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'80の日本のポップスを中心とした,ちょっと「通」なMusical Web Magazineです [全154件]「ダンディズム」とは何かを,今の時代に問うことは不毛なのかもしれません。 個人的には「男の矜恃」と思ってるのですが,「おひとりさま」が当たり前になってしまい,それ自体が社会的なステイタスの暗喩になってしまっている平成の世。 「男の矜恃」といっても,ねえ。 軽妙洒脱で,女にもてた方がいいじゃん,って声も聞こえてきそうです。 それはそれで,正しいものの見方なのでしょうが。 岡村靖幸じゃないけど 「ベランダ立って胸を張れ」 って世の中じゃないような気もします。 でも,情けない男の歌とか,良くわかんないけど「一人旅立つ」男の歌って,多かったんですよ。 前者なら,ふられたシチュエーションがそれに当たりますか。 例えば近藤真彦さんの「ため息クラブ」とか(「ふられてバンザイ」を想起した方,甘うございますな)。 これ,名曲ですね。いつか取り上げよう。 後者は,「好きだけど,俺は行く」みたいな詞世界ですね。 その名曲の1つとして,これをお聴きください。 竹本孝之「傷だらけONEWAY」 名曲。ボクが中2だったかな。 今聴いたら,あんまり歌うまくないっていうか…初々しいですね。 特筆すべきは,作曲が濱田金吾ということ。 時期的にはMidnight Cruisin'とかMugShotのころですから,金吾さんもお忙しい時期ですね。『ハートカクテル』の2~3年前です。 濱田金吾というひとは,オリジナルは寡作で,あまりアルバムは出してないのですが,提供曲は本当にクオリティの高いものを作ります。 岩崎宏美さんの,かの「摩天楼」も金吾さんの作品。 西城秀樹さんの隠れた名曲「リバーサイドであいましょう」も彼の手によりモノですが,個人的にはこちらもフェイバリットです。 これはいつか取り上げます。 で,その濱田金吾のメロディをスリリングにアレンジしているのが,故大村雅朗氏。 やっぱり見事です。 キーボードの厚みのあるエフェクト。ゲートエコー前夜を思わせるドラムのサウンド。 ギミックの作り方がすばらしい。 ここでの実験が,後の大沢誉志幸のプロデュースのモデルになったのではないか,という深読みもできそうな音づくりです。 で,アイドル歌謡の意匠を損ねない音の抜き方。 …でも,売れなかったんですよねえ。商業的な成功はなしでしたね。 このころ孝之さん,「陽あたり良好」とかにもでて,タレントとしては売れてたんだけどなあ。 これは,リスナーのレディネスにも寄る気がします。 この曲の商業的な失敗が,実は後の大沢や吉川晃司のレコードの「音」を世間に周知させるレディネスづくりになったとも考えられなくもないのかな,とか。 そのあとのシングル「俺たちのストリート」(『あまったれんじゃないよ』っていう台詞でいきなり始まるあれですね)に比べれば,こちらの方がかっこいいですよ。都倉先生には悪いけど。 とにもかくにも御一聴あれ(^○^)。 では,また。 ブログの下に,各種SNSのバナーが貼っています。 ふと見ると,FBのバナーの横に『シェア』のカウントが。 ありがとうございます。 徳丸純子さんのファンの方でしょうか? うれしい限りです。 昭和を生きた我々の世代(アラフォー?)にとって,アイドル歌謡は切っても切れない縁があるモノ。 たくさんのアイドルが,しのぎを削っていました。 それだけ,文字通り「サバイバル」だったようです。 中には,あくまでも噂ですが,「枕営業」などもあったとか…。 業界に関わっている方から聞いた話ですが…。 今は,そんなことも少ないみたいですが。 しかし,そう考えると,アイドルとして真っ向勝負!だった人が売れなかった,と考えることもできますね。 あ,別に売れてた人が皆そういうことを余儀なくされていた,といってるわけではないんですよ。 そういったことの呵責に耐えかねて,死を選んだ方もいますが…。 岡田有希子さんの死の「真相」も,ちょっと2chを見たら色々書いてますモンね。 「T」さんの「T」は,名前のイニシャルではなくて,名字の方のイニシャルだ,とかね。 峰岸さんも気の毒だなあ,と思って,あの頃の報道を思い出しますが…。 あ,あんまり書くと消されるかな? 流れでこんなことを書いてしまいましたが,他意はないです。 なんとなく,あまり日の目を見ない名曲や,実力を持ちながらも売れなかったアイドルたちが気の毒だなあ,とつい思いましたので…。 で,今日はダブルヘッダーで書きます。
