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2011年05月30日 楽天プロフィール Add to Google XML

見た。「コヤンイルル プタッケ」(子猫をお願い)
[ おすすめ情報 ]    

すごくうまい映画だと思った。

じ~んとした
とか
感動した
とか
そういう映画ではなくて

どちらかと言えば
「ちょっと待て。
その後、みんな、どうなるの?」
的な
それぞれの人物たちの
その後が気になる終わり方。

それと、英語の字幕が
すごく良く出来てて感心した。

今まで英語の字幕付きの韓国映画って良く見てるけど
毎回毎回ヤバいんだよね・・・。

明らかに韓国語が母国語で
英語がヤバい場合と
英語が主言語で
韓国語の訳が「ん~~」って場合と。
(って、私はそもそも
字幕の翻訳ができるほどの韓国語力もないのに
偉そうにすみませんすみません)

前者の方が圧倒的に多いんだけど。

でも、今回のは
本当に熟れているというか
「そうか!!」という訳ばっかり。

すっご~~い
と思ってたら
翻訳者に3人の名前があって
しかも翻訳の編集者付き!!

韓国映画協会(かなんか)
が一役買ってたらしく
そこでそこまでお金をかけた翻訳ができたようなんだけど
そこは偉い
と思った。

というか、韓国の政府方針として
韓国文化を海外に輸出するために
ちゃんと政府主導でスポンサーをするところが
韓国は偉いと思う。

で、映画のほうに戻る。

・・・。

言いたいことはたくさんあるんだけど
ストーリー的な面白さとは違う
個々の人物を通しての
20世紀末の韓国をかいま見る
みたいな作りだと思った。

なんか、一言で言い表しにくい。

題名に出てくる猫ちゃんは
明らかに小道具。

なんだけど、映画の中では
丁寧に扱われてて
安心できる
というか。
(動物愛護の観点からは。)

なんか、すごく優しい映画。

純粋な思いやりや
思春期の、
時には非情なほどのまっすぐさ
がすごく良く出てる
って感じがした。

おすすめ!

最終更新日  2011年05月30日 16時19分18秒
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すっごい久しぶり!!
[ おすすめ情報 ]    

何年ぶり??

ええ!!
ここに投稿するの、
本当に何年ぶりでしょうか、一体!?

ちょっと復帰してみようかな
と思ってます。

ほとんどミクシィ日記しか書いてなかったんだけど
どうやら、ミクシィは
新規の海外在住会員が登録できなくなったらしく
これから、いろいろと制限が激しくなりそうで
それに、また「世界全体」に向けて
発信したいようなことが増えてきたので
復帰を検討中。

ひとまずは
今晩見た映画の感想などを
コピペしてみます。

どうぞご笑覧くださいあせ☆



最終更新日  2011年05月30日 13時23分18秒
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2008年06月29日

「ちゃん」や「さん」をつければ丁寧になるんかい。
[ 習性 ]    


お久しぶりなのに
怒り系で申し訳ないような気もしますが、
これ、聞いたり見たりするたびに思うので
やっと書くことにしました。


自分のことで、ちょっと不思議なことがあった。

それは、どうも私の言葉遣いは硬いところがある。
初めての人とやり取りをするときに
妙に相手に「硬いわね」的思いをさせることがある。
妙に相手に「なんでそんなに距離を置くのよぉ」と言われてしまったり
そう思わせてしまうよう。

でも、考えてみれば、
私は、自分から仲良くなりたい人や
もともと本当に仲の良い人に対しては
たいして硬すぎることはなく
逆に甘えすぎなぐらいだと思う。


で、何でそんなに「硬い」と思われるのか。
私に勝手に親近感を抱く人がいるからだ。
で、その親近感を勝手にあらわして、
それを私にも強要してくる相手というのは
私を「ハーフちゃん」「ガイジンさん」呼ばわりしてくる相手である場合が多い。


