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3-2 和久達の結婚式の後で


3-2 和久達の結婚式の後で


「天皇家がキリスト協会で結婚式挙げるなんてな」
「言いっこなしだよ。ウェディングドレスって、きれいだしさ」
「そうか。もしかして、良子さんて洗礼受けてるのか」
「そうだよ」
「世が世なら、宮内庁にお后候補から外されておしまいだったってか」
「実際、外されてたけどね」
「でもま、こうしてくっつけたんだからハッピーエンドじゃないのか?」
「LV3が来て死んじゃうとしてもね」
「何とかならんのか、それ?」
「知ってるくせに・・・」
「今この席で話すようなことじゃないか」
「そうだね・・・」

 出席者は10名にも満たない。
 相子殿下、奈良橋さん、二緒さん、レイナ、おれ。新郎と花嫁と神父
まで入れても8人。
 結婚式自体は、30分もかからずに終わってしまった。いくらかの賛美
歌と説教と指輪交換と誓いのキス。そして屋外での記念撮影。それらの
一部はリアルタイムで世界に中継された。
 こじんまりしすぎてて、海辺のオープンテラスでの披露宴というより
は、単なるレストランでの食事だった。
 会話のほとんどは、陛下と良子さんの観光地巡りの思い出話だった。
食事と歓談の時間が終わり、新郎新婦が別の場所に移動する時になって、
良子さんはプーケを二緒さんに手渡して言った。
「あきらめないでね」
 二緒さんはこくりとうなずき、こちらを見た。どう反応すればいいの
か困ってしまってると、二人して笑いだした。
 陛下と良子さん、相子殿下と奈良橋さんが何処かへと送られていった
後、二緒さんがレイナに言った。
「LV3が来ること、白木君には話したの?」
「まだ、だよ」
「じゃあ、その後のことも全然説明してないのね?」
 レイナは答えられなかった。
「私から説明してあげましょうか?」
 レイナは首を横に振って答えとした。
「そう。じゃあ、なるべく早く教えてあげるのね」
 そういって離れかけた二緒さんにおれは尋ねた。
「どうして二緒さんがそんなことを知ってるんですか?」
 二緒さんはレイナに言っていいものかどうか問いかけるような眼差し
を向けたが、レイナは顔をそらして目を合わせようとしなかった。
「NBRなんて巨大な組織を、AIの助けがあるからって、人間一人で運営
できるわけがあって?」
「それは、確かに、世界でもずっと取り沙汰されてきたことでしたけど」
 世界最大の企業。数百万体とも言われるAIを駆使して現在の体制を築
き上げてきたが、研究開発分野に関して二緒さん自身が行っていないの
であれば、誰がそれを行っているのか、ずっと謎のままだった。
「もしかして、「彼ら」が関わってるんですか!?」
「少なくとも中目さんはNBR運営の中心人物の一人よ」
 おれは思わずレイナを振り返った。
「そうなのか?」
 レイナが中目に切り替わって答えた。
「それを語るにはまだ時期が早いと思っていたのだがな」
「でも、いずれは語られることでしょう?」「そうだとしてもだ。それに、LV3について、何を、いつ語るかも、レイナに一任されていた筈だ」
「違いをもたらすことは、優先事項の内の一つだわ。契約違反でも無い筈」
「だとしても、決定権は私でもあなたでもない。レイナに委ねられている」
「はいはい。それじゃあね、隆君。今度は二人きりで会いましょうね」
 二緒さんが近づいてきて、唇を重ねたところでその姿は消え失せた。
「レイナ、中目。どっちでもいい。おれに話さなきゃいけないことがある
んじゃないのか?」
「海辺でも歩きながら話そうか?」
 レイナの申し出を受け、おれ達は手を取り合って、夕凪の黄金色に染
まった砂浜を歩き始めた。
 レイナは、言葉を選んでいるのか、ただ言い出せないでいるのか、と
にかく話し出せずにいたので、おれから話しかけた。
「もう、近いのか?」
 波が何度か打ち寄せて引いてから答えが返ってきた。
「うん」
「あとどれくらいで始まるんだ?」
「たぶん、一ヶ月も経たないくらいで、始まるよ」
「それは避けられないのか?」
「たぶん、ね」
「おれがお前を殺さない限りか?」
「たぶん、ね・・・」
「どうやって、始まるんだ?」
「ごめん。それはまだ話せないよ」
「どうして?」
「だって、だって・・・」
「それを聞いたおれが、決断してしまうかも知れないから、か。ま、も
しそうなら当然だよな。だったらおれを遠ざけて氷漬けにでもしておきゃ
いいじゃんか?」
 ぱしん、と頬が叩かれていた。
「そんなこと、できるわけないでしょ!」
「それが出来ないならさ、頼むからさ」おれは頬を殴ってきた手を握り
しめて言った。「おれをもっと頼りにしてくれよ。一人で抱え込まない
で、いや、中目と二人で抱え込まないで、おれにも話してくれよ。お願
いだからさ」
 レイナはおれの手をふりほどいて、膝下がつかるくらいまで海に入っ
て言った。
「だって、嫌われたくないんだもん!死にたくだってないし、でも話さ
なきゃいけないって。でも、でも・・・」
 レイナはがっくりとくずおれてしまった。
 おれは側まで行って抱き起こそうとしたが、手を払われてしまったの
で、そこに足を伸ばして座り込んだ。海水は幸いなことに冷たくはなかっ
た。
「LV3は来る。何十億かの人類が死ぬ。最悪、おれとお前と二人の間の
