テーマ:Jazz(1961)
カテゴリ:音楽
以前の日記にも一度書いたけれど、僕がジャズを聴くようになったきっかけは、社内の3年後輩のAが、ある1枚のLPを教えてくれたから。もう20年以上前の話だけれど…。
僕らはともに北陸の金沢という街で働いていた。夜、仕事帰りによく、会社の近くの「もっきりや」というジャズBARに出入りした。とは言っても、JAZZに興味があったのはもっぱらAの方で、僕はただ酒が飲めればよかった。 そのとき、Aが僕に勧めたのは、Bill Evans(ビル・エヴァンス)というPianistの、「Waltz For Debby」(写真左)というアルバム。今では、ジャズの定番中の定番として、あるいは入門編として、最も人気の高い1枚。だが、僕にとっては、初対面の恋人みたいなものだった。 それから、僕はピアノ・トリオものの、いわゆる名盤と言われるLP(当時はまだCDなどなかった)を、少しずつ聴いていった。Sonny Clarkの「Cool Struttin’」や、Wynton Kellyの「Kelly Blue」とか、Oscar Petersonの「Please Request]とか…。 Aはしばらくして、「サックスの入った曲はどう?」と言って、John Coltraneというサックス奏者のLP、「Ballards」(写真右下)を貸してくれた。これはこれで、泣かせるバラードがびっしり詰まったアルバムで、僕をすっかり虜(とりこ)にした。金沢での一人暮らしのさびしさを、癒してくれたのは、EvansやColtraneだったと言っても言い過ぎではない。 その後、Aとは職場も離れた。僕も仕事が忙しくなって、ジャズからはしばらく遠ざかる。そして、再びジャズと向き合うまで、10年以上の歳月が流れた。 再びEvansを聴くようになった僕は、今度は聴くだけでなく、演奏にも挑戦することになる。まず最初に取り組んだのは(これも以前にも書いたが)、「My Foolish Heart」という美しいバラード。 それから、必死の練習の日々が始まる。ジャズのコードを、ピアノの鍵盤上でただひたすら、覚える。そして、僕でも弾けそうな、比較的やさしい曲を選びつつ…。徳島では、ジャズBARのオーナー兼ピアニストのおかげで、上達も早まったかなと思う。 しかし、「ジャズの恩人」とも言える後輩のAには、僕がジャズピアノに、そんなに夢中になっていることは、あえて伝えなかった。Aはその後、東京勤務となり、2人で飲むことも、JAZZを語り合うこともほとんどなくなった。 そのAが先日、久しぶりに大阪に来るという知らせをもらった。僕は事前にメールを送り、「夜のお付き合いが一段落した後ででも、一緒に飲まないか?」と誘った。そして深夜、僕はAを、僕のホーム・グラウンドBARであるキタの「M」に呼んだ。 Aを誘ったのは、旧交を温めるのが第一の目的だが、僕の「JAZZの恩人」でもある彼に、僕のピアノを聴いてもらうことが、一つの恩返しになるかもと信じていたから。僕は、Evansの曲もはじめ、10曲近くをメドレーで聴いてもらった。Aは「いやぁー、**さん、なかなかのもんじゃない。いつのまに…?!」と言ってくれた。 聞けば、Aも40歳前後になってから、ジャズ・トロンボーンを始め、アマチュアのビッグバンドで、月に2回ほど練習しているという。JAZZへの情熱はまだ衰えていないようだ。いつの日か、ピアノとトロンボーンで共演できる日がくれば嬉しい。その日のためにも、僕ももっと頑張らなくては…。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[音楽] カテゴリの最新記事
|
|