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![]() 巴里雀の日記 [全294件]
原子力安全神話の次はダム治水神話も崩されないといけない。 轟々と流れる洪水の川を一目でも見たらわかるだろう。 もしここを堰き止めたらすぐにいっぱいになってしまうだろうって。 だからダムに治水効果があるとしたら、カラの状態から満水になるまでの時間稼ぎ程度のものだろう。 そもそも多目的のダムでは利水、発電では満水が理想。治水にはカラのほうが都合がいいはず。だからここでそもそも相反してるのだ。 大雨が降るとサイレンが鳴ってダムの放流が知らされる。 数時間後には急に水位が上がって河川敷は水浸しになる。 これは大雨本来によるものと言うよりも、今後の大雨に備えてダムの水位をさげるために緊急に放流した結果だろう。 むしろそのダムの緊急な放流によって被害が出ることもあり、今までも各地の水害で訴訟も起こされている。 今回八ッ場ダムの治水対策ではダムを造る方が経費が安いという結果が出たらしいけどこれって原子力安全神話と一緒。 国土交通省河川局に都合のいい意見を集めた結果だろう。 八ッ場ダム:「建設が最良」に学者10人反論 声明文 毎日jp http://mainichi.jp/select/seiji/news/20111015k0000e040069000c.html 河野太郎氏のツイート 「河川局は原子力並に悪質。データ捏造してきた。 八ッ場ダムについて国土交通省関東地方整備局が「コスト面からダム建設が最良」との結果をまとめたことを受け、河川工学や防災地形学の学者10人が検証結果について「科学性・客観性が欠如したものと言わざるを得ない」として公正な検証を求める方針。」 毎日の記事の引用 「建設の是非を検証中の八ッ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)について国土交通省関東地方整備局が「コスト面などからダム建設が最良」との結果をまとめたことを受け、河川工学や防災地形学の学者10人が近く、野田佳彦首相や前田武志国交相に検証の抜本的なやり直しを求める声明文を提出する。検証結果について「科学性・客観性が欠如したものと言わざるを得ない」として、公開の場で公正な検証を行うことを求める方針。 声明を出すのは大熊孝・新潟大名誉教授(河川工学)、奥西一夫・京都大名誉教授(防災地形学)、今本博健・京都大名誉教授(河川工学)ら。 関東地整は利根川の治水対策にあたり、今後20~30年で達成可能な毎秒1万7000立方メートルを河川整備計画相当の目標流量に設定。ダム建設に加え四つの代替案を比較検証した結果、コスト面ではダム案が約8300億円で最も安く、10年後の治水効果を一番見込めると判断した。利水面でも必要性があるとした。 これに対し、今本名誉教授は「治水面では科学的な裏付けがないまま、ダムを造ることを前提に目標流量を設定している。八ッ場の洪水調節効果量は少なく、全く役に立たない。利水面も流域自治体の意見を追認しただけで、現状とかけ離れた過大な水需要予測になっている。河川行政に批判的な専門家も入れた第三者機関を設置し、公開の場で検証してほしい」と話す。 関東地整は現在、検証結果について一般から意見を募るパブリックコメントを実施しており、終了後に対応方針案を国交省に報告し、国交相が有識者会議の意見などを踏まえて最終判断する。【樋岡徹也、奥山はるな】毎日新聞 2011年10月15日」
