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makoto_kobiの日記 [全894件]
が、今日あった。 8時に、最寄りの駅で(同病の)先輩と待ち合わせ、公共交通機関などを使って会場である多摩スポ(の体育館)に向かった。 9時ごろに着いたのだが、まず受付を済ませた(僕はキャプテンなので。そして、チームメイト(僕を除くと、あと2人)に大会の要綱(進行表)を渡した。そして、まもなく開会式が始まった。 ちなみに参加チームは、CWクラス(脳性麻痺など)が9チーム、OPENクラス(その他の障害者。障害者がチーム内に2人いれば、もう1人は健常者でも良い)は26チームだった。僕らのチームはOPENクラスで、OPENクラスは8のグループ(1グループは3~4チーム)に分かれて予選リーグ(グループ内で総当たり)を行い、各グループの1位が決勝トーナメント(準々決勝~)に進み、優勝チームを決める。 CWクラスには、もちろん「Y(ニックネーム)」がいた。彼女は、昨年の11月に東京体育館のサブアリーナあった都大会にも出場していた。彼女とは、昨年の夏にあった、CIL○○主催の自立生活プログラムで知り合った。彼女自身も、そのCILではないがCILに所属している。さらに、お世話になっている(結構仲の良い)スポーツ指導員の女子大生が記録係だった。 まず、予選リーグの対戦表を見てがく然とした。というのは、同じグループの他の2チームが毎週多摩スポの体育館で練習しているボッチャサークルのチームだったから。はっきりいって格が違った。ので、その2チームに胸を借りるつもりで予選リーグに臨んだ。 案の定、予選リーグは1敗1分けで決勝トーナメントには進めなかった。が、引き分けた試合は勝ち試合のような感じだった。 結局、僕たちのボッチャサークルのチーム(4チーム)は、全チーム決勝トーナメントに残れなかった。 ちなみに、3/4(日)の午前中にボッチャサークルの打ち上げを兼ねた反省会がある。 明日は第2月曜なので、午前中に、市の社協で(身障者の)おしゃべり会がある。
が、今日の午後に市内のカラオケ店の一室であった。 内容は、マンドリン演奏会と近況報告等交流会だった。 マンドリンの演奏は素晴らしかった。近況報告で僕は、ケアマネを変えるかもしれない旨を話した。その他は、パーキンソン病に関しての事などが議論されていたが、それについては全くついていけなかった。 詳細は、ぱきぱきクラブの公式ホームページを見てほしい。 ケアマネは、事業所を変える公算が大きくなってきた。それと、明日は多摩ボッチャ大会がある。そのほかにも面倒臭い事が山積していて、ちょっとだが、定例会に集中できない面もあった。
が、今日の午前中にあった。 なぜ隣の市内なのかというと、僕は一昨年前の年末までの1年半、隣の市の市立障害者福祉センターの機能訓練室に特例で通所していた。が、そのセンターの機能訓練室に同時期に通所していた、現在大変お世話になっている同病の先輩に頼み込んで(特例(?)で)入れてもらった経緯がある。自分の住んでいる市内にもボッチャサークルはあるのだが、敢えて隣の市内のボッチャサークルに入会した。 このボッチャサークルは多摩ボッチャ大会に照準を合わせているのだが、今日の練習は、来週に多摩スポである多摩ボッチャ大会前の最後の練習だった。 僕らのチームは1ヶ月ほど前に結成されたのだが、(しかも)僕はキャプテンをやることになった。はっきりいってテンパッていた。今年度(平成23年度)のはじめに入会したのにキャプテンになるとは思っていなかった。が、先輩(キャプテンとしても大先輩)やボランティアの方々のアドバイスなどで、なんとか形になりそうな感じになってきた。 終わってからは、先輩と昼食をとったり2人で喋ったりしてから帰宅した。
今日の午後、同病の先輩がウチに来てくれ、3時間ほど彼と話し込んだ。 様々な事を喋っていたが、だいぶ踏ん切りがついた。
昨晩は考え事をしていて、ほとんど眠れなかった。 とは、もちろん○○の事。今さら考えてもしょうがないのだが・・・。そのほかにも不平不満は山ほどあるが、なるべく何事(特に嫌だった出来事)も早く忘れなければ、と昨夜は思っていた。それらの事が走馬灯のように脳裏に浮かんできた。 自分で言うのもなんだが、僕は「細かすぎる、というか凄く神経質」だと思っている。例えば、何かあると、つい一人で考えすぎて(考え込んで)しまう。いつも最悪の場合を想定してしまう。いわゆる「小さなことにくよくよするな!」状態。 何度も性格改善を試みているのだが、いくら外見で本来の自分とは違うような振る舞いをしても根底までは変えられない。つまり、僕は「自分の理想とは程遠い所にいる」と思っている。 いかがなものか。 が、これからも前向きに生きていくつもり。たぶん、社会参加がメインになると思う。
が、今日の午後、三田にある東京都障害者福祉会館であった。 午前の10時に「N((身障者の)おしゃべり会のメンバー)」さんと最寄りの駅で待ち合わせ、公共交通機関を使って会場に向かった。新宿で昼食を買い、地下鉄で会館付近の駅まで行き、そこからは「簡易型の、電動の車いす」の自操(彼女も)で会館に到着した。 まだ正午になっていなかった。が、2人で昼食にした。1階のロビーで食べたのだが、そこは食事禁止で、会館の職員に注意された。ので、それからは急いで食べた。 食べ終えると会場に向かい、受付を済ませ席に着いた。別ルートで、肢体障害者のサークル(のようなもの)の知り合い3人が来るので入口の近くの席にいたのだが、開始直前に会館入りし、会場に到着した。 会合のプログラムは、1・開会の挨拶 2・来賓のご挨拶 3・基調報告 4・記念講演「実現しよう!みんなの総合福祉法、未来に向けて!」講師は、障害者制度改革推進会議総合福祉部会長の「S」氏 5・シンポジウム *質疑・応答・フロアーからの発言、ほか 6・アピール文採択 7・閉会の挨拶 「N」さんは閉会の前に会館を後にしたので、「K((身障者の)おしゃべり会のメンバー)」さんらと帰路についた。7時過ぎに帰宅した。
僕は、やはり障害者というより単なる重病の病人((神経)難病の患者)なのか。 よって、先日受験した、来年度(平成24年度)の東京障害者職業能力開発校の入校選考も、まもなく合否が判明するが、当然不合格だと思う。追加選考は受験するつもりだが、再来年度以降の入校選考は受験しない予定。 一般企業への就職(での就労)は夢のまた夢で、作業所に通うのが精一杯なようだ。 ちなみに、今日の作業所は、昨夜降った雪の影響で凍結している道路などがあり送迎が不可能で閉鎖。 |一覧|楽天プロフィール設定されていません |