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![]() 昭和のアパートに越してきて、本当にいろんなことがあった。 雑貨屋さんをしたいって思っていたけど リアルに雑貨屋さんだなんて全く経験なかった。 そんな中、本当に偶然のお誘いがかかった。 ルクルでの限定雑貨屋さん。 ビックリだし 奇跡だと思った。 夢が一瞬にして叶ってしまった。 ここでの経験は、本当にためになった。
![]() なかなか、更新できずにごめんなさい m(_ _)m 自己紹介が、遅れましたが 改めまして 私です^^/♪ ブログ、うまく使いこなせてませんが ごめんなさいっ!!
![]() 心とは きっと 時代と共につくられていくものだろう 幼稚園に通っていたときの記憶や、感覚は明確に残っている だけど、無駄な知識や常識で 非常な常識が つくられていく あまり テレビは見ないほうがいい あまり 人に流されないほうがいい 無音の中に、流れる大音の響きを感じて欲しい
![]() 私たちは12月の入居を控え、無防備なリフォーム作業に取り掛かっていた。 作業をそっちのけで、携帯を片手にパシャパシャ写真を撮る私に彼がひとこと。 「 写真なんか撮っていないで、手伝ってよ 」 作業を進めなくてはならないのは分かっていたけれど 「いま」を残さなければと思っていた。 1階、和室の部屋を木の板へ張り替える作業。 1番初めに取り掛かったのが、ここだった。 今まで、木工作業なんてしたこともなかったけど 建築に詳しい棟梁(とうりょう)に基礎の知識を 教えてもらっていたので 素人でも出来るだろうと、 無茶くちゃな自信をもっていた。 棟梁いわく、素人のほうが「あじ」があっていい場合もあるらしい。 私たちはその「あじ」を作り上げようとしていた。 深夜0時過ぎまでかかっても、まだまだ終わる気配はなく 予想以上に、大変な予感がしてきた。 だけど、もう引き下がることは出来ない どれだけの時間がかかっても、このアパートを 理想の空間に作り上げるぞ!!と更に熱が入る。 冷静になって考えると 昭和のアパートを自分でリフォームだなんて.. 普通に暮らしていたらなかなか、経験できることではないだろう。 そう思って、この頃からアパート奮闘記を残したいなと考えていた。 だけど残念なことに、当時の写真が非常に少ないのである。 それにはこんな残念な理由があった。 私が、彼にカメラを向けるたびに 「必死で頑張ってます!!」みたいなポーズをきめるので どの写真も嘘くさく感じてしまうのである。 どうにか自然に撮れているのものを載せたいと願うあまり 記載できる枚数が限られてしまう。 この先、こんな後悔はしないようにと 今ではデジカメを手放せない私がいる。
![]() 「 来月から、住めるように進めていこうね^^ 」 大家さんが、そういってくれたときは 嬉しさのあまり感動で目頭が熱くなってしまった。 アパートを借りるにあたって、「現状維持でかまいません!!」と 強気な姿勢を示したものの 現実では本当にかなりの築年数のため 「雨漏り」が心配されていた。 そのため、屋根と畳、鍵の交換をしてもらえることになった。 その他は、もちろん「現状維持」。 「 和室だった部屋をフローリングに張替えるなど 自分たちで内装をリフォームしてもいいですか?」 そう尋ねると、大家さんは大きく うなずき 「 何でもしていいよ 」 と了解してくれた^^
![]() 昭和のアパート そして大家さんと衝撃的な出会いをした私たち。 翌朝、寝不足気味な目をこすりながら車を走らせた。 不慣れな道のため、少し道に迷ってしまい 約束時間の5分前というギリギリな時間で到着。 と、そこには大家さんの姿が !! 「 今日は、よろしくお願いします!! 」と私たち。 「 ホコリが、舞うからマスクをしたほうがいいよ 」と進められた。 大掛かりな荷物の撤去は、この日で終わったような気がするけど あまり詳しく覚えていない。 ただ、ただ ものすごい量のゴミを処分して いままで経験したことのないような 大掛かりなお掃除だった。 日頃、整理整頓が苦手な私だけど この時ばかりは 無意識に体が動いたのを思い出す。 よくテレビで「ゴミ屋敷を片付けよう!」みたいな企画をやっているけど まさにあんな感じ。 でもね、本当に楽しかった♪ あのときの経験で、私は強くなったような気もする♪ 生きていく中で、お掃除ってとても大切な事なんだって学んだ。
![]() 帰宅後、彼と話しをした。 「 アパート、借りれるかなぁ.. 全部貸してって無謀だったかなぁ.. 」 大家さんと、それなりの交渉はしたものの 連絡先の交換などは一切しておらず 「 明日の10時に、ここで 」 という言葉だけの約束で、その先のことは何も明確ではなかった。 何か、ものすごい運命的な出会いをしてしまったと 心が騒がしいものの まだ不安のほうが大きかった。
