とし口座の変更や保険の名義変更などをやっていると、もう父がいないということが現実としていやでもわかってくる。 父とはもう話をすることはできない。このことだけは医師から「もう意識が戻ることはない」と言われたときに理解できた。そのことだけがおれにとってはつらかった。 書きたいことはたくさんある。 ・葬儀のこと ・悲しいという感情について ・医師の話 ・延命処置 ・貧乏になってしまったこと ・夢と希望 今日はここまでにする。
IYHとは何ぞや? IYHとは衝動買いのことである。 2chではあちこちの板にIYHスレがある。IYHはそろそろ2ちゃん用語ではなく世間一般にも浸透し始めているのではないかと感じている。 おれはそれをROMるのが好きだ。特にPC自作板のスレは毎日ROMっている。 それに刺激されておれも「イヤッッホォォォオオォオウ!」 とDELL U2711 IPS・WQHD(2560x1440 16:9)なんて使い道に困りそうなモニタをポチッとしてしまった。60000円くらい。 さらに、今日Vectorでソフトが半額で買えるという情報があったのでATOK2010プレミアムを買ってしまった。当然これはATOKで書いている。 Google日本語入力もMS IMEも悪くないが何となく買ってしまったのでパソコン三台で使い分けてみようかと思っている。 今、おれの部屋にはパソコンが5台ある。用途も分かれているのだが、あまっていることも否定できない。5台のうち3台が自作機で一年以内に組んだものだ。 一台はatom機でSSDを使用している。静音でほとんど動作音がしない。常時つけっぱなし。 CPUパワーは驚くほど低い。マルチタスクに弱い。音楽聴いていてネットやってると音が飛ぶ。ノートのpenMよりもスペックは低いと思う。一番安い230だからしょうがないか。マザー込みで7000円。 pen4で使用していたケースにマザーボードを入れ替えてSSDを適当においただけ。もともと入っていたOS(DSP版)を再インストールしてあっさり認証通った。 これを書き込んでいるPCはAMDPhenom2720BEでOSは唯一vistaなのだ。 10月にファイル共有専用にAMDAthlon2240のマシンを組んだ。OSは在庫限りのXPDSP版にした。 atomとPhenomは5月の連休にPCデポにたまたま行ったらIHYしていた。一式そろえたから10万以上かかった。まったく必要ではなかったのだが、うっかり買っていた。 一昨年の12月にもソースネクストでシャープの26インチフルハイビジョンテレビLC-26P1を80000くらいでポチッとしていた。DVI入力がついているパソコン用の地デジテレビなのだ。これはもう売っていない。後継機種も出ていない。 かなり特殊なテレビなのだな。高いと思うかもしれないがほかに同じようなものは三菱であるだけで、それもいまいちなので代わりになるものがないレアものなのだ。DELL U2711 IPS・WQHD(2560x1440 16:9)もオンリーワンの変態モニタだな。ちなみにDellは注文から一ヶ月待ちということだ。 去年の4月にはアドレス125を何となくバイク屋に行ったらその場で18ヶ月ローンでIYHしていた。26万くらいだったかな。 今年の1月2日にはPS3とFF13を近所の店でIYH ブログを更新しなくなったのはこれのせいだ。 PS3・FF13・フルHDモニタのパッケージは最強。画質はかなりのもんだ。 おれの人生ってずっとこんな感じでまさに「イヤッッホォォォオオォオウ」だな。 余ったPCはサーバにしようと思っているのだ。またさらなるIYHが待っている。
昨日2006年の記事を一気に読んでみた。このころはブログ仲間がいて、健太もにいも読んでくれていた。ブログをよく書いていて、パチスロもよく打っていた。老人ホームの夜勤のバイトは週に一度だった。そして本をよく読んでいた。ミクシィでかなり手強い人と議論していたのもそのころだ。コーチングを受けていたのもその頃だった。 コメントをしてくれる読者がいて、リアルでもブログで書いた話をよくしていた。そういうこともあって、文章が少しわかりやすくなっていた。意味を取りやすくなっていた。 最近、エンジェルの会やheと出会い、知的な刺激を受けたのだが、話していることが2006年のブログに書いてあることとあまり代わり映えがしないのだ。 それだけその頃に考えついた考えが高いレベルにあったという事なのかもしれないのだが、おれが勉強不足でその頃の考えを発展させることができていなかったことでもあると思うのだ。 