要は、私は「私」という個人ではなく
「ハーフ」ちゃん、「ガイジン」さん、という
生まれながらの有名人なわけで、
だから芸能人や他の有名人や、タレントよろしく
「ファンの皆さん、ありがとう♪
今日も私を応援してください」
とでも言って欲しいのか
または特に前からの知り合いでもないのに
前々から大親友かでもあるかのように馴れ馴れしくしても良い相手
と思う人がいるようだ。


と、こういうことを言うと
「自意識過剰だよ、お前。(ケッ)」
って言う人が必ず現れるのだけど、
私にはあの「ハーフちゃん?」「外人さん?」と言いながら
ニコニコと歩み寄ってくる人たちが気持ち悪いし、憎らしい。
で、自意識過剰だというのなら
そういう人たちのとる行動をどうにか説明してくれよ、とも思う。

私には、そういうことをする人たちが
外国風の名前を見て、
日本人の名前には「さん」とか「氏」とか付けるのに
突然呼び捨てにする(してもいいと思う)心理に直結していると思う。


見かけの違いで、勝手にこちらに親近感を持つ人には、
「いや、みかけが目立つのはもうわかってるから
ほっといてよ」とでも言えば
(言えないけど、言えればどんなにいいだろう)
ショックを受けて、その人は退散するけれど
その後もぞろぞろとそういう人が出てくるのに変わりはない。

だから、特に虫の居所が悪いのでもない限り
いちいち
「いや、みかけが目立つのはもうわかってるから
ほっといてよ」
と言うのも面倒くさく
そうやって寄ってくる人を避けるしかないわけだ。

というわけで、
「硬い」と思われようが、
初対面の人や
よく知らない人に対して
馴れ馴れしくする気にはなれない。


で、最後に一言。
「さん」が敬称だからって
それをつければいいってもんじゃないし。
もうちょっと考えてくれや。
(って言いたい相手は、
そもそもこれを読んでる可能性すっごく低そうだな。orz)



最終更新日  2008年06月30日 03時01分24秒
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2008年03月05日

「~~代表」として見られることの気持ち悪さ
[ 考えちゃうこと ]    



私は、自分のことに関して
ネット上では意図的に隠してきたことがいくつかある。

それは、本名や
本人を特定できるような個人情報などという
わかりやすいことに限らない。

察しの良い人などは気付いたりするのだけど
それは、食生活に関することだったり
宗教生活に関することだったり
政治思想に関することだったりする。


隠してきた理由にはいくつかある
が、一番大きな理由は
~~代表にされるのが嫌だからだ。



韓国にいたときに
日本の大学に通う在日コリアンの子がいた。

アメリカの大学に通う
あるリベラル思考の日本人の子は
その在日コリアンの子の名を
「韓国風」に読み、
その子が
「いや、苗字は韓国読みでも、名前は日本読みで
それがオレの名前だから」
と言っても、
しつこく下の名前も「韓国読み」で呼んだ。


その同じリベラル思考の子は、
私がユダヤ教徒だと知ると
私に中東問題のことに関して議論を吹っかけてきた。
それは、私個人の考えを知るためというよりは
私を「ユダヤ人代表」として話を進めるためだった。

私がいくら
自分はユダヤ人代表でありえないし
多くの典型的なアメリカのユダヤ人は、
現地在住のイスラエル人やユダヤ人とは
かなり異なった意見を持っている。
私は、とてもじゃないが、
そのみんなの意見を代弁できるほどの
知識を持ち合わせていない
と言っても聞く耳を持たなかった。