お久しぶりです。 日立がテレビの自社生産停止だって。 子供の頃はカラーテレビの普及期でメーカーがしのぎを削ってたなぁ。 日立と言えば「キドカラー」。 その頃各社愛称をつけてすごい宣伝合戦だった。 ナショナルは「パナカラー」。 「高雄」とか「薔薇」とか「トリニトロン」とか「クイントリックス」とかあれやこれややってたな。 特に日立は飛行船飛ばしたりSL列車「ポンパ号」を全国に走らせたり宣伝すごかったね。 日立は「すばらしい世界旅行」ってドキュメンタリーを日曜にやっててその最後に各地をめぐる「キドカラー」号や「ポンパ号」の様子を紹介してたような気がする。 ある日同級生の山口君と河原で遊んでたらパタパタパタと軽いプロペラの音が空から聞こえて来た。見上げたら大きな飛行船が浮かんでた。 この感動は今の子供にはわからないだろうな。 今調べたらその飛行船は建造後25年も経った中古の飛行船でその後は巡回先の徳島で強風により悲惨な最期をとげたようだけど知らなかったな。 飛行船の後は今度はポンパ号。ポンパっていうのはスイッチをポンと押したらパッと画面がつくという意味である。今では当たり前(いやDVDプレーヤーやちよっといらいらするな)なのに当時は画面が出るまでにめちゃくちゃ長い時間がかかったんだ。 そのポンパにするために弱い電気でずっとテレビを暖めていたわけで、現在なら非エコで叩かれそうな技術だけど当時は画期的だったわけだ。 逆にそれまでの家電には待機電力なんてものがなかったんだね。 家電と言えば白ものと照明以外はテレビしかない時代。 エアコンも一家に一部屋もまだ無かったものね。 そのポンパのテレビを広めるために飛行船の次に考えたのは当時ブームだったSLの列車で宣伝用の車両をひっぱって全国を回るというもの。 機関車も車両も真っ白に塗られて夢のあるイラストで覆われてた。 SLは引退したC11という機関車。さすがにもう煙を吐いて走られないので展示会場から次の会場までは電気機関車などに引っ張られて行くわけ。 それでも子供たちにはとっても魅力ある夢のような列車だったわけ。 展示内容は覚えてないけど要するに走る自社展示場だったんだろうな。 え、もちろん見に行ったよ。 今思うと当時はベトナムでも戦争してたしまだ戦後二十数年。 名神高速道路や新幹線開業や東京オリンピックから万博と次々に大きなイベントが花盛りだった反面公害はじめいろんな社会の問題もいっぱいだった。 安保反対はじめまだ国民は熱かったはずなのにテレビがだんだんと国民をおとなしくさせて行ったのかなぁ?なんて今になって思う。
今日仕事でクルマに乗ってたらNHKのラジオで気になるニュースをやってた。 地元の池田動物園では飼育している鳥への鳥インフルエンザの感染を防ぐために園内の野鳥の巣を駆除したとのニュース。 ニュースでは今年は県北の雪が多いので県南へ野鳥がより多く飛来して感染が心配であると言ってた。 その感染を防ぐために野鳥の巣を駆除というのにはびっくりしたけどその鳥はアオサギだった。まずアオサギは渡りをしない留鳥だから直接は関係ないと思うなあ。 アオサギは集団で巣を作るので木の下は糞で汚れて迷惑なのは確か。 だけど鳥インフルエンザに便乗して迷惑な野鳥(の巣)を駆除してもいいものか。 駆除なら駆除でなにもインフルエンザとか理由をつけなければいいと思う。 園の発表をそのまま鵜呑みに流すほうも流す方だ。 最近は野鳥が悪者扱いされてるのが残念。 感染した報告は北の国からやってきた冬の渡り鳥の例は多いけど はたして本当に彼らが悪者なのか? 鶏への感染はない方がいいに決まってるけど本当に野鳥が仲介してるんだろうか? 万一鶏舎のすき間があったとしても入り込むのはやはり渡り鳥ではないスズメくらいだろう。 今の工場のような太陽の光も入らないと言われる密閉された大きな鶏舎の感染源が野鳥とは考えにくい。 もちろん野鳥からのウイルスを人や小動物が仲介したとも考えられないこともないけど、より現実味があるのはエサとかじゃないかな? 最初の日本へのウイルスの渡来は渡り鳥からだったとしても鶏舎への持ち込みは人間かエサを介してのものだろう。 あのO-157事件のカイワレのようなものをちょっと感じちゃうな。
