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人生朝露

人生朝露

ユングと自然 その2。

荘子です。
荘子です。

参照:ユングと自然。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/005150/
ユングの自伝の続き。

『ユング自伝』ではユングのインドでの旅の思い出が綴られています。

C.G.ユング
≪一九三八年のインド旅行は、私自身の発意で行ったものではなかった。カルカッタ大学の二十五周年記念祭の祝典に参加するよう、インドのイギリス政府から招かれたのである
 それまでに私はインドの哲学や宗教史について数多くの本を読み、東洋の知恵の価値を心底から認めていた。しかし私自身の結論を得るために東洋へ旅してみなければならず、私は蒸溜器(レトルト)のなかの一寸法師のように自身のなかに留まったままであった。インドは夢と同じように私に影響した。それは私が自分自身を、つまり私に固有な真実を追求していたし、追求し続けていたからである。
 (中略)私にとってインドは、高度に分化した異質な文明を直接経験するはじめての機会であった。中央アフリカの旅では、文明とは全く別のものが支配していた。文明は目立たなかった。北アフリカでは、自己の文明を言語化できる人と話す機会が一度もなかった。しかしインドでは、インドを代表する人たちと話し合い、インド精神をヨーロッパ精神と比較してみる機会に恵まれた。私はマイソールの回教君主の導師(グルー)である、S・スブラマンヤ・イエールと話した。私はしばらくこの人の客であった。また多くの他の導師たちとも話したが、その人たちの名前は残念ながら忘れてしまった。一方、いわゆる「聖者」と呼ばれている人たちは、できるかぎり避けた。私は、私に固有な真実によって判断しなければならないからであって、私自身が到達できるもののほかはなにも受け入れたくなかったからである。もし私が聖者から教えを受け、彼らの真理を私自身のものとして受け入れるなら、そうすることで私はまるで窃盗でもしているように思える。ヨーロッパにおいて私は東洋からの盗用はできず、私自身から――つまり内的なものが語る、自然が私に告げるものから、生きていかねばならないのである。(みすず書房刊『ユング自伝』「旅」より)≫

・・・ユングの姿勢のなかでも大事なところだと思います。

C.G.ユング
≪私がインドでとくに関心を抱いたのは、悪の心理学的性質についての問題であった。インドの精神生活のなかで、この悪の問題は統合されていたが、その統合のされ方に私はひどく感銘をうけ、その問題を新しい角度から眺めた。或る教養のある中国人と話し合ったときにも、その人たちが「体面を失うこと」なくいわるゆる「悪」を統合することができるということに、幾度となく繰り返し驚かされた。西洋では、われわれにはこのようなことはできない。東洋人にとって道徳の問題は、われわれの場合のように第一義的な問題とならないようである。善と悪とは、東洋人にとって自然の中に包括されており、同一の事象の程度の差異にすぎない。
 インド人の精神性には善も悪も等しく含まれていると私には思えた。キリスト教徒は善を求めて努力し、悪に捉われてしまう。これに反してインド人は自分自身が善悪の彼岸にいると感じており、黙想とかヨーガによってこの状態に到達しようと試みるのである。この点に私は異議があった。つまりこのような態度では善も悪も明らかな輪郭をもたず、ある停頓状態をひき起こすのではないかということである。正当に悪を信じもせず、正当に善も信じない。善悪はたかだか私の善であり、私の悪であるものを、つまり私にとって善とみえ悪とみえるものを意味することになる。つまりインド人の精神性は善悪ともに欠如しているとともに、しかも対立せるものの重荷を負って「相対性からの離脱(ニルドヴァンドゥバ)」を、対立せるものからの、万物からの解脱を必要としていると、逆説的に言うことができる。
 インド人の目標は道徳的完成ではなく、「相対性を離れた」状態である。インド人は自然からの離脱を求め、したがって黙想のうちにイメージを消去した状態、空の状態に達しようとする。私はこれとは反対に、自然の、そして心的イメージの生き生きとした観照のうちにいつもありたいと望んでいる。私は人間からも自分自身からも、自然からも解脱したいなどと思いもしない。というのはこれらはすべて私にとって言語を絶した不思議なのであるから。自然も、精神も、そして生命も、私には開示された神なるもののように見える。―――これ以上になにを望むことができよう。私にとって存在するものの最高の意味はただそれがあるという事実にあって、現在そうでなかったり、もはやそうではないといったことにもとづくものではない。(同上)≫

参照:心理と物理の“対立する対”。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/005094/

Pakua。
様々な東洋思想を扱ったユングにとって、最もなじむ思想がタオイズムであったというのは、こういう文章からでも見てとれます。ここがユングの限界ともいえなくもないですが、同じ東洋の思想でも、インドと中国のフィールドの違いをこういった形で表現できる西洋人というのは、鑑とすべきものだと思います。少なくともこの視点がある日本人の文化人など、過去ならいざ知らず、現在は皆無といっていいですから。

