035788 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

Prayer Hills Church 滑川一麦教会

Prayer Hills Church 滑川一麦教会

5.証し I. 救いの証 金子師

あかし



Pastor Kaneko
「救いの証し」 金子昭典(プレイヤーヒルズ・チャーチ牧師)
 
私が初めて教会ヘ行ったのは、今から25年前、私が大学生の時でした。私の高校時代の生きがいは、クラブ活動でした。卓球部に所属していたのですが、高校を卒業して、ある大学へ進みました。私は大学へ入っても卓球部に入って腕をみがきたいと思っていました。しかし、いざ入ってみると、自分の想像とは全然違っていて、弱いサークルのような卓球部だったのです。私はそのことで、非常にガックリして希望を、生きがいを失ってしまいました。残るは高校時代の卓球部にすがるだけでした。そして、2年の春休みに郷里に帰った時、私は高校の卓球部の後輩の指導に汗を流しました。アルバイトをしたお金で後輩におごり、先輩づらすることで一時的な満足を得ていたんです。私にとっての生きがいは、今になって思えば、それだけだったんです。その時はなんとなくそれで生きがいを感じ、また友達と一緒に飲み明かしたり、何も酒が好きだったわけではなくて、そうでもして気を紛らわせるしかなかったんです。
 そんな時、卓球部の後輩の中でキリスト教会へ行っている人がいることを知りました。今になって思えば不思議なんですが、その時は、「これにかけてみよう!」という気になり、思いきって教会へ行ってみたんです。ともかく目に見えない神様の手にひっぱられるようにして教会という所に初めて行ったんです。
 そこは、普通の一軒家でした。自分のイメージした教会とは、大きなステンドグラスがあって、見た目にもヨーロッパ風の建物が教会というイメージだったんですが、実際はごく普通の一軒家でした。しかも、こじんまりとした小さな家でした。でも一歩中に入ると、そこには温かさがありました。愛がありました。みんなの顔が輝いて見えました。礼拝のメッセージはよく分らなかったのですが、礼拝後、自分の心のアカが取り去られていくような感じがしました。そして帰る時に、牧師夫人の方が笑顔で「また来てくださいね。」と言いながら、「神の愛と人の愛」という小冊子をくださいました。私はむさぼるようにその本を読みながら、神の愛はすばらしいな、という事を思いました。そして、どんどんイエス様の事が分ってきました。神様が私に触れてくださっていたのだと思います。
 春休みが終わり、東京へ戻って行きました。そして、紹介していただいていた新大久保にある淀橋教会へ行くようになりました。そして、1ケ月後のある集会の中で聖書が開かれました。
その時の御言葉はヨハネによる福音書3章16節でした。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」
「そうだ!イエス様は私を愛してくださり、そして2000年前に私の罪のために十字架で死んでくださったんだ。」涙が出てきました。その時、私はイエス様を自分の救い主として信じ受け入れることができたんです。喜びが心の奥から湧きあがってきました。
「やったー!、やったー!」と叫びながら、家まで走って行きました。その日から聖書をむさぼるように読むようになりました。そして、それから2ヶ月後、夏休みで富山に帰ってきた時に、富山一麦教会の小林久巳先生から、洗礼を浜黒崎海岸で受けたんです。25年たった今も、この喜びが失われたことはありません。どんな時も、主イエス様が共にいてくださることを感謝します。
                 

ホームに戻る





© Rakuten Group, Inc.