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結婚手続について、海外で生活していてわいてくる疑問や悩みについて 情報を交換しながら、お互いの交流を深めませんか? 参加条件は、「パートナーがポルトガル人」であること。 それからミクシイの会員であることです。 どうぞお気軽にご参加下さい。 ↓ロゴをクリックしてください↓ .................................................................................... ポルトガルに関するウェブサイトを立ち上げました。 BEM-VINDO!ポルトガル情報 ポルトガルでの暮らし、旅に役立つ情報を ちょっとずつ載せていきたいと思います。 .................................................................................... 2005年9月、日本で出会ったポルトガル人の夫と国際結婚。 その後、2005年12月、夫婦2人でポルトガルに渡ってきました! ポルトガルに到着から約半年間は、夫の両親宅での同居生活。 古いおんぼろマンションを大改造の末、 2006年5月、ようやく二人の新居への引越しを果たしました。 ポルトガルでの出来事や発見、面白かったことや頭にきたことなどなどを この日記に綴っています。 2005年12月~2007年6月までの日記は こちらの楽天ブログをご覧下さい。 ![]()
2007年7月以降のあまどらの日記は あまどらのメルボルン日記としてこちらに移行しました。
よかったら遊びにいらして下さい。 [全185件]
約3週間の日本滞在を経て、6月27日にオーストラリア・メルボルンに無事到着いたしました。 まだAMADORAに私たちの家があり、あそこが帰る場所のひとつですから忘れたくありませんしね。 またこのページは削除せずにこのままにしておきます。 これから新しいページでもどうぞよろしくお願いします
>>> あ ま ど ら の メ ル ボ ル ン 日 記 >>>
今日から6月・・・・。 昨日、お義母さんと一緒にディーを空港まで見送りするのは本当に本当に辛かったです。 お義母さんは空港で相当泣きました。特に別れた後。
空港で、激しくすすり泣くポルトガル人女性の肩を抱くアジア人女性、二人組み。他人がどう見てるか、そういう時そんな事は一切考えられませんでしたが、辛かったです。
どう言葉をかけて良いか分からない、両親にこんなに辛い思いをさせるって、私たちの決断は良かったんだろうか。そんなこともゴチャゴチャと頭の中を駆け巡りました。
それからお義父さん。見送りにはこれませんでしたが、最近感情的になっていて、昔の話をしたり将来のことを話したりすると涙を抑えられなくなっています。 出かける前の晩、ディーと最後にハグをして『言って来いよ、元気でな!』という息子との会話、お義父さんはぐちゃぐちゃに泣いていました。 私が『きっと直ぐにポルトガルに来ますから!』というともっと泣いてしまうのです。思い出すのは2005年の冬、こちらに着いたばかりで住む家が無かった私たちは、両親の実家に居候していました。 最初から最後まで出張続きだったエンジニアの夫はポルトガルにいるよりも仕事で外にいる。 そして、妻の私は、渡葡していきなり夫なしの両親との同居生活が始まったのでした。 現代の結婚事情、よく知りませんが、 ●新婚で夫の両親の家で同居。(←多分、これは結構あるかも。) ●嫁が外国人で言葉を知らない。(←世の中、躊躇するご両親は少なからずいるはず。) ●夫=息子がいない。(←う~ん、あんまりなさそう…)我が家のように、この3拍子そろった条件はあまり無いパターンのはず。 にも関わらず、夫のいないほぼ半年間、最始めは言葉も全然知らなかった私に、色々世話をやいてくれたり良くしてくれたり、学校からでた宿題を手伝ってくれたり。 当初、一人歩きは絶対危険!と言ってお義母さんは通学の時に車で送ってくれたり、全くの箱入り嫁でした。文字上では"義理の娘"ですが、実際に"子どもに戻ってしまった!?"と感じるくらいに生活のすべてをやってもらって全く甘やかされた嫁です。 息子がいない間に何かあったらどうしよう、遠くから嫁いできた嫁に何かあったらどうしよう、そんな風に毎日心配してくれた夫の両親…、色んな事を一つ一つ思い出す度に、やはりここを去るのがとてもさびしく感じられます。 ![]()
