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義母の死 母の文(不死鳥はいまもなおより)昭和56年記
養母は生来勝気で我侭な人であったが、父の他界とともに、急に低下しはじめた心身の機能は老人ボケの症状を発し、症状も日増しに強くなっていった。 私は勤務と看護の両方で大変であった。 母の晩年は誰ひとり、親戚の人も訪ねててこ来ず、寂しい終末期であった。 心臓発作で二月の寒い朝逝った。 私は夫と結婚する事で、養家の後継者としての資格を降りたあと、両親の期待は孫である 私の長男克敏に跡継ぎの望みをかけていた。 長男は小学校の頃、祖父の願いで養家の姓を名乗らせたこともあったが、父親の遺族年金 給付のこともあり、また実の父の姓に戻した経過もある。 長男の成長に伴い、彼の気持ちはっきりしていた。可愛がってくれた祖父母ではあるが、その姓を継ぐ気は全くなかった。 ここで養家は廃嫡となり 養女である私に対する、義父親戚一同から憤怒と反感は大きかった。 当時は家の継続を重んじる時代であり、私は不義理呼ばわりされ、攻められその苦しさは食事も喉を通らない日々であった。 私は、今も養父母に対する親不孝を 申し分けないと思う気持ちで一杯である。 [夫の母]カテゴリの最新記事
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