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その6.瑞姫の母親と

その6.瑞姫の母親と


 久しぶりに訪れたレーダーサイトはぴりぴりした緊張感に包まれていた。
 AIが守衛に身分紹介を済ませていたが、以前の2倍が見張りに立っていた。
「おひさしぶりです。突然おしかけてしまってすみません」
「いいえ。国会議員殿の視察なのですから、お断りするわけには参りません」
 敬礼で返してくれた瑞姫の母親、織姫さんは、サイト周辺の散歩道、彼女いわく哨戒路に誘ってくれたので、歩きながら話した。
「人、増えてましたね?」
「やはは、わかっちゃうよね。どこも人手不足なんだけど、難民の収容施設が近くにあるとこは優先されてるの。それにレーダーサイトは、何かあったら真っ先に狙われるからねー」
「そうでしたね。忘れていませんよ」
「うん。君は、そうだね」
 それからはぽつぽつと互いの近況を話し合った。
 それは自然に、瑞姫の話題に行き着くことになり、それは当然、婚約者を巡るやり取りの後のやり取りの断絶につながっていることを白状させられる結末となった。
「というよりは、助け船を出して欲しかったんでしょう?」
「ばれてましたか」
 織姫さんは一番見晴らしの良い丘の上で腰を下ろしたので、おれも並んで座った。
「あの子が自分の口から話してないことを私が教えてあげるわけにはいかないけど」
「そんな・・・」
「少し、昔話をしようか。私が、なんでここに留まり続けているかは、覚えてるよね?」
「はい」
「北朝鮮の独裁政権が崩壊した時に、断末魔のように発射された百発以上のミサイル。そのうち何発かはここを狙ってきた」
「ほとんどは洋上に落ちたり、警戒してた自衛鑑に打ち落とされたりした。けれどもその内一発は市街地に落ちて、母子二人が死亡した」
「レーダーサイトは、国を守る目であり耳でもある不可欠な存在。だけど、その存在故に真っ先に狙われる」
「でも、それは織姫さんのせいじゃない」
「そう。私個人のせいでなくても、それで守るべき対象から死人が出てしまった事実は変わらない」
 織姫さんの目は、じっとミサイルが飛んできたのだろう海面とその上空を見つめていた。
「だから、私は守るべき存在の為には、自分の体も命も投げ出すことを厭わない。守るべき存在を脅かす存在を許さない」
「それで、おれも瑞姫も守ってもらいましたけどね」
「そうね。その時も、死ぬべきではなかったかも知れない人が死んでしまったけど、私は後悔していない」
「あの事件が無ければ、洋上施設が本格化することは無かったかも知れません。そしたら、もっと多くの人が海岸線の内側で、陸地で殺したり殺されたかも知れません。それが、おれの得た教訓です」
「あの時、瑞姫がGPS付携帯持ってなかったら2人とも死んでたわね」
「下手すれば、3人ともでしたけど」

 あの時、出会ったばかりの頃のおれと瑞姫は、例の隠れ砂浜に夜に訪れ、そこで運悪く、難民達を乗せた船に行き会ってしまった。
 手引きしていたらしい中国系マフィアの男たちにおれと瑞姫は見つかってしまい、危うく殺されかかっていたところに飛び込んできてくれたのが織姫さんだった。
 銃を持った3人相手に徒手で立ち向かい、一人を組み伏せて銃を奪って残り二人を射殺。ただしその銃撃戦の流れ弾がボートにいた難民の子供に当たり死亡していた。
 織姫さん自身も2発の銃弾を受けていたが、ボートにいた医師の応急手当を受けて一命を取り留めた。
 織姫さん自身が事前に警察と救急と同僚の警務隊に連絡しておいてくれたおかげで、事態は速やかに収拾されていった。
 おれと瑞姫はまだ未成年だったし、瑞姫は米国籍を主張する権利も持っていたので、外交騒ぎに発展する可能性もあったこの一件は当事者達の名前が出ないまま新聞などに小さく報じられ、しかし全国各地でも頻発し始めていた難民の漂着事件に、政府は洋上施設で対応することを早急に決定したのだった。