ところが、ポルトガルで出会った友達の多くは、バックグラウンドも違えば年齢も違う、今までの職業も全然共通点がありません。 それにも関わらず、会えばいつも、話に花が咲いてしまい、きりが無くしゃべり続けられるのです。不思議ですが、これが私が感じた率直な印象です。
人間同士ってどこでどんな出会いが待ちうけているのか全く未知です。 たとえばブログをきっかけとして人と出会うなんて意外性があり、強烈なインパクトとして心に残ったりします。 外国で生活しているわけで、『日本人である』ということしか共通点が無いのにそれだけでお互い知り合いになったりします。 また大げさですが、ひょんな出会いが、時に自分の人生に影響を与えさえするもの。 だからこそ出会いって面白いなといつも思うのです。また新たな出会いがこれから待っているのかも!と思うとワクワクもあります。お別れがあるということは、また新たな出会いがその後待っているということ。 これから新しい土地で元気でがんばって、稼いだらちゃんとポルトガルにも戻ってきます!ポルトガルの家族のみんな、そしてポルトガルで出会ったみなさん、次回会えるのを楽しみにしています!
私達がもう直ぐオーストラリアに引越してしまうために、ディーの弟の家で『日本食ディナー』をやりました。
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ポルトガルで日本食材を手に入れておいしい日本食を作る、と言うのは至難の業です。 特にお寿司!ポルトガルでも寿司ブームに乗って、中国人経営の寿司まがいを出す日本食レストランがあったりします。スーパーには冷凍おすしが売っていたり・・・。でも何かがとっても違う!全然違う! 『おすしが食べたい!日本食が食べたい!』と、私に言ってくれた家族の気持ちがとても嬉しかったので、どうせならおいしくてきれいなおすしを食べてもらいたい!!! そこで jasmimさんのケイタリングサービスを今回お願いしました。
巻き寿司、チキン照り焼き、そして大好評だった春巻き。 自宅で食べることが出来たので、二人の子どもがいる家庭でしたがのんびりしながら優雅なディナータイムを過ごすことが出来ました。 JASUMIMさん、本当にありがとうございました!おいしかったですよ 自分でもそこまでマスターできたらどんなにいいだろう~
ずいぶん前の話ですがポルトガル語のRとLの発音が出来ない、と愚痴ったことがありました。1年以上前の話です。 語学自体はそんなに上達してませんが、RとLの違いは耳がキャッチしてくれるようになりました。のどにからまったタンを吐くみたいなRの音を出すのは最初躊躇しましたけど、分かってしまうと音は明らかに違うもんです。 それにしてもRの音って耳障りです。美しくない。 最近の耳障りなポルトガルコマーシャルをご覧下さい。 私はどうも・・・・・・・でも、男性は大好きかも、このCM。
このゴールデンウィークに姉夫婦がポルトガルに遊びに来てくれました。 日本で会社員をやっている義理の兄は有給休暇をとるのがどれだけ難しかっただろう、心苦しかっただろう、と想像すると申し訳ないのとともに我々夫婦はとても喜んだのでした。夫のディーは、英語を話せる義理の兄にポルトガル料理を色々食べさせるんだ、と、ずいぶん前からかなり張り切っていました。 滞在中の一日、姉の強い強い希望で、Azeitão(アゼイタォン)にあるアズレージョ工房に行くことにしました。姉の旦那さんはその間にどぉーしてもエヴォラに行きたい!というので我々姉妹がアゼイタォンの工房で車をおり、男性二人はそのままディーの運転でエヴォラに行ったのでした。二人が別々の場所に行きたいといってそれを決行する姉夫婦を何だかうらやましく思いました アゼイタォンはテージョ川を渡ったセテゥーバル近くの町です。 さて、タイル工房では、可愛いお姉さんが"アズレージョのできるまで"を、想像以上に事細かに説明をしてくれて、予約なしで行ったのに体験までさせてもらいました。 ![]() これはお客さんに売るためのアズレージョ。店舗には鮮やかなタイルがいっぱいです。 ポルトガルでは、家の前の番地や郵便受けをアズレージョで飾っている家庭が少なくありません。