ここにきて、また刺激を受けて勉強する気持ちになってきている。正月休みは読書をして、また読書を習慣的にできるようにしようと考えている。 それが何につながるかは、目標を見失っている現在ではよくわからない。でも、自分に誇りを持つためには必要なことだと考えている。 ブログも書いてみたいネタがある。正月は読書とブログをやるつもりだ。 ブログでは『詩』『感謝』『幸せ』『ケアマネ』のことについて書いてみようと予定している。heに朗読会の感想をメールしようとも思っている。 読む本は『社会学』と『ケアマネジメントの仕事術』にしようと思っている。 『社会学』は1000ページの二段組みなので正月に読みきることは不可能だが興味深くとっつきやすい内容なので読むスピードは速いだろう。 2010年は仕事と勉強と友達の年にしたい。 明日は今年を振り返る記事を書いてみようと思っている。
久しぶりに神保町行った。 当然のことながら本を買いたくなった。リンクは明日にでも貼っておく。 前にheと話していたらユングの話が出て、『読むリスト』にユングが入っていたことを思い出した。 もともとなんでユングがリストに入っていたのかというと『集合的無意識』と『シンクロニシティ』というキーワードが気になっていたからだ。 今二つのキーワードを並べてみると、その二つは同じもののように思えてきた。 神保町でバイトしていたときによく通っていた店に行ってみた。村山書店だ。そこは心理学、経済学の分厚い本がたくさん売っていた印象がある。だからその店にまっさきに入った。 『原型論/C.Gユング 林道義訳』5600円+税 心理学の棚にユングの著作がいくつかあった。どれがいいのかよくわからなかったのだが帯の『決定版』と版元の『紀伊国屋書店』に惹かれた。4200円。店の外に出てアマゾンで値段をチェックしたら4200円だった。とりあえず買った。1999年に増補改訂版として出版されているということも重要なことだった。翻訳者もユングの研究者であり注釈にも期待できそうだ。難解といわれるユングなので新しいことと専門家の注釈の充実は買う理由として十分だった。 そもそも現代の心理学では過去のものとして忘れ去られようとしているユングを知りたいと思ったのは『なぜユングは主流から外れてしまったのか?』という疑問と『おれがユングの理論を現在の心理学、脳科学、生物学の知識で書き換えてやる(説明してやる)』という傲慢な自己満足のためだった。 あと『フロイト、マルクス、ダーウィンで現在日の目を見ているのはダーウィンだけである理由を説明したかった』のだ。そのことを説明できれば科学とは何なのかを説明することになると考えているのだ。過去の偉大な天才はやはり手ごわい。そのことはギリシア哲学でよく知っている。 あと『図説金枝篇』も探していたのだが見つからなかった。 同じ店でもう一冊探していた本が売っていた。 『マンキュー経済学 マクロ編/グレゴリー・マンキュー』4000円+税 マンキュー経済学はミクロ編を以前同じ店で買っていた。そのときにはマクロ編がなかったのだ。この本は大学で教科書として使われることもあるらしいので、このシリーズを理解すれば経済学の基礎を学んだことになると思っている。このシリーズはカラーでフォントが読みやすいのだ。経済学を嗜んでおかなければおれの世界観が欠落していると感じてしまう。経済学の視点も絶対に必要なのだ。(おれにとってはだが)2500円 次の本屋に行った。小宮山書店。ここもよく行っていた。歴史に強いという印象だった。正直いまいちな店だったが岩波文庫で面白いのを見つけた。 『化学の授業 上中下 /オストワルド』セットで2000円 ぱらぱら読んでみたらファラデーの『ろうそくの科学』のような感じだった。化学は高校の教科書程度の本を一度読んだだけでよく理解していない。元素のことは何冊かの本でよく知っているのだがそれと『化学』は別だ。おれはもっとよく理解したいので簡単そうでありながら『化学』の一番大切なことを懸命に教えようとしている姿勢に共感し期待した。教師と生徒の対話形式の読みやすい本だ。これはおもしろそうだ。 そして17:30近くになって閉店の音楽が流れてきた。そこで見つけたのが 『社会学 第五版/アンソニー・ギデンズ』3600円+税 2800円で購入 だった。 社会学というと福祉大学での社会学の講義を思い出す。