戦後の占領政策で農地改革を行い不在地主から小作人が農地を安く買う事ができ自作農化が進んだととてもいいこととして学んだ。 だけど戦後しばらくすると都市近郊で土地を手に入れた農家はその土地を売ってアパートが建ったり農地はつぎはぎ状態になってしまった。 景観もひどいし農業の規模の拡大や効率化も難しそうだし、食糧確保のための農地そのものがずいぶん減少しているのも本当は問題だろう。 もちろんある程度の都市化は必要だろうけどまとまった土地の所有者がいれば計画的な土地利用ができたかもしれない。もちろん年貢にあえぐような小作ではいけないんだけど。 いつまでも世界は食糧を安く売ってくれるのだろうか?いくら工業製品に秀でていてもやはり最後は食糧自給ができる国とできない国では地力が違うような気がする。フランスがいざと言う時にはアメリカとでも張り合えるのは大農業国としての自信だろう。 アメリカはいつでも日本を自由に言う事を聞かせるために意図して食糧の輸入を増やさせるように仕向けたとも邪推してしまう。給食は僕らの時代は全部パンだったのだ。もちろんアメリカ国内の農家の販売先を増やすためでもあるのだろうど、小麦のほうが米よりも栄養的にも優れているような宣伝があったように思う。 そんなことを考えてたら元高知県知事の橋本大二郎氏のツイートが目に入った。まさに思ってた事を代弁してくれたような気がしてうれしかった。 「@daichanzeyo 昨日の会見で菅さんが、農地法の改正に触れていた、戦後、アメリカが進めた農地改革を受けて、細分化された農地と、農業者を結びつけてきたのが農地法だが、その結果、農地の集積や効率化は難しくなった、それから60数年、今アメリカは、農地法で身動きのとれない日本に、TPPへの参加を求めている」 また慶応の教授の金子勝氏はこんなこともつぶやいてた。 「@ masaru_kaneko TPPを、国を開くか開かないかが論点だとするインチキが横行しています。今は世界金融危機の中で、WTO=国際自由貿易が進まず、各国が自由貿易の論理で市場の囲い込み合戦をしています。TPPは東アジア共同体構想を捨てて米国と一緒に沈没するという選択なのです。守旧派が農業改革を語る滑稽。] マスコミはおおむね歓迎の論調だけど本当にTPPに参加していいのだろうか? ちょっと忙しくてうまくまとまってないのですが橋本氏のつぶやきに触発されて書いてしまいました。
火曜日のことでした。 暑い中ヒッチハイクの青年が向かいの高校の前で「津山」のプレート を掲げていました。ここは津山方面へ向かう車は通らないしなかなか車は 止まりせん。 しばらく道路の向こう側の彼を見てたけど、嫁さんに店に来るように手招き してあげてって言いました。 やってきた彼に冷たいものとお菓子をふるまいました。 聞けば北海道を4年前に出て沖縄を目指しているとか。 最初は三ヶ月くらいの予定だったのにお金が尽きたら働いたりしているうちに もう4年経ってしまったとのことです。 つい最近まで香川のうどん屋さんで1年働き、また旅を始めたばかりだそうです。涙が出そうな別れだったそうですよ。 全部の県を踏破する旅の最終目的地は与那国島だそうで岡山は36県目とか。 これから美咲町の卵かけご飯を食べに行きたいと言ったけど、もう少し県南も見てほしくて吉備津神社まで送って行きました。 次の日に電話してみたらちゃんと湯原までたどりついてました。 久米南町の道の駅で寝たけど親切にしてもらったとか。 今日はどこに行ったかな。 僕が若い頃旅で受けた恩を少しだけ返してあげられたかな。 北海道では周遊券も切れてしまって20台くらいヒッチして帯広の叔母のところまでたどりついたものです。若い頃じゃないと出来ませんね。 僕も旅ではいろんな人にお世話になりましたがいつかまた若い人に返す機会があればと思ってました。旅人との出会いってなにか自分の思いまで一緒に旅をしてくれてるみたいになっていいものだと知りました。 カッチ君元気でな~
