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テーマ:戦争反対(1187)
カテゴリ:雑記
祖母の命日は8月5日、今年は三回忌です。 昭和20年8月5日。祖母は幼い叔父を背負って広島の姉妹のところに居ました。「今日はもう遅いから泊っていけば?」という誘いを断り、その日のうちに自宅のある呉へ帰ったのです。 翌朝、8時15分。凄まじい地響きに驚いて空を見上げると広島の上空に原爆によるきのこ雲が見えたそうです。広島から呉へ入ってくる列車には怪我人ばかり乗っており、これは大変と、幼い叔父を背負い、翌日に広島入りした祖母。必死になって姉妹を探しまわり、八丁堀でトラックの荷台に遺体として投げ込まれているのを見つけ、家に連れて帰ったそうです。無数の遺体だらけで息があろうがなかろうが構わずトラックの荷台に投げ込まれていたらしく、幸いにして祖母の姉妹は、祖母が見つけたおかげで一命をとりとめて助かったのです。 祖母は原爆手帳は持っていませんでした。今、ニュースで原爆症訴訟をとりあげていますが、入市被爆者で申請しそれを認定されれば公的な被爆者になるのだろうと思います。祖母は多くは語らなかったけれど、戦後の被爆者に対する差別も相当あったようですし、申請しなかったかもしくは申請して却下されても訴訟しなかったのは、おそらく子供達のためだったのではないかな、と私は思います。 8月5日に広島から呉に移動したことにより当日被爆を免れた祖母、その命日が同じ8月5日だということに何か運命的なものを感じます。 平成18年広島平和記念式典 8月6日(日)総合・BShi・BS2・前8:00~8:35 ラジオ1・前8:00~8:50 ハイビジョン特集「爆心地復元」 8月6日(日)BShi・後10:00~11:15 消えた町並みからのメッセージ~CGでよみがえる8月6日~ 8月6日(日)広島テレビ・前9:00~9:55 CGでの爆心地復元映像「ヒロシマ・グラウンド・ゼロ」を放送前に拝見させていただく機会がありました。制作者である田邊氏の自宅は原爆ドームを囲う柵の中だそうです。自宅跡が世界遺産ですよ、あの日骨まで一瞬にして消えた家族がまだそこに眠っているのです、想像できますか?私は戦争経験者でもないのであまりえらそうな事は言えませんが、これまで当たり前にあったものが、人の作り出したものによって一瞬にして消えてなくなることは恐ろしいことだと思います。そしてあの経験をした人たちや今もなお後遺症等に苦しむ人々の声を無視して原爆投下を正当化する人たちが信じられません。 8月6日、私は祖母の墓参りへ、弟は横浜のアパートで、やまちゃんは今年も平和記念公園へ、亀星人は自宅で家族とともに、そして高校球児たちが甲子園で(今年は実現しますよね?)。様々な人たちがそれぞれの場所でそれぞれの想いを抱いて、61回目の今日、広島が平和への祈りで包まれます。 夕凪の街 桜の国 著者:こうの史代 出版社:双葉社 サイズ:単行本/103p 発行年月:2004年10月 ブログランキング にほんブログ村 人気blogランキング ↑よろしければクリックしてくださいね♪ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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