その講師は社会学のすばらしさを生徒に伝えようとがんばっていた。おれはその講師に共感を感じていた。自分の好きな学問を生徒に好きになってもらいたいという気持ちが伝わってきた。プリントの数がハンパでなくそのプリントは授業には役に立たないものだった。社会学に興味を持ってもらいたいという気持ちだけで一人当たり数百ページのプリントを配っていたのだ。 社会学というのは学問的には大して評価はされていないと思う。社会に対することならば何でも扱えるという点では非常に広い範囲をカバーしているのだが、学問内で統一性がなく、核となる理論がない。『科学的』ではないのだ。まだ読んでいないからこの意見はおれの偏見に過ぎないことは断っておく。しかし、似非知識人を騙るにはかなり強力な学問であることはまちがいない。あと興味があるのは『社会心理学』だな。これもハッタリ利かすには有効な学問だろう。とにかく幅が広いというのがとりえでそれが大きな武器になることは期待できる。 この本は2009年に改訂版が出版されたものだということも読む動機としては申し分なかった。1000ページで二段組。そうとう読み応えはある。それが定価3600+税というのは安すぎる。社会学の地位をあらわしているのだろう。 行き当たりばったりで買った割にはいい本が買えたのではないかと思っている。 これからは毎日本を読んでブログを書く。二年近くたまっている『日経サイエンス』と『科学』も読まなければならない。読んでいない本もたくさんある。これまでの知的財産がある分すんなり理解できると思うしそれほど高いレベルの本ばかりではなさそうなので徹底的に読書をしていく。 またミクシィで論戦もやるかもしれない。おれの強みは自然科学ベースで学際的な知識があるというところと、自分で考える力があるというところだと自負している。今は勉強してその先に何があるのか見えない。でも『自分の爪』を磨くのだ。 おれはすごいことになりそうだ。
詩の朗読会というものに初めて参加した。 何しろ初めてなので一般的な『詩の朗読会』がどのようなものなのかはわからない。 おれの印象では何人かの人が自分の詩を朗読するものなのだろうと思っていた。 だが、独演会だった。正直言ってかなりエライと思った。 同好会ではなくて、ちゃんと入場料をとって詩の朗読をする。 なかなかできないことだ。 観客が少なかったので観客参加型の会になったが、もう少し人数が増えたら違うものになっていたのだろう。 彼のことはheとしておこう。heはこれから友達になれるかもしれない存在で、気になる存在で、刺激的な存在なのだ。 そのheが会場を借りて客から入場料をとって『詩の朗読会』をやっているということはちょっと誇らしいことである。 その『詩の朗読会』で朗読された詩は自分のことを語っていた。朗読する前に創作した時期を話して朗読する形式だった。ほかの作者の自分の好きな詩を読み上げることもあった。 どうもこれから『友達に』なれるかもしれない人物に読まれるかもしれないと思うと書けないものだ。デリケートな問題なのだ。 heがそうであるように、おれは『おれの爪』を磨こうと思った。 現実に追われて目標を見失っている。 彼のおかげで『勉強しなきゃ』と切実に感じることができたのだ。 おもしろくなってきた。
ミハエル・シューマッハがF1に復帰することが公式に発表された。 ここ数日、片山右京がらみで『F1』という記号をメディアでよく目にするがF1について語られているわけではない。 今年ホンダが撤退し来年はトヨタもいない。日本でのF1の注目度もかつてないほど下がった。実は日本だけではなく、世界中で大きく人気を落としていたのだ。 おれは今年はまったくF1を見なかった。それはホンダが撤退してそのマシンを引き継いだブラウンがいきなり優勝してしまい悔しくって見てられなかったからだ。 ホンダと言ってもただの名前だけのブランドで実質的には日本の技術力なんてものはないに等しかった。しかし、金を出しているのはホンダであった。トヨタもその点ではまったく同じなのだが、ホンダには過去の栄光があり、F1に対する思い入れがずっと強かった。 ホンダがF1に参戦してから一度BARHONDAでコンストラクターズ2位と輝いた時もあったが、大抵は4番手以下のチームだった。それでも勝ちたいと頑張ってきたのに株主の力でいきなり撤退した。昨年のホンダはそのシーズンを真っ先に捨てて次のシーズンのレギュレーションに合わせたマシンを開発していたのだ。