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明日のことは明日自らが思い悩む。 その日の苦労は、その日だけで十分である。」 it will have enough worries of its own. マタイ6:34 [全2314件]
あすの礼拝でするメッセージ、 いつもながら苦闘しています。 シンプルな詩編の御言葉、 こねくりまわして複雑にしそうだ。 晴れやかな精神だ、信仰だ、 それが欲しい。 よしまだ午後7時台だぞ
朝のインタビュー番組。 ボクより8歳くらい年上のようだから じき70の声を聞こうとしている人です。 朗らかで自由な人でした。 髪の毛も黒々ふさふさでびっくり。 青年と変わらない。 万年青年とはこういう人を言うのだな。 ああ気持ちいいなぁ。 こんな人が世の中にいたなんて。 そうだもう一人いらっしゃる。 万年青年が。 ボクの教団の「アノ人」
今朝の厳しい寒さは11月のようではありませんでした。 新幹線に乗るとヒーターが効きすぎて、気分が悪くなり 品川で下車してしまいました。 寒い季節は寒くなければ身体に悪いです。
「ボクが退職して 信徒さんたちが、ばらばらになると困るな」 というと、妻もいう 「信徒さんたちに依存しているのは、あなた。 信徒さんたちはあなたに依存していないから それだけは大丈夫」
この近隣の牧師が集まって定期会合をしました。 今日の会場は三島バプテスト教会です。 会場教会の女性牧師がメッセージと課題を話しました。 そのあとの意見交換も含めて、面白かったです。 他教派と交わるのは、楽しいです。 建立されて日が経っていない会堂も見学 大きな建物ではありませんが 効率が考えられ、良く出来ていると感じました。 バプテスマ・リーと言うのでしょうか 浸礼する所も、興味深く拝見しました。 会堂内にプールを作るのは大変でしたでしょう! 「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」ヨハネ13:34 聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation (c)日本聖書協会Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
教区会で浜松に行きました。 行きは早めに出て、富士川サービスエリアに寄り散歩をしました。 富士川SAからの景色はきっと日本一でしょう。 左から、富士山、愛鷹山、伊豆箱根、駿河湾、沼津アルプスまで。 眼下には富士川、手前からひとすじに伸びる東名高速道路 パノラマとは、これでしょう 「あなたは富士山が見えるところに住んでいていいわね、と姉が言っていたわ」と妻。 「写メールで富士山撮って送ってやろうか!」 と言いましたが、 携帯電話のディスプレイから見る景色はあまりに貧弱でした。 日曜日の次の日の行動は疲れましたが、 帰りはお客さまが同乗し、運転してくださいましたので、助かりました。 運転技術はボクよりなめらかで、これも助かりました。
今日は礼拝に17人も来て下さいました。 礼拝説教も、詩編23編 最愛の聖句をお語りする事が出来て 幸せでした。 説教内容は お茶漬けのようにさっぱりしすぎたかな? お昼は、皆さんとうどんを食べました。 いい味だしているのにびっくり。 午後は、弟のギター伴奏で「賛美の集い」 一人ずつ、ゴスペルソングをリクエストして 幸せに歌いました
マタイ福音書20章には 「ぶどう園の労働者のたとえ」があって 今朝はそこを読んだが 胸のすくような話だった。 「ぶどう園」はこの世で きっとボクたちはそこへ労働者として送られているのだ。 それだけでもスゴイお話だと思う。 主人(神)は、広場に行って、次々と労働者を雇い入れる。 夜明け前に行くと、もう威勢のいい労働者たちが、手ぐすね引いて待っていた。 主人が9時頃に広場に行くと、 待っていた人々があって 主人はすかさず、 「キミたちも、ぶどう園に行きなさい。相当な賃金を払うから」 よかったね、ちょっと遅れたけれど、間に合った お昼にまた行ってみると 広場に突っ立っている人々を見つけたので、また雇い入れた ぎらぎらと照りつけていた日も、ようやくおだやかになり始める、3時頃、 あれれ、まだ立っている人々がいたよ。 主人はその人も、ぶどう園に雇うことにした。 労働者たちが、ひと日の終わりを思う5時頃 まだたたずんでいた人々があった。 主人は近づいて 『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』と言った。(20:7) 日が落ちると主人は労働者たちを集めて 最後の人に、1日分を渡した。 「わぁすげ〜 気前がいい」 みんなはびっくり 夜明け前から働いた人たちは、 (自分たちには、さぞやたくさん奮発してくださるだろう) ああ、なんたること、自分たちも同じだった。 そこで主人に不平を言った。 『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』(20:12) 少しも動じないこの主人が頼もしい。 胸のすくような主人の言葉が、 主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』 働くのが馬鹿馬鹿しくなった、って? これだから、キリスト教はキライだ! 惜しみなく与える愛の世界を 功績によって計られる世界に変えたのは、 いったい誰なのだろう? |一覧| |