「カイザーヴィラ」…その重い扉を開けると、皇帝の別荘というには慎ましい趣き。 けれど、館の壁いっぱいに飾られている鹿の角の数には驚かされました!(↑) それは、狩りが何よりも好きだったというフランツ・ヨーゼフ皇帝が射止めた獲物たちです。 その数、2000頭以上。 鹿の頭に両翼を広げた鷲など、その剥製を眺めるだけでも充分に見応えがあります。 昨日も書きましたが、この館に来た目的は皇帝が大好物だったクグロフを食べる為、、、 その他は何も期待していませんでした。 入ってすぐの右手側にある売店をぐるっと回った後、何気なく中を覗きました。 目の前の人がそれぞれの言語で書かれた説明文を手にしています。 日本語はあるかなぁ~、、、、、? 「ここに入るには入場料がいるわよ。中はガイドが案内するから、後10分ほど待っててね。」 無断で説明書を取り出した私に、売店のお姉さんがそう教えてくれました。^^; 見ると、次のガイドツアーは14:15から。 * * * * * * * ツアーは基本的にドイツ語のみの説明です。 館の内部を約1時間かけて一周します。 ウィーンの王宮と比べると、なんてこじんまりとしているのでしょう。。。 だからでしょうか、、、そのあちこちに皇帝と皇后エリザベート(シシィ)の面影が色濃く残されていました。 そして、サロンの奥にある小さな礼拝堂を覗いて言葉を失います。 なんと、そこにはシシィが亡くなる最期の時に敷かれていたクッションが置かれていました。 *ご存知の方も多いと思いますが、エリザベート皇后はスイス・ジュネーブの湖畔でイタリア人ルイジ・ルッケージによって暗殺されました。 あぁ~、シシィはこの上で息をひきとったの。。。 彼女の息吹が感じられそうな空間だけに、感慨もひとしおでした。 * * * そのエリザベートの胸像が置かれたフランツ・ヨーゼフ皇帝の書斎。 ここで皇帝はセリビアに対する宣戦布告に署名しました。 1914年7月28日のこと。 長年に亘って栄華を誇ったハプスブルク家を崩壊させた第一次世界大戦のはじまりです。 署名後、皇帝はすぐにウィーンへと戻り、以後二度とバート・イシュルを訪れることはありませんでした。 その2年後、皇帝がこの世を去ったからです。 肩をおとし、寂しそうなフランツ・ヨーゼフ皇帝の後ろ姿が目に浮かびます。。。 皇帝が最後に過ごした時のまま、まるで時間が止まってしまったかのよう。 机の上は当時の状態のままで保存されています。 思いもよらず、歴史的意義のある場所を前にした私は、改めてオーストリアという国に深く興味を持ちました。 もっともっとこの国について知りたい。 この先も、きっと同じ場所に立つ私がいると思います。 :*:*:*:*:*: ところで!! 肝心の「グーグルフプフ(クグロフ)」のお味ですけれど、、、 あはは。 実はこの日、カイザーヴィラ内のカフェは☆closed☆でした~。^^; もう一度詳しくガイドブックを見てみると、カイザーヴィラが開いている期間は5~10月上旬とあります。 あれれ??? どうしてこの1月2日は入場できたのかしら??? 不思議ですねぇ。(o^―^o) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.01.29 22:26:31
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