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ピアニスト 竹内英仁のブログ [全202件]
ピアノリサイタルのお知らせです。 今回は、ヨーロッパ文化と作曲家のお話、 そして私個人の曲に対する思いや体験談を交えての演奏となります。 また私が刺したチェコ・ズブジー地方の刺繍をロビーホワイエにて展示します。 刺繍については ホームページ に写真の掲載があります。 また公演チラシは、このブログの フリーページ でもご確認いただけます。
ヨセフカさんのイースターエッグを今年も拝見させていただきました。 説明等は、後日書き入れたいと思います。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
この度の地震、津波、その他2次災害等で、お亡くなりになられた方々の ご冥福をお祈りいたします。 また、被災者様のおかれた状況に同情申し上げ、 救助支援、復旧作業が滞りなく遂行されることを祈念します。 こちらチェコでも、地震のニュースはすぐに報じられ、チェコ人の皆様より、 またザルツブルグからも安否を気遣うメールをいただいています。 メールをいただいた方々に共通するのは、素直、面倒見がよい、 責任感がある等々、どちらかというと地味で堅実なタイプの方が多いようでもあり・・・ 人の為になりたいというよりは、人には迷惑をかけたくない。 といったスタンスで日々生きておられるように感じます。 その人自身の表面に表れている部分も好きなのですが、 奥にある見えない部分が、より偉大で魅力的とも言えます。
![]() 最初の住まいの向いのカフェレストランには、 お昼のランチに時々行きました。 日替わり定食メニューが2コースあって、 どちらもスタンダードなオーストリア料理 という感じでした。 オーストリア料理、特にザルツブルグのものは、概して塩辛く、 ここの フリタッテンズッペ も塩がよく効いていたものです。 因みに、ザルツブルグとは、塩の砦という意味で、 この地方では、今でも岩塩が産出しています。 塩はその昔、とても高価なものでした。 白い黄金などとも言われたそうで・・・ ですので、塩の強いザルツブルグの味付けは、塩がたっぷり使える豊かなザルツブルグ。 ありがたい塩味の料理、というのが、私の私見。 飲み物代を稼ぐ魂胆だ。 と息巻く、ザルツブルグ人もそこそこいましたけれど。 もっとも高級店と言われるところの味付けは、塩分控えめでした。 健康志向なのでしょうか? ただそれでは、物足りない感じがしたもので、 いつしかそういう席では、食卓塩が欠かせなくなりましたね。 同席のオーストリア人は、それを歓迎する風でしたから、 やはりオーストリア料理は、塩がきいていなくちゃ なのです。 塩がきいていなくちゃは、ザルツブルグ州やチロル州、フォアラルベルグ州の特産品、 ハム、ベーコン、チーズの類もそうです。 本来、保存食なわけですから、塩が濃いのは当たり前。 合成保存料はどうかと思いますし、よい塩でこそ、味が引き立つというものでしょう。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::: さて、カフェレストランに話を戻すと、ここは居心地がよかったです。 お店の人達とも顔なじみでした。 その居心地のよさは、ちょっとレトロな雰囲気と、 丁寧すぎないサービスにあったと思います。 少し古いインテリアというのは、落ち着くもの。 そして、サービスが自然というのは、こちらも気負いなく自由でいられるもの。 チップを奮発して欲しい風もなく、常連になって欲しい風もなく、 誰に対しても最小限の笑顔でのもてなし。 塩の効いたスタンダードな定食メニューと、お店の雰囲気、サービスが よく調和していたと思います。 お店のマダムは、カウンターで、グラスを磨いているのが常でしたが、 時々マダムから話を聞くこともありましたね。 日本食のレストランで、どんなものを食べたとか、また違うものを食べてみたいけれど、 店が忙しくてなかなか出かけられないとか・・・ 他愛のない話かも知れませんが、ちょっとした日常の会話というのは、 不思議と気分が安らぐものです。 そして、マダムの人柄だったのでしょう。 そうしたやり取りのいくつかやその時の光景は、今でもこころに残っています。 次の住まいに引っ越してからは、足が遠のきましたが、 たまに寄ると、全てのことは、いつも通りでした。 しかし、ザルツブルグを離れる前に、挨拶がてら訪ねてみると、 突然、経営と内装が変わってしまっていて・・・ その時はショックでしたね。 もう1度定食を食べ、マダムには、お礼が言いたかったです。 