子供しか生き残らない。そして、おれはたぶんお前を殺せない。もうわ
かってることじゃんか?」
 低い波が引いては寄せてきて、腰辺りまでを濡らしていく。
「ほら、腹冷やしたら子供にあんま良くないんじゃないのか?」
「かまわないで!」
「やけになってるのか?だったら余計に放っておけないぞ」
「だ・か・ら、かまわないでって言ってるでしょ!」
 レイナが二人の間の海面を叩いて、二人の上半身が濡れた。
「うわっぷ。いーや、おれがかまうって言ったらかまうんだよ!」
 おれはレイナの前に回り込んであぐらをかき、レイナの体を強引に抱
え込んだ。
「苦しいんだけど?」
「でも、これなら直接波には当たらないだろ?」
「わかったよ、タカシ君てば強情なんだから」
 レイナが両足をおれの背中に回し下半身を密着させて、上半身はくつ
ろげるようおれが腰を支えた。
「それで、LV3はどう始まるんだ?」
「人が眠っていくの」
「眠って、それから?」
「その人はもう目覚めない。融合が成功しない限り」
「脳死みたいなもんか?」
「たぶん、それが一番近いね」
「融合が成功した場合は?」
「私達みたいな存在になるのかな」
「二重人格みたいになるのか?」
「どちらかが優位を取るかも知れないけど、それは融合してみないとわ
からない」
「お前の場合はどうなんだ?」
「私達の場合は、イーブン、併存の関係だよ」
「『彼ら』の方が完全な優位に立った場合、人類の側の人格が押し殺さ
れるようなことにもならないのか?」
「そうなる可能性はある。でも、肉体的な死に直結するのとどっちがマ
シかは微妙なとこだね」
「ふーむ・・・」
「あたし達のこと、殺したくなった?」
 おれはレイナの頭を小突いた。
「真面目に考えてるのを茶化すな。おれは、誰も殺したくないんだよ」
「でも、あたしを殺さないと・・・」
「それはもう聞いてる。何度も繰り返してくれなくていい」
「でもタカシ君は、たぶん真剣に捉え切れてないよ。ミユキさんにだっ
てまだ説明できてないじゃない?」
「それは、おれが悪いのかよ?」
「ううん」レイナはかぶりをふってから答えた。「でも、あたし達がタ
カシ君に説明しなきゃいけないのと同じじゃないのかな、かな?」
「それ言うならさ、みゆきだけじゃない。人類全体に対して説明しなきゃ
いけないんじゃないのか?」
「それもそうなんだけどね」
「どうしてそうしない?」
「あなた達は死にます。運良く生き残っても別の命があなたに寄生しま
す、って?」
「気なんか進まないだろうけどよ」
「説明して避けられる物なら説明するべきだと思う。でも、避けられな
いなら説明するのは自己満足に過ぎないんじゃないのかな?あたしはそ
う思うよ」
「おれにも正直わからん。他の『彼ら』はどう言ってるんだ?」
「あたし次第だってさ」
「なるほど。見事な責任転嫁っていうか」
「責任なんか取れないってわかってるからでしょ」
「そうなるのか」
「どう言い繕おうとしても、言い繕えないもの。他の一つの命を救う為
に、あなたの命を差し出して下さい。運が良ければ生き残れるけど、そ
の時は得体の知れないモノに寄生されてます。運が悪ければそのまま死
にます」
「その運命の境目は?」
「10万分の1から100万分の1の間のどこかって予想されてる」
「いつ始まるんだ?」
「早ければ、あと一ヶ月以内」
「『彼ら』の恒星系の太陽が終演を迎えるのが?」
「母星はもう消滅したよ。3ヶ月前にね」
「ええ?じゃあもうLV3が始まっててもおかしくなかったんじゃないの
か?」
「そうだよ。私達のほとんどは、恒星系から脱出してそこで自己凍結し
て合図を待ってるの」
「お前からのか?」
「そう。だから、怖いけど言うよ。今ならまだ間に合うよ?」
 ぎゅっと抱きついてきたレイナの胸が激しく動悸していた。
 おれはレイナの体を強く抱きしめながら言った。
「いつ、その合図を出すんだ?」
「物理的に移住してきてる一団がいるって言ってたでしょ?彼らが地球
に到着してからかな」
「それがあと1ヶ月以内ってか」
「うん」
「どうして彼らが到着してからなんだ?」
「母星は消滅したって言ったでしょ。そこで最低限活動できる環境を保
持しつつ、私の活動をバックアップしててくれた「彼ら」まで自己凍結
したら、私が保護できるのは、本当に私自身と身の回りにいる人だけに
なっちゃうの。それは世界中の勢力にすぐに知れ渡ってしまう。そした
ら何が起こると思う?」
「人類側の大反撃か」
「それを許さない為に、新たなアイスベルトを築かなくちゃいけなくな
るかも知れない。だから、物理移住組が到着して、間をあまり空けずに
LV3を始めなくちゃいけないの」
「自己凍結ってのもずっとは保たないからか?」
「うん」
「やれやれ、だよ」
 おれはレイナのうなじに軽く口づけしてから続けた。
「お前がその説明とやらをする時は、おれもお前の側にいてやる。それ
くらいしか、おれにはたぶんできないから」
「二人で、結婚式も挙げられるといいね」
「そうだな」
 誰を呼ぼうかと言いかけて口をつぐんだ。その時には神父役を務めら
れるのはAIくらいしかいないかも知れないのだから。
 それから二人は腰まで海水に浸かったままキスを交わしてから部屋へ
と戻った。


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