ある意味、
「リベラル」あるいは「左翼的」な人に典型的な
「正しい答えはひとつしかない」的態度だ。

その思考パターンはこうだろう。

在日コリアンであるならば、
正しい名前の読み方はひとつ。
それは、(現代)韓国風の読み方。

ユダヤ人であるならば、
中東問題に関する考え方はひとつ。
それは、何を置いてもイスラエル擁護の考え方。


正しくは、本人の名前の読み方は、
民族的アイデンティティがどうであれ、
本人が決めるべきことだ。

特に、当時の朝鮮人に創氏改名を強要した日本人の子孫が
またその朝鮮人の子孫である在日コリアンに
「正しい名前の呼び方」を強要する図は皮肉以外のなにものでもない。


そして、中東紛争に関して言えば、
中東内でも
イスラエル内でも
いろんな国のユダヤ人内でも
さまざまな考えが混在する。

多様すぎて
とてもじゃないが
その道の専門家でもない私には
それを上手く一言で言い表すことはできない。


政治家や社会運動家にでもなれば
民主主義国家では
他の人の意見を代弁することが大切になるから
自分の意見を述べるときに
代表者として意見を言うことも大切になるだろう。


でも、私は政治家でも社会運動家でもない。
時には他の人の考えを代弁することもあるけれど、
そうするときは選ばせてほしい。
そして、それを自動的に私のアイデンティティにつなげてほしくない。




・・・・と言っても無理なのはわかっているのだけど。

私の言うことを
いちいち「代表」の声として、箱にはめて理解する人はそうするし
そうしない人は、すでにそうしない。

そして、私も
人が「代表」として声をあげているときと
そうでないときをちゃんと区別するようにしているが
たまに失敗することもある。

なかなか難しいことではあると思う。
けど、やってみようとする価値はあると思う。





最終更新日  2008年03月05日 17時34分58秒
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2008年02月13日

お久しぶりです。
[ 考えちゃうこと ]    



お久しぶりすぎて、忘れ去られてるんじゃないかってぐらいお久しぶりです。

さて、ここでのブログ書きをお休みしていた期間
私にとってのこの場の意味を考えていました。

この場で当初知り合ったブログ仲間の中には
もう早々にこの場から引き上げてしまった人もいるし
まだまだブログを更新し続けてる人もいる。

でも、一番多いのは
細々と更新を続けている人たち。

私は、ほぼ更新しない状態でした。

その間、ミクシィ日記は
「細々」更新状態。
でも、内容は
考えたものを書き上げたというよりも
近況報告に止まるものが多く
自分的には公共の場にアップできるものではありませんでした。

そこで改めて気付かされたのは
ここでの私は「よそゆき」の私の姿であること。

元々、言いたいことがあって
伝えたいことがあって
始めたブログなので
当たり前といえば、当たり前なのだけど
それでも、ミクシィ日記と比べたときにびっくりしました。

さて、このブログを始めたときの
目的をこの場が果たせたかというと
そんなことはない。

まだまだ伝えたいことはあるのです。

が、正直言って
今は時間を見つけるのが
前よりも格段に難しくなってきてます。

それに自分の生活のことを語りたいわけでもないので、
考えたことをアップしていくには
それなりに考えたことを消化し、言葉にしていく
というプロセスが大事であり
それを経なければ
人に見せられる、
または見せたい
と思うようなものは出来上がりません。

比較的最近のものを
始めた当初のものと比べたときに
「フィクション」の率が高くなっているのは
伝えたいことを
「お話」を通して言うほうが
やりやすくなったからです。

ところがこれも時間がかかる・・・。

何度ももうやめてしまおうかと思いましたが
こういう場は、一度やめてしまうと
なかなか再開しにくい。

というわけで
かすみつつも
更新していくことにしました。

こんな私ですが
どうぞよろしく。






最終更新日  2008年02月14日 02時37分11秒
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2007年10月02日

思考法実験
[ 習性 ]    


私には、
現実にありえるけれども
めったには起らない
恐いことを
繰り返し想像してしまうクセがある。


それが一回や二回や三回ぐらいまでならいいのだけれども
時期によっては、だんだん
その一番怖い場面がはっきりしてきて 
その場面だけがなんでもないときに
頭の中で瞬間的に再生されてしまうようになり
一種のネガティブなイメージトレーニングをしている状態に陥ってしまう。