それなのに撤退…そしてその開発したマシンがブッチギリの速さ… エンジンはホンダ製からメルセデス製に載せかえられた。他のメルセデス勢よりも圧倒的に速かったのだからホンダが速かったと言ってもまちがいではないだろう。 そして最も悔しいところはその速さをホンダの関係者が気がついていなかっただろうということ。 ただのホンダファンでバトンとバリチェロのファンのおれでさえF1を見るのが嫌になるくらいだから、ホンダ関係者は悔しくて涙がとまらなかっただろう。 結果、ブラウンはチームでもドライバーでもチャンピオンになった。 バトンがチャンピオンになったことは喜ばしいことなのだが、前半戦にマシンのアドバンテージで稼いだだけと思われてしまってバトンの評価がそれほど上がっていないことも悔しいことだ。 そしてトヨタも撤退となって、もう日本ではF1は終わっているのではないかと思った。思っていたのだ・・・が… シューマッハが今度こそ本当にF1に復帰するかもしれない。というニュースが入っていきなり楽しみになってきた。 過去の『おれの買い物』のF1の記事を読んでもらえればわかると思うが、おれはシューマッハが大好きなのだ。 知っている人も多いと思うが、今年の夏にシューマッハがケガをしたマッサの代わりに期間限定で復帰するという事態が起こった。それは正式に発表されたものでそれを見て早速2ちゃんねるのモータースポーツ板に行って“祭り”におれも参加していた。過疎板のモタスポ板だが一部の人が熱狂して(発狂?)していたのだ。 おれも待ち遠しくてしかたがなかった。シューマッハがライコネンに勝つことを期待していた。しかし、バイク事故で首を痛めていて実現しなかった。本当にがっかりした。それでもうシューマッハがF1のレースに出ることはないと思った。 しかし、来季メルセデスという知らないチームで参戦するという。しかもメルセデスはブラウンを継承したチームだという。ということはそれなりに速さは期待できる。これは面白いだろう。チームメイトはロズベルグ。印象は『速さは持っている』と言ったところ。シューマッハの相手ではないはずだ。 来季のF1はよくわからないチームがたくさんいるらしい。ドライバーも入れ替えられたりシャッフルされたりしてまったく把握できていない。レギュレーションも給油がなくなるらしい。タイヤ交換はあるだろうからピットストップがなくなるわけではないらしい。 本当にシューマッハが走るのならばおもしろくなることは確実なのでこれから情報収集してテスト期間に備える。でも、まだ本当にシューマッハが走るのかどうかは信用できない。裏切られてからまだ半年もたっていないのだ。 チームのことはよく分からないがシューマッハ、バトン、アロンソ、ハミルトン、マッサに注目だ。ライコネンがいなくなって残念だ。おれはバトンとアロンソとライコネンは互角だと評価していたのでそれが明らかにならないことが残念だ。 とにかく本当にショーマッハが走るのならば楽しみができた。タイミングモニタと2ちゃんねるの実況スレを表示させながらスカパーで見ることにする。来年はF1から目が離せない。
ずいぶん久しぶりに自分のブログを読んでみた。四時間ほど・・・ 初期の頃のものは毎日書くことに執着していたらしく、目的をもって書いていなかったように感じた。脱線ばかりでタイトルから本文が脱線しまっくって自分が書いたにも関わらず理解できないものもある。思いつきでその場の勢いで書いていたのだろう。 それでも今のおれから見てもびっくりするような発見が散りばめられている。 初期の頃は今のおれにとって重要な本を読んでおらず、知的レベルも今より2ランクぐらいは下だったと思う。 何しろドーキンスもアトキンスもデネットも読んでいなかったのだ。ネオダーウィニズムの知識も少しかじった程度でよく(部分的にせよ)今の自分でも感心してしまうようなすごいことを書いていたものだ。 完成度はたいしたことはない。なにしろその記事は脱線しまくりで話があちこちに飛びすぎてもともと伝えたかったことが一瞬しか書かれていないことが多い。しかし、推敲もせずその場の勢いだけで書いた割には数カ月のスパンで見ると一貫性があるのだ。 誰のマネではなくオリジナリティのある着想が所々で輝いていた。話題にしても幅が広くつたない知識にしてはそれを補なって余りあるオリジナリティがあった。 やっぱおれは才能あるよ。 中には書いたおれでさえ説明不足で理解できない記事もたくさんあった。 今もそうだが、おれは説明するためにもっともらしい理屈をこねることが嫌いだ。 