上の2枚の写真は工房の中です。 オーダーを受けて作成した、名前の入った表札・・・ 家の壁を飾ると思われる、大量幾何学模様のタイル・・・よくみると一枚一枚が違って味があります。ものすごく職人技でため息が出るものから、ヘタなのかうまいのかが微妙なもの、動物だと本当に不細工だったり、微妙な具合でとってもかわいかったり。
職人技ですね~お題は春。素敵なタイル。これは結構大きな作品でした。
工房で12ユーロ+ポルトガル国内の郵送費を5ユーロ支払い、姉は絵付け体験させてもらいました。 出来上がったものは裏側にコルクが着いて置物として結構立派な状態で出来上がります。自分でタイルのデザインを考えたいというときは、前持った予約が必要だそうです。 白いタイルに、カーボンで前もって下書きがしてあります。よくみると黒い小さな点で模様が描かれているもの。
それに、4~5種類の濃度の違う液体で描いていきます。この段階の液体の色はうっすらピンク色をしています。これが本当に青く変色すると言うのだから不思議です!
翌日には出来上がると言われていたタイルですが、10日後くらいに我が家に届きました。
アゼイタォン他の見所! この日は5月1日メイデーで残念ながらしまっていたのですが、ワイン工場があります。
ポルトガル最大ののワインメーカーの一つと呼ばれるほどの Jose Maria de Fonseca。試飲もさせてもらえるらしい。いつか絶対に行ってみたい工場です。
それからなんといってもアゼイタォン名物であり、私の大好物のTortas de Azeitão! スーパーでたまに見かけると買わずにはいられない、ポルトガルのスウィーツの中でも私のお気に入りの一品。 食べたり飲んだり大忙しのAzeitão
Tortas de Azeitãoのレシピも見つけました!今度作ってみようかな。。
こんな風にして、夫達がエヴォラに行っている間に アゼイタォンを一日満喫したのでした。
この週末は、家族でお義父さんの実家に出かけてきました。お義父さんの生まれ育った土地は、リスボンから車で4時間ほど北に進んだ、スペインとの国境に近いQuintas da Torreというとても小さな村。最寄の村まで20キロ。スペインまで10キロ。ラジオはポルトガル語よりむしろスペイン放送が聴けます。 ![]() お義父さんは、今の住まいであるAMADORAの自宅とは別に、家族とともに休暇を過ごすためと、退職後の余暇なども考え、この家を改築したようです。 去年のパシュコアの時期にも一家そろって出かけました。そのときの家の状態の記憶が鮮明に残っていたので、これだけ家がしっかり出来上がっていることに私はかなり感動しました。それでも両親の話によれば、相当の遅れが出た模様・・・(汗) 台所の水が出ないとか、家の作りのいい加減さが気になっていたようですが、私はその苦労をあまり知らないので、一人でかなり感動していました。 家の周りはオリーブ畑、オレンジの木々、りんごの林、ワインのブドウ畑に囲まれた、とてものどかな村。 ![]() なんと最寄スーパーマーケットまで50キロという場所で、この村には子供が一人もいません。当然学校も閉鎖し、若者も大きな街に仕事を求めて出て行ってしまうために過疎がどんどん進んでいるようです。それでも、たまに訪れるにはとてもステキなところだと私は思っています。 夜は降ってきそうなほどの星が見れます。昨日は流れ星を3つも見てしまいました お義父さんの家で気に入ったのは、家の外観だけではなくインテリアも。 なんともカントリーな雰囲気でいっぱいでした。半分くらいは、結婚当初に買った家具だそうです。