「あの時、瑞姫や私を助けてくれたのは、あなただったと聞いてるわ」
「そんな。買いかぶりすぎです」
「言葉の通じない相手に通じる言葉で話しかけて、死人も出ていたその場を鎮めて、私の手当をしてくれる人まで探してくれたって」
「あれは、ぼくがいなくても、その時その場に必要な人がいてくれただけです」
「ふふ、そういうことにしておこっか」
「はい」
「でもね、それが、あなたが政治家になろうと思った原点なのでしょう?」
「はい」
「だとしたら、あなたがあなたであろうとする原点があるみたいに、瑞姫が瑞姫であろうとする原点もある筈よ」
「今話してた事件だけじゃなくて、ですか?」
「あなたがこっちで雪乃さんとかと過ごしていた時間があったように、瑞姫もあっちで誰かと大切な時間を過ごしていたかも知れないでしょう?それこそ、一生の進路を変えてしまうほどの」
「それが、その相手が、あいつの婚約者だって言うんですか?」
「考えてみて欲しいの。あなたは、誰かの為に、自分の夢をあきらめられる?あなたの大切な人は、その夢をあきらめて欲しいと思う?その答えは、私とじゃなく、瑞姫と話すことね」
「・・・はい、そうします」
「ん、それじゃそろそろ当番の時間だから戻らなくちゃ。詰め所までは警護させて頂きます、議員殿」
「はは、よろしくお願いします」

 そうしておれは門まで織姫さんに同行し、そこで別れ、小松空港から東首都行きの飛行機へと乗り込む。

 空の上、月明かりに照らされる雲海を眺めながら考えてみた。

 自分の夢が、政治家になって、なるべく多くの人の命や生活を守ろうとすることなら、瑞姫の夢は何だろうかと。
 瑞姫の夢は、兵士になることだった。
 直接的に、誰かを守る、守れる存在になること。
 瑞姫の夢を叶える為に自分の夢を諦めなくてはいけないのか、2つは両立できないのか、それはどうしてなのか。答えが出ないままぐるぐる考えていたら、飛行機はあっという間に羽田に着陸していた。

 宿舎への車中で、考えが煮詰まって、瑞姫に電話してみた。
「ミッキー、おひさだね!」
「おひさ。瑞姫。あのさ・・・」
「何?」
「今日、北陸道沿岸の洋上難民施設を視察してから、織姫さんに会って来たんだ」
「ふ~ん。それで?」
「今度お前に会う時は、おれの名前を書いて押印した書類を用意しといてやるよ」
「あはは、何それ~?」
「あはは、何だろな。だけど、冗談じゃないぞ?」
「へ~。それじゃ、私からもミッキーにお話があるよ」
「何だ?」
「私は、雪乃さんと直接やり取りしてたけど、ミッキーはそういうの無かったもんね。それは、フェアじゃないから、教えておいてあげる」
「おう、何でも来いや」
 とは言ったものの、心臓は張り裂けそうだった。
「私ね、人口集約法、賛成する」
「何だよいきなり」
「順を追って説明するね。2年前だけど、あの双子島にも難民の一団が漂着したことがあってさ」
「あんなに兵隊がいるとこにか?」
「それが、メガフロートが見えないとこに上陸しちゃったらしくて、それで、飢えてせっぱ詰まってた人達が集落を襲おうとしたの。私もたまたま、ジジとババの家にいてね」
「それで、どうなったんだ?」
「基地の仲間たちがいたから、たいした怪我人も出さずに済んだんだけど、いなかったら、どうなってたかはわからないよ」
「その中に、お前の婚約者もいたのか?」
「うん。いたよ。それで、その時わかったのがね、この島の人達を守るのには、誰かがいてあげなきゃいけないってこと」
 ごくりと、喉が鳴った。
「だから、兵士になる夢も諦めるっていうのか?もしかして、その婚約者も」
「そゆこと。漁師か何かで自給自足の生活もやればできるんじゃないかって。まだ二人とも若いから、今の年寄り連中が死んじゃうまでに30年かかっても、まだ50くらいだからね。何とかなるかなって」
「そりゃまた、気の長い話だな」
「でもね、彼はそう言ってくれたけど、私は、考えたの。この島はそれで守れたとしても、他の島は?とてもじゃないけど、2人じゃ双子島を守るにも手が足りないわ。難民は多い時は100人以上一度に来るんだから。
 自分達だけ何とか守れればいいの?ううん、違うわ。だからこそ国なんてものがあって、職業兵士がいるんだから。
 人口集約法の主旨は、持続可能な自治体を構成することよ。100人がばらばらに離ればなれに住んでたら守れなくても、ある程度まとまって住んでくれてれば守れるかも知れない。
 だから、私は法案に賛成する」
「そうか。でも、ジジとババはどう説得するんだ?」
「さあね、それはこれから考えるわ。あなたにも協力してもらうわよ?」
「おれはまだ法案に賛成するか反対するかも決めてないのに?」
「あなたはもう態度を決めてる筈よ。考えてるのは、迷ってるのはその先のこと。違う?」
「さぁな。おれよりもお前の方が、おれのことをわかってそうだな」
「かもね。それじゃ、新しい印鑑用意して待ってるから、いつでも持ってきてね」
「ああ、それじゃまたな」
「また明日ね、ダーリン」

 通話が切れる時、派手なキスの音が車中に響きわたって、おれはひさしぶりに安堵できた。


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