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ファブリーズのCMで、「こんな時こそファブリーズが使えるんだ!」と思い出した時、家族一同、一斉に「あ~、あ~、あ~、あ~」と納得する、というのがありますよね。あれ、私、結構好きなんですけど、昨日・今日と二日続けて、思わず「あ~、あ~、あ~、あ~」と言ってしまった新聞記事を読んだので、ちょっとそのことを記しておきましょう。 一つ目は昨日の新聞に載っていた、鵜飼哲夫という人が書いた記事なんですけど、大川橋蔵が主演したTV版『銭形平次捕物帳』の話で、あの番組、最初にまず事件が起きて、それを聞きつけた「ガラッ八の八五郎」が「なんでぇ、なんでぇ」と野次馬をかき分けてその現場を目撃し、途端に「てぇへんだ! てぇへんだ! 親分!」と銭形平次のところに報告に行く。で、八五郎から若干誇張された事件の報告を受けた銭形の親分が、八五郎のあわてふためきぶりを諌めてから、その事件の真相に迫る。 ま、これがこの捕物帳の毎回のパターンなんですが、鵜飼哲夫さんによれば、この八五郎と銭形平次の関係というのは、新聞社で言えば「記者」と「デスク」の関係だ、というのですな。記者は熱い現場の空気を伝えるのが仕事で、「大変だ! 大変だ!」となるわけですが、デスクはその報告を踏まえつつ、その熱さに引きずられないよう冷静になって、大局的な立場からその真相に迫る必要があると。 で、実は、この『銭形平次捕物帳』の原作者である野村胡堂自身が、作家に転ずる前は新聞記者をやっていた、というのです。で、報道の現場に立っていた経験があるからこそ、八五郎と銭形平次の役割分担ということに意識的だったのではないかと。 ここで私は「あ~、あ~、あ~、あ~」ですわ。なるほどね! ちなみに、鵜飼さんの記事はこの先、「現代のメディアは、全員がガラッ八の八五郎になっていて、『てぇへんだ! てぇへんだ!』と騒ぐことしかしてないんじゃないか」という方向に進むのですけど、その御説に対しても「あ~、あ~、あ~、あ~」です。 これが昨日の話。今日はね、もう少し軽い話ではあるのですが、詩人の荒川洋治氏が書いたエッセイ集に『忘れられる過去』というのがあって、この中で荒川さんが芥川龍之介の年譜をつぶさに調べ、彼が友達に会いに出かけて行って、実際にその友達に会えた確率を計算したら、60%以下だった、という話が紹介されているんです。 友達に会いに行ったのに、その友達に会えた確率が60%以下? 何のことじゃ、と思ってその先を読んだら、思わず納得ですわ。 つまりね、当時はケータイはおろか、電話すらない時代ですから、友人に会いに行くというのは、つまり何の予告もなしにいきなりその友人の家を訪問する、ということを意味したわけですよ。そんなんですから、行ってみたけど、その友人が外出中で会えなかった、ということが頻繁に起こったと・・・。 はーい、皆さんもご唱和下さい。 「あ~、あ~、あ~、あ~」! そうか、当時はそういうことだったんだよなぁ。しかも、当時の人はよく歩いたから、山手線内を横断するぐらいの結構な距離をてくてく歩いて行って、結局友達に会えずに、またてくてく歩いて戻ってくるなんてことが、日常茶飯事だったのでしょう、きっと。 芥川なんて昭和の初めまでは生きていたんですから、そんな大昔の人じゃないはずなのに、そういう人たちの日常のことすら、現代人の我々には、部分的に想像できなくなりつつある。それは仕方のないことではありますが、時にそういうことに思いを馳せ、意識的である必要はあるんじゃないですかね。 ま、これが最近、新聞を読んでいて感じた「あ~、あ~、あ~、あ~」二題でございます。こういうのだってブログにでも記しておかないと、「あ~、あ~、あ~、あ~」と思ったことすら、すぐ忘れちゃうからね~! でも荒川洋治氏のエッセイ集、ちょっと面白そうですね。講談社エッセイ賞受賞作品だそうですが、私も買ってみようかしら? これこれ! ↓
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