一番多いのは、
自分の不注意や
ちょっとした気の迷いで起こしてしまう事故を起こしている場面だ。


ある程度そのイメージが固まってきてしまうと
口に出したら最後、
その事故を引き起こしてしまうのではないか
と思えてしまうので
あまりに怖くて
具体的な内容は口に出せない。


ここしばらくは、そんなこともなかったのだけど
ごく最近、今度は
また新しいイメージが沸き起こってきて
どんどんそれが肥大してきていた。


それをなんとはなしにAに話してみたら
自己催眠や
イメージトレーニングなどで
使われるという
ごく基本的なコントロール法を教えてもらえた。


一つ目に提案されたのは
その想像が起きたときに
怖い方向に持っていくのではなくて
もっと持って行きたい、肯定的なほうに想像力を働かせる
ということ。

でも、これは、その場面が不可抗力的に
瞬間的に頭をよぎってしまうので、無理。


と言ったら、「じゃあ、これは?」と言って、
こんなことを提案してくれた。

怖い場面が現れたら、
その場面を一時停止させて
それを縮小させたり拡大させたりして
しまいには破ってしまう、と言うもの。


要は、その場面を自分のコントロール化に置いてしまい
矮小化してしまう。


と言うわけで、
それを説明してもらってる間に
早速、その新しい「怖い」場面を伸び縮みさせて
ついにはビリッと破ってみた。


そしたら、かなり解放された。

またあのシーンが頭をよぎったら
この手で行こう。

すでにその場面に対する
無力感や恐怖感は薄れている。
またあれを想像してしまったら
今度はもっと自信たっぷりに破ってしまえる。

そうか。
こんな手があったんだ。

私にとっては重大な新発見。


肯定的なイメトレの方法
(物事が自分の思い通りに行っているところを
できるだけ詳しく、繰り返し思い浮かべるようにする)
は昔からなじみがあったのだけど、
否定的なものを克服する方法は
今回始めて知った。


これはほんの一例で、
他にもいろいろなバリエーションがあるのだろうけど
もしこれが使えるのなら
どうぞ。





最終更新日  2007年10月02日 21時13分08秒
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2007年10月01日

Aの台所より
[ おすすめ情報 ]    


Aがいかに手抜き料理を嫌がるか
という話をしたばかりですが
本人は自覚してなくても
料理をたくさんしていれば
けっこうお手軽にできる料理と言うのも
レパートリーに忍び込んでくるのも当然なわけで。


今日はいつもAの料理をおいしくいただいてる私が
その中でも
比較的簡単にできる
ちょっと変わってておいしいデザートを二品ご紹介。
でも分量は適当なので、適宜調節してください。


まずは

♪チョコラード♪

材料(一人分):
コーヒー(またはコーヒー代用品)一杯
ココア 大さじ一杯ほど
シナモン 小さじ一杯ほど
はちみつ 好みにあわせて小さじ二杯以上

作り方:
コーヒーにココア、シナモン、はちみつの順に混ぜる。
はちみつは砂糖で代用してもいいけれど、そうするとちょっと味の濃厚さが薄まるので、ココアの量を増やすか、コーヒーをもうちょっと強くしたほうがいいかも知れない。
コーヒー代用品もちょっと水っぽくなることがあるので、様子を見てちょっと濃い目に作ったほうがいいかも。
牛乳は入れてもいいけれど、まずは牛乳なしで飲んでみて。案外必要ないと感じるかも知れません。


次は

♪アップルサラダ♪

材料(6人分):
りんご 一個 
くるみ 手に一掴みほど
レーズン 大さじ2~3杯ほど

ヨーグルト 半カップほど
はちみつ(甘さにもよるけれど)大さじ一杯ほど

作り方:
りんごはいちょう切り。
くるみは食べやすいように大きめにくだく。
りんご、くるみ、レーズンを混ぜる。

ヨーグルトにはちみつを溶く。
わりとしっかり溶くと本当にドレッシング状にとろりとなります。

ドレッシングをかけて、和えてできあがり。


これらをレシピなんて呼んだら、
Aに文句を言われそうですが、
まあ、アイデア提供ということでお許しくださいませ。


☆おまけ☆
私が朝ごはんによく作るのが、
このバナナシェイク。(一人分)