C.G.ユング
≪仏陀の生涯は自己(セルフ)の現実であることがわかった。そしてその自己が個人の生涯に侵入して、権利を主張したのであった。仏陀にとって自己は全ての神々を超えており、人間存在と世界全体の本質をあらわす「ひとつの世界(ウヌス・ムンドス)」である。自己は存在そのものの側面とその存在の認識される側面とを共に包括している。自己なしに世界は存在しない。仏陀は人間認識の宇宙進化論(コスモゴーニック)な尊厳を見ており、理解していた。それ故、仏陀は、もし誰かがこの意識の光を消滅し尽くせば、世界は無に帰してしまうことを、はっきりと観じていた。ショーペンハウエルの不朽の功績は、彼がこのことを認識したことであり、あるいは独自にそれを再発見したという点にある。
 キリストもまた仏陀と同様に、自己(セルフ)の具現者であるが、意味は全然違っている。キリストも仏陀も世界の克服者であるが、仏陀はいわば理性的な洞察から克服したものであり、キリストは運命的に定められた受難者として世界を克服した。キリスト教においては忍苦し、仏教においては観じ、行することが多い。いずれの道も正しいのだが、インド的な意味では、仏陀がより完全な人間なのである。仏陀は歴史上の人物であり、したがって人間にとって理解しやすい。キリストは歴史上の人間であると共に神であり、そのためはるかに捉え難い。本当は、キリストでさえも自分自身を把握できなかった。彼にわかっていたのはただ、彼が自身を犠牲にしなければならないということと、しかもこの成り行きが内面から強いられているということだけであった。キリストの受難は、運命の行為のように彼の身の上に起こった。仏陀は己の生涯を全うし、年老いて死んだ。ところがキリストの、キリストとして活動が続いたのは、おそらく一年にすぎなかったであろう。
 後年、仏教はキリスト教と同じような変形を来たした。仏陀は自己(セルフ)発展のイメージとなった。つまり仏陀が人間にとって模倣すべきモデルとなったのであるが、仏陀が実際に説いたのはそれとは逆に、「因縁(ニダーナ)」の鎖を克服することによって全ての人間は開悟せるものに、仏陀になりうるというものであった。キリスト教においてもこれと同様に、キリストはキリスト者のなかに統合された人格として生きている模範なのである。しかし歴史の趨勢は「キリストにならいて(イミタチオ・クリスティ)」という方向へ流れ、これによって個人は自分自身の運命の道を全体性へ向かって歩もうともせず、キリストの歩んだ道を辿ろうと希求した。東洋においても同じで、歴史的な発展の方向は仏陀を信心深く模倣するように向かった。仏陀が模倣させるモデルになってしまうことは、それ自身仏陀の思想の弱体化であって、それはちょうど「キリストにならいて」がキリスト教思想の発展に宿命的な停滞を来たす先駆となったのと同様である。仏陀が彼の洞察そのものの故に、ブラーマの神々を凌駕していたように、キリストはユダヤの民に「あなたがたは神々である」(ヨハネによる福音書、一〇章三四節)と呼びかけた。しかし人々は彼のいったことを理解することはできなかった。その報いとして、いわゆるキリスト教的西欧が、新しい世界を造り出す代りに、我々の現在所有している世界の滅亡可能性へと迅速に近づいている。(同上)≫

禅から仏教やキリスト教を観るときに痛切に思うことです。

参照:ユングと鈴木大拙。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/005095/

Zhuangzi
『孔子謂老聃曰「丘治《詩》、《書》、《禮》、《樂》、《易》、《春秋》六經、自以為久矣、孰知其故矣、以奸者七十二君、論先王之道而明周、召之跡、一君無所鉤用。甚矣夫。人之難說也、道之難明邪。」老子曰「幸矣、子之不遇治世之君也。夫六經、先王之陳跡也、豈其所以跡哉。今子之所言、猶迹也。夫迹、履之所出、而迹豈履哉。』(『荘子』天運 第十四)
→孔子が老子にいわく「私は詩・書・礼・楽・易と春秋の六つの経典を長い歳月をかけて学び、それらの内容を修めました。七十二の君主に先王の道を説き、周公や召公の足跡を明らかにしてきましたが、一人の君主にも採用されませんでした。人を説得することは難しく、道とは示し難いものです」。 老子いわく「幸いなるかな。あなたの教えを実現する君主がいなかったのは。六経とは先王が残した足跡であり、足跡を以てあなたの目的が成就しましょうや。足跡とは履物によってかたどられるが、足跡はその履物ですらない。」

「六経は先王の陳跡なり」。
「古人の糟粕」もそうですが、「古典を読んでどうするの?」と紀元前の古典が突きつけるところに、『荘子』の素晴らしさがあります。

今日はこの辺で。


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