アリジゴクはウスバカゲロウという虫の幼虫なのですがその名の通りすり鉢状の巣を作ってそのその底で虫が落下するのを待ってるんですね。 一度虫が落ちたら両あごでつかんで放さず食べると言うよりも養分を吸い取るように食べてしまいます。 さて会社でそのアリジゴクの話をしましたら社員の子が「こまこま」という地方名を教えてくれました。 「こまこま出てこい」というような歌を歌いながら巣からアリジゴクを掘り出すそうです。 町の子だった僕はアリジゴクそのものもそれほどは見る機会もなくて「こまこま」はアリジゴクの別名、あるいは幼児語なのかと思って 検索してみました。 そうしたら出てきた二件はいずれも岡山県の中西部の方のページでした。 別のページにも同じような結果が出ていて面白かったです。 みなさんの地方ではアリジゴクをどんなふうに呼んでいましたか? http://matumap.s35.xrea.com/index.html#setumon ここにアリジゴクの地方名についてのページがありました
長い間ご無沙汰していました。 またこちらも時々書きますね。 今日は暖かかったですね。 二三日前から車で出るたびに気をつけていたのですが今日ツバメを見ました。 おりしも桜も今日が開花の日となったようです。 これは後楽園の標本木に五輪以上咲いた日だそうです。 先日はモンシロチョウらしき蝶も見たしもうすっかり春ですね。 今日はイカナゴを買って来ました。 500gで690円の二割引です。 夜につくだ煮を炊きます。 春といえば長男は入試無事合格。 これから東京での生活です。 ちょっと寂しくもありますけどね。
リンクしているはてるま11さんの日記で沖縄で泡瀬干潟の保護活動をされている水野隆夫さんという方の名前をみかけました。 どこかで見かけたお名前だと思ったら学生時代に屋久島を訪れた帰りに先輩と一緒に立ちよった霧島でお世話になった方でした。水野さんは国立公園の管理員事務所にレンジャーとして勤務しておられてたのでした。 当時いろいろお話をお聞きするうちにちょっとバイトして行かないかいってゴミ拾いのバイトを紹介して下さったのでした。貧乏な学生には旅を続けるのに助かりました。 それっきりではあったのですがお名前だけはしっかり覚えていたのです。水野さんは北大の水産学部を出られて当時の厚生省に入省、北海道や沖縄や九州など各地を赴任して回り36年間の自然保護官の人生だったそうです。その最後の赴任先でもあった沖縄の自然を守るために奔走されているそうです。 http://awasedaisuki.web.fc2.com/ 泡瀬大好きクラブ その水野さんが広島大学での講演のためにこちらにいらっしゃり鞆の浦をはてるまさんの案内で見にいらっしゃるとお聞きしました。夜はお話を聞きながら会食とか。はてるまさんからのお誘いを一度はお断りしたのですがそんな機会はまたとないから行っていらっしゃいという嫁さんの言葉で夕方6時過ぎの新幹線に飛び乗り福山まで行って来ました。 福山の松永駅からほど近い料理屋さんに行ったらはてるまさんたち8人がそろわれていました。懐かしい話をしたり今の沖縄の実態をお聞きしたりいろいろ興味深いお話がいっぱいでした。 水野さんの次の目的地に移動のためにあまり時間がなかったのですが思いはしっかり伝わりました。埋め立て差し止めの判決が出た泡瀬ですがなんとか守られたらいいなと思います。 http://www.awase.net/ 泡瀬干潟を守る連絡会