![]() 「 このアパート、全部借りること出来ますか?! 」 その言葉に、もう迷いなんてなかった。 人生で何か迷ったとき ワクワクするか、しないかで 物事を判断したほうがいいと誰かに教わったことがあるけど この時ほど「わくわく」したのは 子供の時以来 本当に、久しぶりの出来事だった!! 心が踊った♪ 隣にいた彼の意見も重要なはずなのに、もう言葉なんて必要ないだろうと 大家さんと、さまざまな交渉を続ける私。 何が何でも、このアパートを借りたいと思った。 そして次に出た言葉がこれ。 「現状維持でいいです!!」 この言葉が、後にどれだけ重大だったかを 身をもって思い知らされることになるのである。。 ここは、アパートだと聞いているけど 不思議に思えてならない点がいくつもあった。 玄関の扉を開けると、急な階段があって そこを2階へあがると 右と左に部屋がある。 広さは10畳ほどの和室。 どうやら、2階はトイレは共同のようで お風呂さえなかった。 ここは本当にアパートなのか? 階段を上がって右の部屋は、比較的きれいだったが 左の部屋は、以前住んでいた方の荷物がほぼ そのままの形で置き去りにしてあった。。 夜逃げでもしたのだろうか? 何か事件でもあったのだろうか? タバコの吸殻や、ゴミなどが大量に残されており 生活苦が感じられた。 大家さんは、この残された荷物たちを全て1人で片付けようとしていたらしい。 そんな中、突然声を上げたのが私たちだった。 「 お片づけも、一緒にします!! 」 ほこりを防ぐためにはめたマスクを取り 大家さんが、ひとこと。 「明日の10時に、ここで待ち合わせでいいかい?」 希望の光が差し込んだ瞬間だった♪
![]() 「欲しい願望」 彼氏が欲しい 彼女が欲しい 欲しい 欲しい 求める願望 その願望が強ければ強いほど、欲しいものから遠ざかっていく方式。 誰もが気づいている、欲望とのかけ引き。 そして、理屈では抑えきれない感情たち。 私が、昭和のアパートと出会えた時もそう。 「物件を探すのは、今日はやめておこう」 そんな日曜日の出来事だった。 アパートと出会ったあの日、心に衝撃が走ったのを覚えている。 日頃から、あまり物覚えの良くない私だが今もキーボードを押すたびに 鮮明な記憶がポンポンとよみがえってくる。 2006年 11月11日 日曜日。 奇跡とか運命とか、何もかもを率直に信じてしまう私は 昭和のアパートと出会った 11月11日という数字が並んでいることも 奇跡的に感じてやまなかった。
![]() マンションの退去届けを出してしまった以上 今月でここを出て行かなければならない。 次なる住まいを求めるものの、そう簡単に条件にあった住まいは見つからない。 さまざまな不動産をはしごする日々が連日 続いた。 実はこの時 私と彼は、無謀なる夢を叶えようと 密かながらも熱い情熱を抑えきれずにいた。 それは、小さくても構わないから店舗つきの物件を見つけ そこで、お店をすること。 家族で、のんびりと生活出来たらなんて幸せだろうか... 何のお店をするだなんて決めてなく、全ては時の流れに任せてきたように感じる。 「趣味のアンティークショップだなんて素敵だよね」 「大好きなカレー屋さんとか、どうだろう?」 脳裏に描かれる、未来像はとても素敵で輝いているものだった。 彼との仲も、良好でいつもお店の話しをしていた。 だけど現実は、そうあまくはなかった。 市内のテナント物件は、家賃も高く1階となるとなかなか空きもない。 お店をするにあたって、当時の私は立地が絶対的な条件だと思っていたので とにかくさまざまな場所を回った。 空きテナントを見つけると、すかさず携帯を取り出し そこに記載してある電話番号に問い合わせた。 だが、テナントとなると本当に家賃が高く 更には、敷金も高額なのである。 何度もあきらめてしまいそうになりながらも 「大丈夫だよ」という彼の言葉だけを頼りに 物件探しを続けた。 もうかれこれ、どれくらいの物件をまわっただろう? 問い合わせをした物件は軽く100件は超えている。 不動産屋さんも、10件以上まわった。 深夜、不安で眠れない時はインターネットで 「賃貸」「テナント」何度とクリックしたことだろう。。 「ねぇ、このまま物件が見つからなかったらどうしよう?」 私の問いに、彼が答える。 「大丈夫だよ」 彼はいつも自信のある笑顔を見せた。 この人は、いったい何を根拠にそんな自信を覗かせるのだろう? と疑問だったけど 当時のことを彼に問うとこんな答えが返ってきた。 「2人とも、どうしようどうしようって言ってたら なおさら追い詰められるだけだったでしょ?」 私は、空いた口がふさがらなかった。 あの時、やはり彼もそうとう追い詰められていたに違いない。 だけど、心の中では「不安」と「希望」が両方重なり合って 妙なテンション具合だった。 「 ここしばらく、物件のことばかりでどこにも遊びに出かけてないね 」 気休めをしようと、向かった先で いまのアパートへの出会うのである。 ※残念ながら、当時の写真が本当に少なくもちろん日記なども残っていないんです 記憶を辿りながらのエピソードをお許しください☆ │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |