|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
小説三昧 と たま~に 愚痴話 [全109件]
夕食を済ませた後、週一の風呂に行く。 他の日には、濡れタオルで体を拭いてはいるようだ。 できるだけ他人に不快感を与えないようには、努めているらしい。 が、悩みの種は洗濯とのこと。 家主のおばさんの好意に甘えてはいるようだが、下着だけは自分で洗っているらしい。 共同の流し場で、洗濯石鹸を使ってのことである。 家主のおばさんに“持って来い”と言われるらしいが、 さすがにそれだけは自分で洗っていると言っていた。 ま、同年代の私には、十分に理解できることだ。 霧雨の降るせいではないのだろうが、今日の休日は十時に床から離れた。 昨夜、学校の調理室から給食用のパンを十枚ほどもらってきている。 牛乳も買い込んである。 今日一日の食事にするつもりだろう。 出かけるつもりがないのだ。
失礼した、彼の家族構成をお知らせしていなかった。 五人家族である。 両親と弟・妹の二人がいる。 確か、小三と中一だと聞いた。 長野の山村で、農業を営んでいるとか。 昔で言えば口減らしか、集団就職で一人こちらに来ているということだ。 夜学については、私と同じく淋しさを紛らわせる為だと言う。 同年代とのたわいない会話は、大事である。 だから、勉学についてはまるでだめだ。 彼の過ごし方に戻ろう。 日曜日の過ごし方は、先にお話ししたがもう少し詳しく説明する。 大体、十時半頃に起きる。 モーニングサービスの十一時までに喫茶店に入り込む必要があるせいだ。 もっと寝ていたいのだが、そうもいかない。 喫茶店で一時間ほど費やすと、あてもなく散歩する。 私を訪ねてきたり、他の学友の元に遊びに寄ったりもする。 が、留守の時が多いとこぼしていた。
少し、暗いお話です。 昭和の御代、何年ぐらいでしょうか… 高度経済成長時代の終わり頃… ということに、してください。 筆者の、自伝的要素の入った作品です。 といっても、内容の全てが 筆者のそれとは限りませんので、 誤解のなきように。 -------- 彼の一日は、朝七時に始まる。 八時始業の仕事に取り組み、午後五時に終了。 午後五時半始業の授業を受け、午後八時五十分に終了。 午後九時半近くにアパートに戻り、大体午後十一時に就寝である。 その間が彼の自由な時間である。 学校の図書館より借り出した本や、好きなラジオ番組等で過ごす。 彼が夜学に通う理由のひとつに、図書館がある。 いつでも無料で本を借り出せることが有り難い。 そう聞かされた。 市や県の図書館も無料ではある。 しかし出向かなければならぬことが、ネックのようだ。 レコード? まだ購入していないようだ。 雀の涙だが、ボーナスが出たら買う、とは聞いている。 でなければ、何のためのステレオなのか! だ。 然もシングル盤で良しとせず、LP盤にすると言う。 私などは、“贅沢な”と思うのだが。 彼に言わせると、一曲あたりの値段が違うと言う。 おやおや、好きな楽曲だけを聴くのではなかったのか? 一番の問題は、シングル一枚では飽きてしまうということだろう。 彼は、好きな歌手や演奏者の作品は、すべて気に入っていると言う。
夜学の始業時間は、五時半である。 そして、四十分間ずつの授業である。 六時十分が給食時間である。 二十分間という限られた時間で、食べ終えなければならない。 六時半には片づけることになっている。 彼の町工場の終業時間は、五時である。 工場から学校までは、バスで十分ほどかかる。 残業を一時間行ったとして、バスの時間は六時二十分しかない。 お分かりいただけるであろうか、給食時間は終わっている。 その為に三ヶ月の間、給食抜きであった。 これは辛い。 食べ盛りの十七歳だ、猛烈にお腹が空く。 しかもである、翌日の朝食用のパンの問題もある。 クラスの中には必ずパンを残す者がいる。 彼はそれら残り物のパンを持って帰る。 それが遅刻となるが故に、持ち帰ることができない。 空腹を我慢できない彼は、恥を忍んで調理室に赴き残ったパンを貰うことにした。 土下座をせんばかりの懇願に、調理員のおばさんも規則をねじ曲げて応じてくれた。 私も付き合わされたので、これは紛れもない事実である。 まったく哀しい事実である。
兎にも角にも社長の保証人で、彼はステレオを手に入れたのである。 しかしその為に、多大の労苦を味わった。 休日の出勤を三ヶ月続け、その手当を頭金としたのである。 彼の給料は、手取りで17,600円である。 同年代の平均は、新聞紙上によれば23,000円である。 確かに安い。 しかし彼は、社長が好きである。 彼はいつも私に言う。 高給取りだから幸せだとは限らない。 毎日が充実していればそれでいい、と。 やせ我慢かもしれない。 しかし彼は、己の分を知っていると言う。 彼の生活費の明細はこうである。 家賃、4,800円。 半端な額であるが、200円は家主の好意だと言う。 そして、3,000円を昼食代として弁当屋に支払う。 2,000円の夜学の学費を払い、月賦の3,000円を払う。 すると、4,800円が残る。 ここで問題だ。 “も”ととるか、“しか”ととるかだ。 日曜日ごとの食費が重くのしかかる。 朝と昼兼用の食事を、喫茶店でのモーニングサービスですませる。 250円である。 月に4回として、1,000円。 そして夜の食事、これが大問題だ。 弁当屋に交渉してみたが、だめであった。 仕方なく電気ポットを購入し、インスタントラーメンを2袋食べている。 後、電気・水道代が、大体1,200円ほど。 その上にまだ、風呂代もある。 そんな彼では、貯金に回るお金は皆無である。 そもそも銀行とは、まるで無縁な彼なのだ。 そうなのだ、銀行に彼の口座がない。
彼は、銀行が嫌いだ。 彼の勤める町工場の社長を悩ませる銀行に、良い感情を持ってはいなかった。 本来ならば、腰を低くすべきは銀行なのである、と彼は言う。 威圧的な銀行に対して嫌悪感を抱いている。 裏を返せば、エリートに対するコンプレックスかもしれない。 彼の言を紹介しよう。 成る程銀行に対して預金を積めば、行員は腰を曲げるかもしれない。 しかし少額の預金者に対して、心底からのそれをする行員がいるとは、どうしても思えないと言う。 そして又、これが肝心なのだ。 預金者は仕入れの業者であり、貸付先がお得意先になるはずだと、と言う。 言われてみれば成る程とも思える。 だから彼は、銀行を介するクレジットを嫌った。 銀行に負い目を感じることを嫌ったのだ。 止む無く彼は、社長に保証人の依頼をしたと言う。 その折り、一笑に付されたとも。 頭を下げることを惜しむな。 土下座してもいい。 自分にプラスになることならば、プライドはいらない。 利用することに負い目を感じることはない。 銀行での借金は、信用だ。 変に意固地になるな。 成る程と、納得していた。 従業員十人足らずの町工場だが、裸一貫から起ち上げた社長である。 わずか三人の家族だけでスタートした社長に、彼は多大の尊敬の念を抱いている。
しかし、ラジオからの押しつけのレコード曲。 それにも増して、独りよがりのDJの語りに反発を感じるらしい。 聞きたい楽曲を聞きたい時に聞くという自由がいかに大事かと、私に陶々と語る。 一理あると、思える。 が、それでは視野が狭くなると思うのだが。 それを告げれば、延々と屁理屈を並べられるのが落ちだ。 だから、頷くだけにしている。 言葉で肯定はしない。 私には私の理屈がある。 だから、卑怯かもしれないが言葉にしない。 彼のステレオは高価なものである。 廉価な物もあるにはあったのだが、生涯唯一の贅沢として購入した。 理由は、至ってシンプルだ。 良い音で聞きたい、ということだ。 もっとも、彼の耳がどれ程のものかは疑問だが。 支払いは、月賦である。 販売店は、しつこい程にクレジットの利用を勧めた。 だが、彼は月賦を押し通した。 販売店員は集金の手間を切々と訴える。 しかし彼は持参するから、と譲らない。 更には、彼は値引きなしの定価で買うからとまで言った。 当然、販売店は警戒する。 自明の理である。 今どき、定価で買う客が居るわけが無い。 新手の詐欺? と疑われても仕方が無い。 すると付き添いの私を保証人に立てる、などと言い出した。 冗談じゃないぞ、それは。 急にそんな話をふるなんて、どうかしてる。 しかし杞憂に終わった。 未成年は保証人にできない、と宣告された。 |一覧|おすすめアイテム
|