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地獄のナルシサス
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レモンツリー [全208件]

2012.06.04楽天プロフィール Add to Google XML

インシュリン空腹地獄 

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インシュリン注射を始めてから11日経った。

昼食前に4単位打ちます。

そしたら3日目、ねぼけてうっかり注射器の扱い方間違えてドカッと入れちゃった。メモリを4に合わせて4単位だけ打たないといけないのにメモリを合わせるのわすれてしまってた。
低血糖で死ぬかと思った。
チョコレート食べたんで死なずにすんだけど。

インシュリン自殺が流行ってるそうだ。
インシュリン打つようになってからやたらと空腹になる。インスリン空腹というのだそうだ。

3年前、病院でセーブル錠を処方された。毎日飲んでたら次第に膨満感にさいなまれ苦しくて3時間もぶっ倒れるようになった。
苦情を言ったら今度はアマリールという薬をくれた。ところがこの薬飲んでるうちに
気持ちが悪くなって夜中も眠れないようになり飲むのを止めた。
医者に行くと怒られるのがわかってる。今日は病院という日に血圧を測ると

みるみる上がって216まであがってしまった。
脳卒中で死んだら困るので病院にいかなくなった。

今回再度行くようになりインスリン治療することになったけど、、、この空腹地獄である。

昼間上野にゆきアメ横で海鮮丼と月見うどんを食べてきた。そのあと珈琲店で
ロールケーキとアイスコーヒーを飲んだ。

いい気分で帰ってきたらこの空腹。セブンイレブンでこんにゃくと卵のおでん買ってきて空腹を抑えた。
以後大鍋でおでんを煮て空腹になると食べるようになった。


最終更新日時 2012.06.04 17:47:23
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2012.05.29

インシュリン過剰投与

糖尿病を患うようになってから死ぬほどの恐怖を味わうことがしばしばある。糖尿は怖い病気だ。
鬱病はもっと怖いのかもしれないけど。

自分は恐怖で死ぬと思う。落雷でも地震でも心臓が止まりかける。

今日も心臓が止まるほどの恐怖を味わった。
デパートのイタリアンランチが食べたくて電車に乗って出かけた。

イタリアン食べる前にトイレにゆきインシュリン注射を打たないといけない。
月曜日からインシュリン治療開始しました。昼食前に4単位打ちます。

そしたら今日頭がぼけててうっかり注射器の扱い方間違えてドカッと入れちゃった。メモリを4に合わせて4単位だけ打たないといけないのにメモリを合わせるのわすれてしまってた。
注射液の量がドカンと減ってるんで異変に気づいた。

低血糖で死ぬんじゃない?、、恐怖で恐怖で青ざめた。イタリアン食べ終わると
食品売り場に走ってゆきキャンデーとチョコレート買ってきた。
これをぼりぼり食べながら帰った。電車の中で倒れちゃいけない。
家に着くまで無事ですように。

途中神社で拝んだ。神様私を死なせないで!!自分は重要な人間でもないし今低血糖で死んだっていいじゃない?

私が死んで、悲しむ人など居るの?

家にたどりついたが食後1時間半になっても尿糖が出なくてあわてた。。もう死ぬのかと思った。
だけど2時間後に尿糖出たんで安心しました。

インシュリン注射も量まちがうと殺人事件になる。インシュリン自殺が流行ってるらしい。

尿糖が出たんでようやく落ち着き、神様に感謝しながら外に出た。
そしたら、なぜか?道に小犬の死体が横たわってた。

死神が私のかわりにあの小犬連れてったんだろか?




最終更新日時 2012.05.29 09:34:18
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2012.05.17

ダビデ王の時代にすでにユダヤの大貴族

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世界的ヘアスタイリスト、ヴィダル・サスーン氏が死去した。

サスーンと聞くと興奮してしまう。サスーン家ってダビデ王の時代からすでにユダヤの大貴族だった。本家がシリアにあって分家はイスラエルにあった。戦前上海の歓楽街をとりしきってたのはサスーン財閥だった。
1970年代、ガブリエル・サスーンさんという人が日本の長者番付の上位に毎年ランクされていた。神戸のモータープール王である。

