いつものように、田園都市線の桜新町で降りて、歩いて行きました。
初めて東京に来たときは、馬術部の大会で馬運車というのに乗って、餌や水をやりながら、東名高速でいきなり馬事公苑に降りたのが最初だったので、桜新町は初めて東京で電車に乗った駅でもあります。かれこれ30年以上の出来事がいろいろよみがえります。
馬事公苑で、この全日本学生の大会は、この大会を最後にしばらく、
2020東京オリンピックの会場としての大改修工事のために、数年はないので、見納めになるかもしれないと思って、お世話になった方とも選手として活躍する後輩のためにも、可能な限り時間を作りたいと思っております。
今日は障害馬術の日です。二回走行と言って、同じ経路を2日走って、競います。
ひとつ障害を落とすと減点4、障害の前で反抗とか拒止があると減点4、
規定タイムいないに、すべてクリアすると減点ゼロ。
障害の高さは130cm、13個くらいの障害を跳びます。幅のあるもの、単一のもので馬の踏切の一も微妙に変わります。水ごう障害もありました。ダブル、トリプルという連続障害もあります。
オリンピックくらいしか放映もされないので、説明はむずかしいのですが、そこそこ考えないといけませんし、力任せに行くだけでは、飛んで帰ってくるだけで、ボロボロ障害を落下する感じになってしまいます。
試合が始まる前に、下見の時間があって、これで80%くらいは決まると言われています。
経路をどのようにとおって、何歩くらいで次の障害に向かうか、スピードはどの程度にするか。
110cmくらいだと適当に走っても勝手にお馬さんが飛んでくれますが、130cmになると、踏切の位置とか、正確に向けないとお馬さんが後ろ脚を障害に引っかけたりミスをしたりします。
人間もお馬さんもメンタル面も要求されたりします。
後輩の方は3頭出場があって、自分の時代は1頭くらい馬事公苑に駒をすすめれば御の字くらいでしたが、関係者のおかげでここまで持っていけたのかとも思っています。
ひとり2反抗してしまい、最後までゴールを切れなかったので、(失権といいいます)、団体の成績は、それほどよくなかったのですが、1年生の後輩が、2落下で、全日本大会のトップレベルでゴールを切ってくれたので、ちょっと楽しみになってきました。
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この競技、ピアノの曲を仕上げて、人前で発表するときと、よく似たところが多いなあと、つくづく思ったりすることあります。
下見は譜読みにおきかえたら、いい加減にしていたら、やっぱりそこそこで終わってしまいますし、
そこそこで弾けて満足していたら、ひとつひとつの箇所を丁寧にということはならないでしょうし、
難所がつぎつぎ続くのであれば、ひとつだけ弾けても、連続して組み立てられないとだめでしょうし、
気持ちが切れてしまって、後半がたがたになるようなことも試合でも発表会でもなったことありますし。
オーケストラの指揮者が馬術にたとえて、楽団の人に指示していたインタビューを聴いたこともありますが、いろいろ考えさせられます。
やるべきことは、障害馬術でも馬場馬術でも経路が決まってしまえば、それに向かって戦っていくわけですので、思い当たるふしは、いろいろと出てきます。
95頭出場して、減点0、つまり一つも障害を落とさず、規定以内のタイムでゴールした馬は、
この日3頭しかいませんでした。 何年も練習している人でもそれだけしかいないということ、ひとつひとつのことをあたりまえにするのは簡単ではないですね。
ちょっと刺激を受けましたので、自分は自分で、ちょっとがんばってみようかと、励みになりました。