牛乳 半カップ
バナナ 一本
小麦胚芽、シナモン、きなこ、すりごま 好みに合わせて適量
(私は特に小麦胚芽とシナモンの味が好きなので、ここらへんをたっぷり入れます。)
あれば、プルーン 2個
ヨーグルト 半カップ

順にミキサーに入れていき、スイッチオン。
あっという間にできて、腹持ちも非常に良く、栄養も満点。
忙しい朝もこれだけ飲めばお昼まで十分持ちます。
元は母が子供のころによく朝ごはんに作ってくれたシェイク。


もし試してみたらご感想を教えてください。



最終更新日  2007年10月02日 21時12分24秒
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2007年09月25日

ベジタリアンの主張
[ 考えちゃうこと ]    

自分はいろんな点でマイノリティ性を持ち過ぎちゃってて
似非ベジタリアンであることもそうなのだけど
それゆえ、いつもいつも自分を説明・弁護しなきゃいけないので
アピールしたいことについて以外は
一応沈黙を守り通すのを常としている。

ところが、ここ何ヶ月かで
いろんな人のブログやら日記やらミクシィコミュニティ内で
さまざまな食生活形態に関していろいろと書いた人たちがいて
それについたコメントなども見て
思ったところもふんだんにある。

というわけで、
それについて
ちょっと思ったことをまとめてみた。

まずは、
もし肉食をしなければ生きていけないところにいる人間も菜食であるべきだと思うのか
って点。

全然思わないわ、そんなこと。
人間、雑食ですわ。
本来なら肉は少量摂ったほうが体にもいいとは思う。
ただし、現代の先進国の大多数の人が食べているように
ほぼ毎日は食べすぎだと思う。
多分適量は1週間に200~300グラム程度でしょう。
または月に1~2回くらいたっぷりと。
ところが、現代の先進国では、中流層以上の人なら
肉を食べなくても十分に健康的に生きていける環境がある。
それは、肉や酒・タバコなどの嗜好品を過剰摂取しても
一応は健康的に生きていけて、
長生きまでできちゃうようなところにも端的に現れてると思う。
そういう中で、肉を全く食べずに生きると言う選択も
(私自身は卵・乳製品に加え、魚も食べる似非ですが)
一見限定的であるようで、
実はそれでも十分バラティーのある食生活ができるし
栄養も十分に摂れるので
今、ここに生きているからこそできる贅沢な選択だと思う。


次に、肉食動物のいわゆるアンチ・ベジタリアン性について。
肉食動物が、狩りをして動物を捕らえるのは残酷ではないの?
人間もそれと同じことをしていると捉えられない?
って言う発言をよく耳にしますが、
全然違うと思います。

自分で食べる肉を
自ら狩って
自ら捌いて
自ら料理し食卓に乗せること
をしてる人は
あるいは肉食動物とより近い関係にあるかもしれない。
特に、その狩りの目的が娯楽を主な目的としていない場合。

ところが、現代の先進国で売られている肉は
狩られていないだけでなく
多くの場合は、ひどい状況下で育てられ
(例えば狂牛病があんなに広まった背景には
本来は草食動物である牛のえさに
同じ牛の脳が入っていたというのもあった。)
殺され、出荷されている。

そして、それを食べる多くの人は
「自分でその牛・豚・鶏を殺してみな」
と言われても
「そんなの、気持ち悪くてできない」と
言うのではないかと思ってる。

実際、食肉処理場見学に行って
何年も肉が食べられなくなった人も知っている。

私は、もし肉を食べるとしても
殺されるその瞬間までは
のんびりと放牧され
慈しみ育てられた動物しか食べたくないと思う。
(実際、肉も食べる人であればいろいろとしたくない妥協もしなければならなくなると思うけれど。)