理屈ってのは人を説得するためには有効な手段だがそれは人を納得させる方法のひとつに過ぎない。理屈は科学の知識のない人を納得させることには有効だが、科学をわかっている人にはほとんど通用しない方法である。科学は現物主義。現物の裏付けの無い理屈なんて科学者には説得力をもたない。 世の中は人が納得できるようにはできていない。人間の直感やわかりやすい理屈では説明のつかないことが多いのだ。 おれは事実を土台にしてそれを論理で積み重ねていく科学の方法ならば納得がいくのだがただ多くの人が理解しやすく共感しやすいというだけのくだらない理屈にはうんざりしている。 問題は人はわかりやすいものはもっともらしく聞こえるのだが、自然は人間の直感や人生経験などで理解できるようにはできていない。 理屈って言うのは多くの人が理解できるまたは理解したいと思うようなものが受け入れられる。理屈と論理は違うのだ。論理は証明可能か反証可能ことしか扱えない。理屈の中に含まれる部分集合だ。理屈はどうにでもなる。しかし論理は必ず証拠が必要であるという点で大きく違う。 科学は理屈だと言った人が最近いたのだが論理には必ずそれを裏付ける現物が必ずある。その点で科学を知っている人にとっては次元の違うものだなのだ。 哲学と科学も現物があるかないかの大きな違いがある。哲学は論理的に間違いがなければなんの問題もないのだが、科学は現物があれば論理的にはまったく破綻していなくても現物(事実)があればいつでも論理を破棄する。「論より証拠」なのだ。 よく科学で説明できないこともあると実例をあげる人がいるが、その実例を科学の方法で研究するのが科学なのだ。科学にはその他の学問や思想に大して白旗をあげる事はない。そこに現物がある限りそれは研究の対象になるからだ。 科学のことを排他的と感じている人もいるようだが、それは大きな誤解で科学は何でも研究対象にする無限の懐の深さを持ているのだ。 科学の基本的姿勢とは「人類は無知である」「今現在わかっていることを積み上げていって真実に近づいていく」そういうものなのだ。だからわからないことがあったとしても一歩一歩歩みは遅いが事実を積み上げていく。決して立ち止まらない。思考をやめない。 自分の憶測や予想と科学的事実をはっきりと区別する。基本的には世界中の科学者が同じ思いでいる。わからないことははっきりと「わからない」認めるのだ。傲慢な人も多いが、自然にたいしては謙虚なのだ。でもわからないことを諦めるような人種ではない。前進していくのだ。 科学を軽く見ている人はたくさんいるだろう。科学よりも人が頭や自分の感覚だけで一生懸命考えただけの理屈を有り難がる人のほうが多数だろう。そっちの方が「わかりやすい」からだ。わかりやすいことが真実とは限らない。というよりわかりやすい理屈のほうが最もらしく感じられるだろうが現実には間違っている。そのことに気がつくためにはわかるように努力が必要だが納得しているからそこで止まってしまう。科学は立ち止まらないというのにね。 復帰一発目の記事はこのへんにしとく。 最近、出会いが増えてきた。友達になれそうな人も数人いる。ひょっとしたらこのブログを読んでくれるかもしれない。1000以上の記事があるのだからやめてしまうのはもったいない。このブログはおれの財産だ。ここ一年以上まともに知的な会話をしていなかった。本も読んでいなかった。おれの最大の長所は人の意見を傾聴し影響を受けることだ。これは会話だけでなく本を読むことでも同じだ。「興味の範囲が広い」「今まで興味のなかったことでもいきなり興味を持てる」この辺がおれの強みだと自負している。これからまた勉強するよ。 友達やたまたま通りがかった読者が刺激を受けるようなブロクにしたい。
ずいぶん久しぶりに書いてみたくなった。 ヒマだからネトゲでもやろうかと2chで情報収集していたら『今からネトゲを始めようとしている人を止めるスレ72』というのを見つけた。 ちょっと読んでみたら長文OKのまともなスレだった。 『ネット廃人』という言葉をここ二カ月くらいでマスコミがよく使うようになった。 ネット上ではだいぶ前から使われていたが、一般にはそれほど使用されることはない言葉だった。 『ネトゲは悪い』みたいな感じになっている。いったい何が悪いのかいくつか例をあげてみよう。 ・子ども(中高生)の不登校 ・引きこもり ・仕事を辞める ・家事をやらない 他 上記のことの原因やきっかけであること、それの継続を助長することが問題なのだ。 精神を病むという報告もある。