アブロ・ランカスター爆撃機
映画「暁の出撃」(1955)で、イギリス空軍爆撃隊の第617中隊がドイツ西部のルール工業地帯にあるダムを爆撃に向かう当日、夜食にハム・エッグが出ます。それを見た給仕の女性(空軍婦人補助部隊員)が「今夜出撃ですか?」とギブソン中佐に聞く場面があります。 英国空軍では出撃と帰還した時の食事に卵料理が出されることになっていたそうで、卵が貴重品なので、出撃する搭乗員たちへのねぎらいの意味なんですね。 映画ではそういう説明はないけれども、ギブソン中佐の攻撃隊で副中隊長のヤング少佐が冗談で「中佐が帰還できなかったら、次の食事の卵は私がもらいます」と言う。 そう言ったヤング少佐自身が未帰還となってしまうのですが。 この「暁の出撃」は戦後まだ10年しか経っていない時期に撮られた作品で、そのようなエピソードがさりげなく描かれています。 英空軍のアブロ・ランカスター爆撃機の実機が登場する映画はたいへん珍しいのではないでしょうか。 アメリカ陸軍の重爆B-17フライング・フォートレスは映画ではよく見るのですが、「頭上の敵機」(50)「戦う翼」(62)「メンフィス・ベル」(90)など、でもランカスター爆撃機を映画で見たのは今回、この「暁の出撃」が初めてです。「ナバロンの要塞」の冒頭で帰投した爆撃隊が不時着するシーンがあったけれど模型での撮影でした。「暁の出撃」では画面に3機以上のランカスターが映ることがないので、撮影に使われた飛行可能な機体は3機だったのか?(地上シーンでは4、5機が映っているけれど) アブロ・ランカスター爆撃機は全部で約7400機が生産されたそうですが、アメリカのB-17ほどには残っていなかったのかも。■B-17F全長 22.78m全幅 31.63m全高 5.85m全備重量 29.48トン発動機 ライトR-1820-97 空冷星形9気筒(1,380馬力)×4基最大速度 510km/h航続距離 約2400km(爆弾2300キロ搭載)武装 12.7mm機関銃×11、爆弾4.35トン乗員 10名■アブロ・ランカスター Mk.I全長 21.18m全幅 31.09m全高 5.97m全備重量 28.58トン発動機 ロールスロイス・マーリンエンジンXX V型12気筒エンジン(1,280馬力)×4基最大速度 450km/h航続距離 約2675km(爆弾最小搭載) 武装 7.62mm機関銃×8、爆弾10トン乗員 7名 アメリカ陸軍の重爆撃機B-17とイギリス空軍のアブロ・ランカスター爆撃機を比較すると、全長全幅など大きさはほぼ同じです。大きな違いは爆弾搭載量で、B-17の約4トンに対してランカスター爆撃機は最大10トンも積めること。 逆に搭載する防御機関銃はB-17の12.7mm機関銃 11挺に対してランカスターは7.62mm機関銃が8挺にすぎない。防御力を犠牲にしても、大量の爆弾を積むことが目的だったといえそうです。 この大きな爆弾搭載量によってダム・バスターズのような約4.2トンの跳躍爆弾を必要とするような特殊作戦に使う機体として適任だったようです。 ドイツ軍が爆撃にも耐えうるUボートの基地「ブンカー」をノルウェーやフランス沿岸部に建設し、イギリス空軍はこの基地を破壊するための特殊爆弾「トールボーイ」と「グランドスラム」を開発。「トールボーイ」は5トン、「グランドスラム」は10トンもの重量があり、このような重い爆弾を積載できるのは「ランカスター」のみだったそうです。 アリステア・マクリーンの冒険小説「荒鷲の要塞」(平井イサク訳 早川書房刊)は、腹にひびく四つの巨大なピストン・エンジンの轟音はボイラー工場のようであり、計器のならんだ操縦室の寒さはまさにシベリアのようだと。シベリアのボイラー工場は墜落したり山にぶつかったりしないので、そちらのほうがましだと、主人公のスミス少佐(映画ではリチャード・バートン)が操縦席で機長の中佐が悠然とかまえているのを見て思う場面から始まります。このいかにもマクリーン流の場面を初めて読んだ高校1年のときが私がランカスター爆撃機を知った時です(おそらく)。