人間は、
肉食で、本能的に狩りをするしかできない動物でないからこそ
最初から殺す目的で
動物を育てることができる。

そして、そういう力を持っているからこそ、
それを行使するときには
それなりの責任を負わなければならないと思う。

だから、本能的に狩りをすることでしか生きていけない動物の狩猟・肉食行為を人間の肉食行為になぞらえるのはおかしいと思う。


さて、では「なんでもおいしくいただきます」
という姿勢がいいのかと言うと
これはこれで
「なんでもって言っても犬を食べるのはちょっとやりすぎでしょ・・・」とか
「ウサギを食べるのはさすがにちょっと残酷なんでは・・・」とか
言う声が聞こえてきたりする。

そういうのを聞くと
ああ、結局この人は
「自分の限度」を超えるものには
嫌悪感を持つものなのかな、と思う。

「なんでもおいしくいただくのがよろしい」
  ↓
「肉を食べなかったり、その他の食事制限があるのは単なるわがまま」
  ↓
「でも「なんでも」にも実は[発言者の]「許容範囲」が隠されている」
ということを見せ付けられると
要は、自分と違う食生活をする人が許せないだけなんじゃないか
と思えてしまう。

そうすると、まじめに相手をするのがくだらなく思えてきてしまう。


最後に蛇足だが
「宗教的理由があるなら納得できるけれど
自分で勝手に菜食になるのは単なるわがまま(=好き嫌い)なのではないか」
という意見に出会うと、
私はなんだかわけがわからなくなる。

私の菜食気味である理由のひとつには
宗教的理由もあるのだけど
それでも、個人的には
宗教的・文化的理由での菜食主義よりは
環境保護などの観点からのベジタリアンの人の理屈のほうが
私にはわかりやすいし
自分が菜食主義者でなくても
納得しやすいと思う。

なのに、イデオロギーに基づいたベジタリアンは
「好き嫌いをしてるだけでわがままな人間」というレッテルを貼られて
「宗教的・文化的理由のベジタリアン」は尊重されるべきもの?

んんん???

と思う。



最終更新日  2007年09月25日 22時30分16秒
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2007年09月24日

レシピ・チェーン・メール
[ うちの家族 ]    


昔、「幸福の手紙」とか言うのがあったの
覚えてますか?

ほれ、あの
「この手紙を一週間以内に15人の人に送らなければ
あなたは不幸になる」
ってやつ。

最近(ってわけでもないけど)、
メールでもこれの発達した版が出回ってます。

ただ、その「これを回さなければ不幸になる・・・」
って脅し文句はきれいさっぱりなくなってますが・・・。

最近届いたのでは
簡単なレシピを交換しつつ回す
というのがあります。

これ、前にも回ってきたことがあるのだけど
思いっきり無視しちゃいました。

今回はどうしようかと考えあぐねてるのだけど
今回は、別のルートでAにも同じものが届いてました。

そしたらA、意気揚々と
「キムチのレシピを書いて送ろう!」とな。

でも、ちょっと待って。

簡単に手に入る材料で(これはクリアできるけど)
わりと手早くできる料理のレシピを送るように
って書いてあるよ?

と言ったら
「オレ、そう言う料理、嫌いだ。
やっぱりやめた。」だって。

思わず笑ってしまいました。

まあ、確かにあなたは凝り性。
そして、そのおかげで私は毎日おいしい食事をいただけるのだから
文句は言わないよ?