(精神を病んでいる人がのめり込みやすいのかも) まあ、とにかくこのまま放置するわけにもいかない状況になってきている。 何で放置できないのかというと、自己責任では済まない問題だからだ。 ネトゲについては規制がほとんどない状態なわけだからユーザーを守る規制が必要なわけだ。 おれは『ネトゲ廃人』じゃないけど『パチスロ廃人』といってもいい時期が長く続いた経験がある。 パチスロとかパチンコも依存症的な人がかなりいる。限界まで借金してボロボロになっている人もたくさんいる。ある意味そこで廃人から脱却できるのだがその代償はとてつもなくでかい。だからなのかしれないが、(政治・経済的にいろいろ他の理由もありそうだが)ちょくちょく規制がかかり、メーカーやパチンコ屋が対応してきた。 そのおかげかパチスロ・パチンコで若者が廃人化するケースは減っていると思われる。規制の理由はどうあれ結果的には『スロプ(-)』『スロニート』(蔑称)がほとんどいなくなった。若者は基本的に金がないわけだから勝ち続けなければスロットは打ち続けられないということだ。 ネトゲだと金がかからない。月に数千円だ。だから規制が難しいのかなと思う。 おれの立場は『自己責任』なんだけれども、個人と社会は切り離して考えるべきだとも考えているのだ。有害なものを規制するべきだとも思うのだ。 おれの場合は後から出てくる規制すべき理由について個人的な経験からのものや感情的なものは一切ない。たとえば人の体験談とか身近にそういう人がいるからとかそういう理由には全く共感できない。むしろそういう人がいるから規制が必要だと思うのだ。 おれはパチスロを打つことを人に勧めたことは一度もない。逆に『スロット廃人』にやめることを勧めたことも一度もない。自分の経験や人の経験なんて何の説得力もない。 『ネトゲ廃人』として何年も過ごしてきたことを後悔して今後のことを絶望しているような人ばかりマスコミは取り上げるが、おれにはその人が将来を悲観する理由がまったく共感できない。 職歴がないとか、何年も引きこもっているとか、何のスキルもないとか、コミュニケーションに自信がないとか、、、 『だから?なに?それがどうしたの?』としか思えない。『おれとは関係ないから』ってわけじゃない。『理解できない』というわけでもない。状況もその人が絶望する理由も理解できる。でも共感はできないのだ。 実際にそういう人と面接したらしっかり傾聴できるしその気持ちを受けとめることもできる。つまり『ネトゲ廃人』に限らず何らかの依存症や引きこもりを『自己責任』で片付けるつもりはないわけだ。 できれば死ぬまでネット廃人でいたいという人だってたくさんいるだろう。むしろこっちのほうが共感できる。おれに限らず共感できる人は少なくないだろう。だからこそ規制が必要だと思っているのだ。 いけるとこまで行って、ダメになったら自殺すればいい。と考えている人だっている。自殺の手段として『死刑』を選ぶ人も中にはいるだろう。もうすでに前例があるし対策が必要だ。 おれの意見をはっきりさせておく。『ネトゲには規制が必要だ』 その内容と理由については後日書く気になれば書くつもりだ。 さすがに眠い。
今日バイクの納車だったのだが、正直怖い。60キロ出してみたが風圧がすごい。風防が必要だと痛感した。 右に曲がるのが苦手でドキドキする。早く自転車のように手足のように扱えるようにならなければ事故は必至だろう。 明日、仕事中に前かごを取りつけてもらう予定だが、ついでに風防も付けようかと思っている。冬にはナックルバイザーも必需品だろう。 明日からかなり仕事が楽しくなりそうだ。ケアマネの仕事はスケジュールをほぼ自分で管理できる。適当に用事をつければさぼって本を読んでいてもだれも気にしない。 雨が降らなければ原付二種以上に便利な乗り物はないな。雨対策にカッパも買った。適当に用事を作って毎日1時間以上は図書館にでも行こうかなと思っている。 明日は50キロくらいは乗り回す予定だ。ホームセンターに行って便利そうなものも買いに行くつもりだ。早く慣れて自信を持って乗れるようにしないとな。 自由に使える足があるだけで仕事の効率は驚くほど上がるんじゃないかと期待している。 雨の日は車があいていることを願うだけだ。 ソフトバンクの931SHはまだよくわからない。 今度の土曜にyahooBBからフレッツ光の工事がある。将来的に地デジ対策のためにフレッツにすることにした。部屋がとんでもないことになっているので金曜は有給とった。一気に片づけをするつもりだ。 これからいろいろ楽しみがあるな。仕事も前の職場では回ってこなかったようないい経験になりそうなケースが回されてくる。バイクで移動しまくってたくさんの人に会って名刺配りまくるよ。 本・読書ランキングです↓押してくれ! こっちはアクセス解析です。 おれの買い物--本のリンク 書く予定