5月に亡くなったサスーンシャンプーのヴィダル・サスーンさんはあのモータープル王と全然関係なくて極貧で孤児院で育ったらしい。
だけどやっぱりサスーンなんだと思う。

サスーンさんの両親はユダヤ系で、父親はギリシア・テッサロニキ出身、母親はキエフ出身の一族であった。
このテッサロニキ出身と聞くだけで私はやっぱり興奮してしまうのだ。

2人兄弟の兄として生まれた。父は女たらしで、ヴィダルが3歳の時に家を出て行った。母親は貧しさから息子たちを7年間ユダヤ系孤児院に預けた。母親は月に一度息子に面会しに来た。

14歳で学校を中退し、義父の援助を受け理容室へ見習いとして働き始めた。

彼はレイモンド・ベッソーネのサロンでの修行が現在の自分の技術の基になったという。1954年のロンドンでヘアサロンを開く。

1963年、サスーンは古典的なボブカットを元とする、新たなヘアスタイルを発表した。『サスーンカット』は、現在の理容師や美容師の基本技術となっている。

2003年、サスーンは大英帝国勲章を受章。

サスーンは、1967年に結婚、アメリカ合衆国に居住し、養子を含めて4人の子供を持った。1980年代までにアメリカ合衆国に移住した。娘の一人は女優になったが、2002年1月1日、薬物の過量服用によって死亡した。

弟のIvorは心臓発作で48歳で死去。



最終更新日時 2012.05.17 06:52:21
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2012.05.10

空から降ってきた小麦粉とマーガリン

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胡桃パンにバターをぬって食べるのが好き。

第二次世界大戦では、1940年5月10日ナチス・ドイツがオランダに電撃侵攻し、たった5日の戦闘で占領された。
ドイツ軍は占領した地域の食糧を押収し、機械、自転車、電車、牛など少しでも価値のあるものをドイツに運び去ったので
ドイツは裕福だった。
ドイツは冬になっても燃料を供給しなかったためにオランダ人は暖もとれなかった。

街路樹まで燃やした。オードリーヘプバーンが書いてましたがオランダ人は食べるものがなくチューリップの球根まで食べた。1944年に餓死したオランダ人22000人。

戦争の最後の1ヶ月間は通信手段が全て奪われ、食料と燃料の供給も絶たれた。
犬や猫、砂糖大根までもが生きるために食料とされた。アムステルダム市内のほとんどの樹木は切り倒され燃料とされた。また収容所送りになったユダヤ人が住んでいたアパートは取り壊され、木材は燃料とされた。

戦争がやっと終わって、米軍がオランダに食糧支援をしてくれた。米軍機がオランダ上空を飛んでパラシュートで小麦粉とマーガリンを
空から撒いてくれた。

空から降ってきた小麦粉とマーガリンをみんなでパン屋さんに運んで
オランダ中のパン屋さんがパンを焼いた。
パンとマーガリンが配給になって全国民がそれを食べた。

「あの時食べたパンとマーガリンくらいおいしいものを自分はいまだに食べたことがない。」
当時を知るオランダ人全員が語ります。

これを読んで以来毎日おやつはクルミパンにバターぬったもので決まりである。


最終更新日時 2012.05.10 13:46:52
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2012.05.03

ボローニャソーセージのサンドイッチの配給に並ぶ人たち

ヤフー知恵袋を見ているとキリスト教への敵意むき出しの人が結構いる。

私は自分にマッチする神様を見つけりゃいいと考えてる。

歴史的に見ると
カトリック教会は魔女狩りやったりスペインで異端弾圧やったり。ひどいこともしてきた。

一方でキリスト教会というのは貧民救済事業をやってきました。外国に行くとキリスト教会の驚くべき底力を感じるのです。

教会によって生きながらえてる人たちがいかに多いか。

アメリカに行くと夕方大きな教会の前で鐘がガランガランと鳴り響く。貧しい人の長蛇の列が何百メートルも続きます。

ボローニアソーセージのサンドイッチの配給を待つ人たちです。教会は毎日サンドイッチを山のようにこしらえます。

夫と離婚したら明日から自分もあの列に並ばないといけないと感じてる人も多いのです。

日本のキリスト教会でも炊き出ししてる教会があります。

戦後の日本人孤児を
「かわいそボーヤいませんか。かわいそこどもいませんか。」と言いながら救って回ってた蟻の町のポーランド人修道士さんがいました。
マザーテレサもインドで貧民救済に命を賭けてこられました。