今でもグラスをリネンで拭いたり磨いたりする時は、 よくマダムのことを思い出します。 手早く慎重に磨き、曇りがないかライトにかざして・・・ グラスを持つあの姿に、人柄がよく表れていたなと、つくづく思うものです。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::: そしてもう1人、気になるのは、 住まいの最上階に住んでいた1人暮らしのお兄さん。 カフェレストランには、私よりよく行っていたのではないかと思います。 たまに夜、お店に行くと、彼の隣には、必ず女性がいました。 が、それはいつも別の人。 お兄さん本人に、その気はなさそうで、くつろいでいるような、困っているような・・・ というパターンを見かけました。 で、そんな様子もこのお店と、妙にマッチしていたと思います。 ヤングエクゼクティブ風のお兄さんで、ザルツブルグには珍しいタイプ。 私には親切でしたね。 味にしても、人にしても、こうして思い出すということは、 魅力がある という1つの証でしょう。
![]() ザルツブルグで最初に住んだ場所は、この薄黄色の建物の3階です。 この黄色を時に テレジアンイエロー と言います。 オーストリアの国母、マリア・テレジアが好んだことに因んだ色名で、 ウィーンのシェーンブルン宮殿外装もこの色が使われています。 さて、この住居では、管理人のおばあさんと最上階のお兄さん、中庭の眺めくらいが よい思い出で、後は不愉快なことばかりでしたね。 その不愉快なネタだけで、本が1冊、堂々と書けるくらい。 もっとも、そういうことに使う時間は、ありませんけれど。 でも、真実を全て書いたら、読者は、ザルツブルグもオーストリアも国そして人、 なんてひどい と憤慨することになるでしょう・・・ 本当に、日本は豊かで恵まれた国です。 私の愛国心は、ここで生まれたのだと思います。 などと言いつつも、外国に暮らす日本人同士は難しい、ということも この頃に直面した問題です。 あれは、日本の悪しき縮図のようなもの。 同じ日本人だとは到底思いたくない なんてこともありました。 自分の生まれた国、自分の住んでいる国、 その良いところ、悪いところを正直に見据えること。 これはとても大事なことだと思います。 ねじ曲げて美化しても、気に入らない部分の悪口を愚痴ってもダメ。 そこから何を学び、どういう人間で自分がありたいかを 構築したいものですね。
![]() オーストリアのレストランで、よく注文するスープは、細切りにしたクレープの入った フリタッテンズッペです。 スープ自体はコンソメで、刻んだチャイブが散らしてあります。 チャイブは、オーストリア料理に欠かせない食材の1つ。 スーパーマーケットでも市場でも、品切れということはまずなく、 軽くひとにぎりの束が、当時100円前後でした。 チャイブは市場の八百屋さんが、よくおまけしてくれましたね。 ないと困るでしょ? といった感じで。 スープの具であるクレープは、オーストリアでパラチンケンと言い、 この名前は、ハンガリー語のパラチンキからきています。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ある日、旧侯爵家の若様の家に行った時のことです。 ケラーに連れて行かれると、そこにはクレープの生地が置いてありました。 前の日に仕込んで、涼しいところで一晩寝かせるとよいとのことでしたが、 その量の多いこと。 昼食にいらしたお客様が帰ってからも永遠とクレープを焼いていると、 若様は 自分の相手をしない と不機嫌になるしで・・・ :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: さて、素人クレープというのは、フライパンの火加減とか熱のまわり方などで、 最初の数枚は、まずまず位の焼き上がり。 しばらく焼き続けると、満足いくものが焼けるようになり、 但し、途中気を抜くと失敗し、最後の方は雑になりやすいものなんですよね。 このパターンは、ピアノリサイタルのプログラムなどでも起こりやすく、 ですから、どのようにペース配分するかということを考えておく必要があります。 自分がなるべく弾き出しやすい曲で始め、調子よく弾き進め、 集中力が散漫にならないよう工夫し、最後に総仕上げができるように・・・ もっとも理屈ではないところもあって、のっていれば何事も思い通り。 大量のクレープがあっという間に焼きあがってしまうような、そういうのもあります。 ただ、安易な期待とか、のるかそるかの場当たりで、事がうまくいくことは絶無ですし、 それでは、過去の経験から何も学ばず、それを生かさずですから。 