テーマ:ゲーム日記(30527)
カテゴリ:電源有りゲーム
(続き)
エジプトとの植民地戦争ののち、スエズ運河地帯の割譲を受けた。 1853年にクリミア戦争突入。 ロシアの南下政策を阻止するために始まった戦争が、かなりの規模の大戦争となる。イギリス、オーストリア、フランス、トルコ対ロシアという組み合わせで、イギリスがサンクトペテルブルグに強行占領を行うという決着をみた。わがオーストリアはおこぼれでミンスクまで進出。 この後、ロシアは反乱の嵐が吹き荒れ、クリミア、アルメニア、ウクライナの小国家が分離独立することになる。 その後、フランスの後押しでサルデーニャ・ピエモンテがイタリア半島統一を画策するも、それを阻止。逆にサルデーニャを衛星国とした。 これにより、オーストリアとフランスとの間で緩衝地帯ができたことになる。 プロイセン崩壊 プロイセンが高飛車にもプロイセン主導によるオーストリア統治を呼びかけてきた。オーストリア首脳部は断固これを拒否。予備役含め100個師団でベルリンを蹂躙した。ここにプロイセンによるドイツ国家建設は頓挫し、プロイセンの国威は失墜した。 1860年末。ロシアに不安を抱えるものの、順調にアフリカ植民地を築いていくオーストリアだったが、その貪欲さはとどまるところを知らなかった。ドイツ諸邦が手を伸ばせば届くところにあるではないか…… (続く) プレイヤーからの視点 新しいターゲットはメキシコでもよかったんですが、アメリカと国境を合わせるのはリスクが高いと判断してドイツ諸邦を併合することにしました。プロイセン崩壊のおかげでプロイセンの国威は-500を突破しました。ここも刈り取りどきかな。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005.03.22 23:17:28
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