ナチスの時代に沢山のナチスから追われるポーランド人やユダヤ人がカトリック教会を隠れ家にして逃れてきました。孤児たちもカトリックの孤児院で育てられ生き延びてきました。
男なのに女子修道院で匿われ修道女の服を着て教会が商品にしてる
セーターを編みながら生きてきたそうです。

カトリック修道院で育った孤児たちは戦後ポーランドの教会が宗教弾圧にさらされるのを見て育った。自分こそ教会を守らないといけないと感じた。

たすけてもらったために熱烈なカトリック教徒、あるいはロシア正教になったユダヤ人がいるのです。
日本人でも修道院の孤児院で成長し大学まで行かせてもらった人もいます。たとえば井上ひさしさんとか。
孤児院のお弁当は弁当箱にごはんと油で炒めたフランクフルトソーセージがどかんと入っていた。米軍がソーセ―ジを差し入れてくれて孤児たちはそれで育った。

満州から引き揚げの時親を殺された日本人孤児があふれました。

ハルピンのロシア正教の神父さんたちがたすけてくれて引き揚げ船にのせてくれたそうです。
このように戦争の時難民を助けてくれた。

今も貧民に食糧を与えてくれるているというのがキリスト教会のイメージです。



最終更新日時 2012.05.03 09:41:26
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2012.04.19

通訳ダニエル・シュタインより

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通訳ダニエル・シュタインの著者。リュドミラ・ウリツカヤ

スターリン政権下のソビエトで生まれたユダヤ人女性がキリスト教、ユダヤ教について書いた本。フランス、ドイツ、イタリアで人気が出てその後ロシアでも読まれだした。

エチオピア人のキリスト教司祭の言葉。

「アフリカ人はヨーロッパ的なキリスト教を受け入れることができない。教会は固有の人種集団の中で生きているので
全ての人にローマ的解釈を押し付けてはならない。

ダビデ王は玉座の前で踊った。われわれアフリカ人も喜んで踊ります。
エチオピア教会はキリスト教の東西分裂以前から成立していた。その後に生じた諸問題などわれわれには関係ない。

私はローマで学んできたけど、黒い肌した私の信者たちはローマの経験などない。なぜ私は彼らに自分の本性捨てて
ローマ教会のようになれと要求できようか。教会は中央集権的であってはならない。」

それぞれの民族はキリストへと向かうとき、どうやら民族固有の道筋をもっているらしく
イタリア人としてのキリスト。ポーランド人としてのキリスト。ギリシャ人としてのキリスト。アイルランド人としてのキリスト。ロシア人としてのキリストが生まれる。



最終更新日時 2012.04.21 21:01:38
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2012.03.17

天国はきれいな所だよ


「日本のシンドラー」と呼ばれる杉原 千畝さんの奥様が書かれた「六千人の命のビザ」を読んでたら奇妙なことが書いてあった。
杉原さんがリトワニアのカウナスの領事館に赴任してた時3番目の息子さん晴生さんが生まれた。

戦後日本に引き揚げてきてひもじい生活をしていた昭和23年にこの息子さんが亡くなってしまった。亡くなる前、小学校から帰ってきておかしなことを口走りだした。
天国はきれいな所だよ。」明るい表情で言うのだそうです。天国の話など聞かせたこともないのに。
「大人になりたくないの。子供のうちに死んで天国に行くの。天使になるの。」

「あなたが天国に行ってしまったらママが悲しいでしょ。」あんまり天国の話をするので心配になってそういうと
「じゃあ、また戻ってくるよ。」

11月のある日、朝、元気に遠足に出かけたのに蒼い顔で帰ってきて「頭が痛い」と言ったまま寝込んでしまった。急に鼻血が出てきて止まらなくなった。小児癌だった。そしてまもなく、本当に昇天してしまった。
杉原さんはずっと息子さんにつきそっておられたそうです。

息子さんは時々天国に行ってたんですね。

その後、3男さんが亡くなってから4男さんが生まれたそうです。

3男が生まれ変わってきたものと信じて溺愛して猫かわいがりしたら。

軟弱になって小学校一年で早くも登校拒否です。一学期間お母さんがつきそって登校されたそうです。





最終更新日時 2012.03.29 06:24:38
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