本当の意味での成功とか達成感というのは、確実な準備とそれに向う心構え、 そしてそれらに囚われない、無心の心境という辺りがポイントだと思います。 無心で何かに集中できるには、大抵の場合、そこまでの準備が大切であり、 その過程で何が起こるかを嫌というほど学んでおく必要がある、とも言えるでしょう。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: スープのことに話を戻すと、フリタッテンズッペは、私のこれまでを重ね合わせ、 反芻しつつ味わうスープ、ということになっています。 チャイブをおまけしてくれた八百屋さんの人柄とか 貴族家での出来事、その頃の自分が置かれた立場や心理。 歩んできた道のり、うまくいったケース、 そうではなかった場合の数々。 それら全てが懐かしく、まだまだそこに自分の学びが見つけられること。 沢山の事柄が思い浮かんできますね。
![]() 昨年の8月、久しぶりに以前の留学先、ザルツブルグに行きました。 留学当時のことなど、思い出を交えながら書き連ねてみようと思います。 プラハからザルツブルグへの列車は、リンツを経由します。 リンツというと、数年前までの駅の改修工事が思い出され・・・ 乗り継ぎホームがずいぶん遠くにあったり、そこへ行くのに、 階段を上がったり下がったり・・・ 荷物が重いと、ホームを探して歩き回るにも骨が折れ、 さらに、乗り継ぎ時間が短かったりすると焦ったものでした。 現在のリンツ駅は、とても機能的で便利なのですが、 以前、小型エレベーターの中に閉じ込められて、出られなくなったこともありました。 その時は、チェコ人の怪力のおじさんがドアをこじ開けてくれたお陰で、 5分後には脱出できたものの、乗り継ぎの電車は行ってしまいましたね。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: さて、しばらくぶりにザルツブルグに到着すると、 今度は、ザルツブルグの駅が改修工事。 昔のリンツを頭の片隅に、覚悟を決めて歩きだしつつも、 駅から見えるウンタースベルグ(山)を写真に収めました。 車窓からこの山が見えると、ザルツブルグだなと思い、 そして、駅に降り立つとしばし、眺めていたいものなのです。 ザルツブルグに到着した時、そしてザルツブルグを去る時、 この山に挨拶するのが、私の自然なこころの動きになっています。 でも、あまり感傷に浸っているのは危険で、 周囲には注意していなければなりません。 駅というところは、スリや置き引きが発生する場所ですし、 大荷物を抱え、急いで走っている人もいます。 リュックサックやカートをぶつけられることもありますし、 改修工事中の仮設階段などというのは、微妙に揺れたり足場が悪いもの。 転倒しないよう歩きやすい靴で、そして荷物の個数を最小限にすること、 もちろん財布やパスポート、貴重品には十分気をつけて。 それからよそ見しない等々、心得事はいくつかあるのですが、 駅にはあまり長居しないというのも大切なことです。 フランクフルトの駅では、時限爆弾が仕掛けられたという(結局は虚偽)騒ぎで、 大急ぎで外に出なければならなくなったことがあり・・・ また、ロンドンの地下鉄では、突然銃声がして窓ガラスが割れ、 その場にいた人たち全員が、地面に伏せたこともありました。 と、このような物騒な経験をすると、どこか人間はたくましくなり、 また目つきが悪くなる人もいたりするものです。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ところで、写真を撮っていた時のこと、 私のすぐ隣には、やはり向こうに山を眺めている人がいました。 穏やかそうなその人の眼差し・・・ きっとウンタースベルグに思うところがあるのでしょう。 普段だったらちょっと声をかけて話してみようなどと思うのですが、 この時は遠慮させてもらいました。 言葉にすると、遠のいてしまう。 そういう感情もありますからね。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 駅は物騒なだけ、ではもちろんありません。 そこに素敵なひとコマを見つけることもあります。 また、ちょっとした出会いがあったり、 同じ車両に乗り合わせた人との印象深い会話の数々も大切な思い出です。 大昔から、旅というのは冒険であり、故に楽しいことと危険なこと、 その両方があるという点で一致しているのではないでしょうか。 移動手段、かかる時間、そういうことは変わっても、 変わらない何かが確実にあるものですね。 |一覧| |