今晩なんかは、
すっごい久しぶりに私一人で食事したのだけど
前もって今晩は私一人だとわかっていたので、
Aが昨晩トマト・ソースを余分に作っておいてくれた。

私はそれを使って、お手軽にピザを作って食べました。

おいしかった。

そういえば、昨晩母親と話してたとき、
ちょうどAがここ2週間ぐらい
「作ろうって思ってるんだけど~」
と言っていたなすのパルミジャーナをせっせと作ってるところだった。

Aの作ったのは、イタリア系アメリカ風で
スパゲッティ・トマトソースになすのパルミジャーナをのせたもの。
ボリュームたっぷりだったけど、
ものすごくおいしかった。

で、そのトマト・ソースだけど、
実はこれAの得意料理の一つである。

私は私で、最近強力粉を買ったときに
「そういえば、ピザ生地ってすごく手軽に作れるんだよねぇ」
と思い出していて、
すごく作りたくなっていた。

そして、それをAに言っていて
「トマト・ソースを作ってくれればピザ生地を作るよ」
とすでに持ちかけていたので
トマト・ソースはすでに余分に作ってくれていた。

というわけで
電話口で母親に
「今、Aがトマト・ソース作ってるの~。
今日はなすのパルミジャーナで
明日はピザにしようかと思ってて~。」
と言ったら
「ああ、はいはい。
あなたのところはさながらレストランよね」
と言われた。

う~~ん、確かにそうかもしれないなぁ~~、
と思った。

だからこそ、
「手軽なレシピを回そう」
と言う話には見向きもしないAなのですが・・・。




最終更新日  2007年09月25日 23時08分26秒
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2007年08月13日

「デート」というもの
[ 考えちゃうこと ]    

雑誌とかによく特集されている(と聞く)
デートコースとか
デートのためのオススメの場所
をまじめに受け取る感覚
が長いことよくわからなかった。


「好きな人と一緒にいるなら
どこにいて何をしてようが関係ないじゃん」
と、非常に長いこと思っていた。


逆に、
「デートコース」とかに気を使わなきゃならないなんて
相手との会話や実際の相性に自信がないんじゃ?
と思ったりしていた。


そういう感覚に変化が起こり始めたのは
Aと付き合って2年ぐらいしてから。
それは、婚約したかしないかのころ。


当時住んでいたところにあった
たまに乗る路面電車から見る夜景が美しくて
「ああ、これをAに見せてあげたい」と
なんとも素直に、そして強烈に思った。


そして、何か美しいものを見るたびに
「これもAに見せてあげたい」というか
一緒に見て「きれいだね」と言ってみたり
Aはどう思うのか知りたい、
と思ったりした。


美しいものを一緒に愛でる仲の良い友人に対して
「~~だったらやっぱりきれいだって言うかなぁ~
見せてあげたいなぁ~」
と思ったことは今までに何度もあるけれど
付き合っている相手に対してそう思ったことはほとんどない。


そして、Aと長くいればいるほど
いいところを発見するたびに
「これは、次のデートのときにAを連れて来たい!」
「これは、Aにも見せたい!」と
思ったりする頻度が増えていくようである。

独身のころなんかは
全然興味のなかった
デートスポットとか
デートコースとか言うものに
どんどん関心が強まっていく自分を感じる。


そうか・・・。
大切な人と特別な時間を過ごしたいと思ったら
デートでどこに行って、何をするか、
ということが大切になってくるのだなぁ、と思う一方で

いや、でも、元々一緒に暮らしていない相手と会う
という行為自体が特別ではない?
じゃあ、どうしてわざわざデートにこらなければならないの?
と思うのも本当。


私が恋人であるAとのデートに凝りだしたのは
やっぱりAと一緒にいるのが
ある程度「普通」のことになりだして
その中でちょっと「特別」なことをして
さらに二人の時間を特別なものにしたい
と思い始めたからであって
会うたびに、毎回「特別なこと」をしていたら
気疲れして、ちょっと食傷気味になってしまってたと思うから。


ま、でもこれは、私の性格だと思いますが。


イベント好きな人には、
やっぱりデートもひとつのイベントであり
特別にする価値のあるものなんでしょうなぁ~
と感覚の違う私は納得しようとするしかない。




最終更新日  2007年08月13日 00時24分05秒
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