![]() 下の娘が海の学校、夕方家にいなくてもいいので京都まで行って来た。 のぞみでちょうど1時間だから早いもの。 駅に降りたら100番のバスでまずは銀閣寺に。実は京都はあまり行ったことがないのである。 年に一度くらいはこれから行きたいな。哲学の道を疎水沿いに南下。 ![]() 途中の法然院にあがり近くの豆腐料理の店で昼食。定食1890円。 ずっと疎水沿いに歩いて永観堂を見学。もみじで有名らしいからもう少し先には大変な混雑だろうね。この日も世間の五連休明けにも関わらずたくさんの観光客がいたなぁ。みんなずっと連休中ずっと仕事でやっとお休みだったのかな。なことはないか。永観堂や法然院は今まで知らなかったけど景観を歩く京都http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/70/8/7001270.html この本の通りに歩いて入ってみた。 永観院は思いのほか広い境内にびっくり。 まだまだ知らない京都がいっぱいあるんだろうな。 続いて南禅寺に。三門が有名だけどなるほど大きい。 ここで見たかったのは琵琶湖疎水の水道橋。 本道の近くにあるレンガ作りの橋は水路閣と言われているけどローマ時代の水道橋を思わせる。 ![]() 境内にこんな施設を作るのを当時は反対の声もあったようだけど今ではすっかり馴染んでいる。 琵琶湖疎水と言うのは琵琶湖の水をトンネルで京都に運び水運、水道、発電に使った当時としては画期的な技術。 その水運に使うにあたってどうしても36mの高度差がある部分ができてしまったのだが、それを克服するためにレールを造り船ごとトロッコに乗せて発電した電気でモーターを動かし上げ下げしたのがインクラインというもの。教科書には出て来たけど実際どんな施設だったのか今回見てよくわかった。 ![]() 今でもその軌道跡はレールごと保存されトロッコも船を載せて保存されていた。 明治時代の貴重な近代化遺産だと思う。 近代化遺産というと最近近所のクラボウ岡山工場が閉鎖され取り壊し工事が始まった。川のそばにある平面的な工場は緑も多くきれいに刈り込まれた丸いカイヅカイブキ?植え込みがきれいだったのに残念。好きな景観だったのにな。 蹴上の駅まで歩いて今回の京都歩きは終了。地下鉄で街まで出て錦市場やデパートを見て最後は駅ビルの大階段を見て帰る。さすがによく歩いて疲れたけどいいなぁ、京都。
ご無沙汰してました~。 ピッチャーの勝ち投手とか負け投手って子供の頃よくわからなかったのです。 いや今もわからないかも。 だっていくら抑えたって自分のチームが点を入れなきゃ勝てないんですものね。 その意味では麻生さんは大量得点をすでに取られてからの当番だったのに負け投手(党首)みたいでかわいそうとも言えますね。 先発ピッチャーからすでに破綻がはじまってたのに中継ぎ二人のあいつでの突然の降板。 そんななかでの満を持しての当番だったはずだけど抑えの切り札だなんて誰が言ったのでしょうね。国民的人気だなんてイラクの大量破壊兵器と一緒でした。 さあ9月。先月は毎日新聞の万能川柳は6句掲載でした。 自己タイ記録です。 今日は選挙の句特集で~す。 敗戦の党首も兵を語りたい アンカーの走者ばかりが責められる 失言の元大臣はみんな去り アメリカで牧場やるか小泉氏 ぶっ壊すだけは守ったマニフェスト 元議員さんの窓口こちらです ETC今から付けて得だろか 歴史的紙面の隅にボクの句が いかがかな政権交代記念コイン この夏を覚えておこうこれからも でもやっぱり選挙に限ると面白くないですね。 普通の句も行っちゃえ。 コンビニに一足先に来る季節 始まって終わってうれし夏休み バランスが崩れ困ったプチ整形 費用対効果を思う化粧品 ある意味でたいした女優だった人 チヤホヤとされて歪むな子役の子 CMの後でがやたら多すぎる まだ世襲していないのかベンチャーズ 書道展 筆で署名をしてみたい 骨董になるまで持っておけぬ品 みんなエサ足りているのか大水槽 今回はこんなもので |一覧| |
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