昔の家具ってしっかり作られてて、長持ちするものなんですね。 ![]() ![]() ↓ テレビ台として使っている小テーブル。アンティーク調なので、電化製品とはあまりしっくりこないのですが、雰囲気がありますよね・・・。 足が渦巻いています。 ![]() ![]() ↑ お姫様ベッド。私がかってに付けた名前ですが。ベッドの上に薄い布をたらすことが出来るベッドです。小さいころ、こんなベッドに寝てみたかったな~。 今は大量生産で安く家具が購入でき、おしゃれでカワイイ家具が沢山そろう IKEAなどが大人気ですが、昔は皆こういう家具を結婚のときなどに買ったものよ~とお義母さんがしみじみ話してました。この家は思い出深い家具がいっぱいのようです。 ![]() これは、大昔からお義父さんの家が代々使っていたと言う ![]() 日曜の早朝から働いている隣のおじちゃん。トラクターをあまりにかっこよく乗りこなしていたのでカメラでパシャっ。満面の笑みを向けてくれました。トラックの積荷はヤギのえさだそうです。 今日は日曜。日曜だと言うのに、近所の道端で暴走するトラクターを何台も発見しました。一台はタコのような真っ赤な顔をした酔っ払い。友達と飲んだ帰りでしょう。 一台は若いお兄ちゃん。ぶい~ん、と、一人レースをしているみたいでした。ひっくり返るってば・・。 もう一台は、スーツを着た、教会帰りのおじいちゃん。 村人がトラクターを日常の足として使っている姿にカルチャーショック。というか爆笑しました。
隣のおじちゃんがくれたもぎたてオレンジ。早速ジュースにしよう!
庭にはオリーブやりんごがすくすく育っています。
近くで見ると、こんなごつごつした石で、よくこんな壁を作ったものだと感心してしまいます。この村のドアがユニークだったので何枚か写真を取りました。 ![]()
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熱い夏、ドアを開け放しても虫が入ってこないように、網戸式(?)の のれん。 ![]() ダイナミックな石の壁にカラフルなドアが目立っています。色んなタイプのドアがあるもんだな~とマジマジ観察してしまいました。すると別のことに気が付きました。 ![]()
入り口の隣の壁に張り付いたこの四角い石。何だか分かりますか? 椅子です、椅子。この村をお散歩しているときに気づきましたが、お年寄りがこの椅子に座って、近所の人とずーーーーっとしゃべっているんです。しゃべっていなかったら昼寝。 よくポルトガルの写真で、入り口のドアの横にちょこんと座るお年寄りの写真なんかを見ますが、こういう石の椅子もあるんだってことに、これまで気づきませんでした。しかも家を建てたときからの備え付け。 ![]() 村のてっぺんからの眺め。派手ではないのですが、何だか心がスッとする眺めです。 私たちが現在住んでいる市、AMADORAは大都会とはかけ離れた生活です。でも、この村に来ると、どれだけ便利で、何でも直ぐに手に入る生活をしているのかを思い知ります。このお義父さんの家に来ると、時間を忘れた生活に戻ってしまいます。テレビも見ないし、鳥の声で目が覚めたり、星を飽きるまで眺めたり、花に群がる蜂を観察したり、そんなことをして心が浄化されてAMADORAに帰ってきます。 AMADORAに戻って、『あぁ~なんて都会なんだろう』と思っている自分 東京からAMADORAに来て、プリプリしていた当時が不思議な感じで思い出されます
今日は、姪と甥がPascoa(イースター)休暇で学校が無かったために、一日面倒を見ることになった。たった一日だというのに、おやつやランチを作ったり、公園で遊んだり、抱っこして持ち上げたり、お風呂に入れてあげたりして、帰宅したとたんに体中が筋肉痛。 これが本当に痛い ポルトガルではあすはお仕事が休みの会社もあるようで、明日はディーの弟(姪・甥のお父さん)の会社がお休みだからお世話係は必要ないそうだ。ホッ! 私たちは、『この休暇はあそこに行こう!』などという予定は全く無いのだが、今日は早めに寝よう。