今日、バイクを買ってしまった。 地元に転勤になった時から電動チャリにしようか原付二種にしようか考えていた。 もう一年以上前にコペンを売って以来おれの足は自転車しかなかった。 親父のワゴンRがあるが好きな時に使えるわけじゃなかった。 実は転勤の前にはフェアレディーZロードスターを買いたくてしょうがなかった。 中古で200万を切っているものも少ないがあるにはあったので6年ローンで買ってしまおうかとも考えていた。 駐車場を借りて自動車通勤をするのがささやかな夢だった。 自転車で12分の職場に転勤になったことと、仕事で使うには3ナンバー車は不便だということもわかっていた。現在の地域は前の地域よりも人口密度が高く、駐車スペースもないことが多いので買ってもあまり乗る機会がないかもしれないと自分に言い聞かせてあきらめた。 今日バイクを買ったことで、Zロードスターは吹っ切れた。 スズキのアドレスV125Gというバイクにした。新型ではなく旧型の新車にした。このバイクは新型よりも3万ほど安く、なおかつ性能がいいのだ。 前からバイクをチャックしていたわけではなく、昨日まではカブの90がよさそうと思っていたのだが2ちゃんねるで情報収集した結果おれの用途に最も合っているのがアドレスだったわけだ。 普通の原付スクーターとほとんど区別がつかない大きさでパワーがあるのだ。燃費もリッター35キロは確実で60キロまでの加速性能がずば抜けている。重さは85キロしかない。 スズキの店に行って即決しローンの申し込み用紙にハンコを押していた。キャリアボックスと盗難補償がついていて204000円。登録手数料と前にかごをつけて自賠責3年でトータル245570円だった。ヘルメットは16000円のものを8000円にまけてもらった。 月曜日に納車予定になっている。オプションパーツで風防とか手を保護するナックルバイザーもあとから付けようと思っている。 おれは金を持っていないので、頭金なしの18回ローンにした。あと数か月でボーナスが入るのだがそれまで待つことはできなかった。会社をクビになったり病気やけがで働けなくなったら非常に困ることになるのだが金がなくても今すぐ手に入るというのは魅力だった。 仕事で客の家に行くことが多い。ビッグスクーターだと駐車スペースに困りそうだったので普通のスクーターと同じようなサイズというのが何より魅力だった。 フットワークが軽くなって仕事がはかどりそうだ。プライベートでも自転車では面倒だけれどもバイクなら気軽に好きな所に行けるところがたくさんある。自転車と並べておいても違和感がないので駐車場のことを気にしなくてもいいというメリットも大きい。 納車は月曜になる。楽しみで仕方がない。 雨が降ったら車を使えばいいのだし、これでだいぶ行動力が上がるだろうと期待している。 カッパは必需品だな。明日はカッパを買いに行く予定だ。 そう一つ大きな買い物をした。ソフトバンクのローンが先月で終わった。これまでX01HTに悩まされてきたのでスマートフォンではなく普通のケータイにしたいとずーっと前から思っていたのだ。 ほしい機種があったのだが、なかなか在庫がソフトバンクの店では買うことができなさそうだったのでケータイの専門店に行ってみた。そうしたらその店にはないけれども系列店に在庫がある店を発見した。ソフトバンク931SHというタッチパネルの人気機種でいかにもおれがほしがりそうな機種だった。その店はすぐに取り寄せてくれるということで明日念願の機種変更ができることになった。色はシルバー。 これでいよいよケータイサイトを見ることができる。 肝心の仕事なのだが、難しそうなケースをいくつか抱えている。今は20件担当しているが30件になったら給料が25%上がることになっている。新規の客もガンガン来そうな感じなので1年以内には昇給が期待できそうだ。 やる気になってきた。バイクがかなり役に立つだろう。とにかく事故には気をつける。 今日は納得できるものが買えて満足している。 本・読書ランキングです↓押してくれ! こっちはアクセス解析です。 おれの買い物--本のリンク 書く予定 |一覧| |