こんにちは。久しぶりのブログ更新です。 よって、"4月前半にオーストラリアで仕事始め”、という予定は大きく狂いました まあ、いいや。 ポルトガルでは、気温もだんだん温かくなってきており、雨ふりの日も少なくなり、ベストシーズンの到来! オーストラリアに行ったらまた冬を過ごすことになるわけですから、今のうちに初夏を堪能できるかな、と前向きに考えるようにしています。 ポルトガルの4月、5月は夏に比べてとても過ごしやすいので大好きな季節です。 これからどうなることやら・・・今月は荷物を詰めて送ったり、家具や家電を移動させたりラストスパートの月になりそうです。 (まだやっていなかったって、私たちやることが遅いですよね
皆様、ご無沙汰をしております。 オーストラリアへの引越しの手続き、 なかなか思うように進んでいませんでしたが、 日程が4月前半で確定しそうです。 引越しに伴い、私たちの住む家を賃貸したいと思っています。 一年前に必死で改装した我が家・・・ 愛着が沸いてきてさよならするのは辛いですが、 ここに新たにどなたかが住んでくれたらわたしたちも嬉しいです。 全部買い揃えた家具や家電、オーストラリアに持っていくことも出来ず、 家を売るにはすべて運び出さざるを得ないし・・・。 我が家の賃貸にご興味のある方は
お名前と現在の状況やポルトガルの滞在期間など 明記していただけると助かります。 ご希望の方には返信メールで、家賃などの詳細をお伝えいたします。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 家族であれば親子で3~4人。 部屋を他人同士でシェアするようであれば2~3人で住むことが可能です。 家具、電化製品すべてそろってます。 交渉しだいですが、一年以上住んでいただける方を希望します。 ・広さ 120m2 ・リビングルーム ・部屋×3(現在はベッドルーム、客用ベッドルーム、オフィスとして使用中) ・シャワー、バスタブ、トイレ×1 ・客用トイレ・キッチン・ベランダ ◎日当たり良好。 ◎電気・水道・ガス代込み。 ◎生活に必要な家具すべてそろっています ◎大型スーパー、IKEA、コロンボなどに車で直ぐ ◎8階建てアパートの8階(日本では9階) AMADORA(CP) 徒歩20分 REBOLEIRAよりリスボン主要駅まで電車で10~15分 ………………………………………………………………… REBOLEIRAからCPのシントラ線のリスボン行きに乗り、 リスボン(SETE RIOS駅・ENTRECAMPOS駅)までは 10分ほどで到着します。 ………………………………………………………………… 徒歩5分圏内に小さいカフェや八百屋、タバコ屋などもあります。 自宅直ぐ近くのバス停より、リスボンBELEM、ALGESまで直行便のバスあり。 最寄スーパー コンティネンテ 車 2分 徒歩10分 ジュンボ 車 10分 ピンゴドス 車 2分 徒歩10分 IKEA 車 10分コロンボ 車 15分 リスボンまで 車 15~20分 シントラまで 車 20~30分 オエイラスまで 車 15~20分
ビザというのは、どこの国に住むにもややこしいものです。 ついこの間、苦労して取得したポルトガルの滞在許可証を横目にみながから、そろそろオーストラリアの滞在ビザの手続きを進めなければなりません。 昨日 大使館にいって、二人ともの指紋を取って無犯罪経歴書の取得手続きを完了させました。 ディー曰く、犯罪経歴書というのは、過去10年を振り返り3ヶ月以上住んでいたことのある場所で犯罪を犯していないかということらしいので、私の場合は英国の無犯罪経歴書も必要となる、とディーが言うのだ。7年も前の話。 (正式な情報ではない可能性もあるので、もしちゃんとした情報を知りたい方はご自身でしっかりと調べてくださいね。) あえて言わなきゃ私がどこにいたなんて誰もわからないのではないか、と変な気をおこしたけれど、パスポートがあるんだから入出国は記録されている。だから無理、とあっさり却下でした。当たり前ですね
面倒なことが多いけど、これから頑張ります。。。 |一覧| |