あんまり下調べをしてエントリーを書かないモノで,自分の知ってる範囲で書いてしまいます。 で,そこで,現在徳丸純子さんがどうなさっているかを調べてみました。 なんでもシアトル在住だとか。 ブログを見つけましたので,リンクを貼っておきます。 ついでにWikipediaを見てみたら,ディスコグラフィがわかったのですが,「おっ!」と思ったことが。 昨日書いた「恋はシーソーゲーム」,作編曲が,このブログによく出てくる清水信之氏でした。 「恋はシーソーゲーム」徳丸純子 しかも作詞が大貫妙子女史。 信さんが作曲をするのって,結構珍しい感じもしますが,ソロアルバムも出している方ですし,そういう仕事もプロデュース業が増える前はなさっていたようですね。 そんな重鎮コンビが作った曲なのですが…。 でもねえ,売れる売れないは,実力とか曲の善し悪しと関係ないんですよね。 で,今日は曲の紹介のみにしておきます。 では,また。
久しぶりにログインしました。 最近,Facebookの方にいろいろ書いていて,こちらに手が回りません。 ですが,ショートテクストでもいいから,やっぱりブログも続けようと思いました。 で,今回は,ちょっと肩の力を抜いて,80年代のアイドルをアップ。 「さしこ」こと指原莉乃がソロデビューということで,大分出身の「アイドル」を貼ってみます。 「聖・ファーストラブ」徳丸純子 友達の妹さんと同姓同名という(笑)。 先に貼った動画は,テレビのキャプチャみたいです。 歌,うまいですよね。 何がすごいかって,ノン・ビブラートで押し切る歌唱力。 これ,難しいです。 キャッチーではないモノが多かったですが,曲にも割と恵まれていたんじゃないかな? 「恋はシーソーゲーム」とかすきだったなあ。 あと,セカンドシングルの「PICA PICA」とか,ちょっと狙いすぎの感じもあるけど,ああいうバタ臭い夏の曲もいいかと今でも思ってます。 実際名曲。 今,何なさっているかなあ? 大分にいるのかなあ? ひょっとしたら,大分市の街角で,ぼくもすれ違っているかもしれませんね。 普通の,きれいな奥さんになった,元アイドルと。 もう一枚貼っておきます。 こちらはフルコーラス。 では,また。
仕事が忙しくて,更新もぼちぼちですが,出来るだけ進めていきます。 2011年のおさらい,その2です。 私も人並に,「TOWER RECORDS」の試聴ブースには行きます。 そんな時に見つけたのが,このCDです。 「Blue's Walk」????? 僕はハングルが読めないので,ほんやくコンニャクじゃなくてGoogle翻訳で調べました。 アーティスト名は「オルバナログ」と読むようです。 韓国の音楽事情というと,すっかり「K-Pop」ですね。 歳のせいもありますが,今更少女時代やKARAもないだろう,と。(って,知ってんじゃん) でも,熱狂的なファンもいらっしゃるのも事実で,そういう人達の嗜好は否定されるべきではないなあ,と思います。 個人的には,パッと見ではどっちがどっちか未だにわかりませんが…。 「韓流かあ…」 と思いながら,ふと一つのキーワードを思い出しました。 それが「ポンチャック」。 90年代の半ば。 20代の頃,親友の一人であるY氏と話していたときのこと…。 「Qくん,『ポンチャック』って知ってる?」 「何それ?」 「今,韓国で流行っているテクノと言うか,どちらかというと『ジャングル』系の音楽らしいんだけど」 「ほー,知らんかった」 「それで,大槻ケンヂとかがすごくウケてて,今度日本盤がでるんだって。そんで,その名前がね…」 「まさか…」 「うん。『ひらけ!ポンチャック』(爆)」 で,その後本当にこのCDは発売されます。 しかも「電気グルーブ」との共同名義で。 wikipediaで調べてみましたが,石野卓球氏と砂原まりん氏のリミックスなどもあるそうです。 なんでも石野卓球氏のリミックスのほうが評価が高いとか? 興味が有る方は調べてみてください,ポンチャック。 で,この「オルバナログ」ですが,アルファベットで表記すると 「Urbanalog」 となるようです。 「Urban」 と掛けているのですね。 けっこういいです。 バックトラックに無駄がない。 やっぱり研究しているのでしょうね。 日本のポップミュージックを。 これを聴いて思ったことは2つ 1.バックトラックは,音が精選されていることが重要 2.やっぱりラップは,外国語のほうがいい つまらない「2つ」なのですが,正直コレです。 特に「2」の方は,切実に思いました。 ユーミンが 「最近の歌詞って,「ただの日記」みたいなのが多すぎる」 と言っていますが,ああ,そうかもね,と思いました。 そういう「日記」みたいな歌詞を創始したのはユーミン自身じゃないか? という思いはあるのですが,ユーミンに言わせれば 「私小説」 と 「日記」 は違うようです。 ラップというのは,その言語の持つ本来のリズム感にかなり依拠するものなので,日本語は適さない,というのはある意味本当だと思います。 だからかなりの工夫が必要なのですが,不用意にやってしまうと,意味が通じてしまうからかえって下手くそな音読を延々聞かされる感覚に陥ってしまう。 鬱陶しいわけですね,聞くのが。 上手けりゃいいけど。 じゃあ,初期の久保田とかがなんでかっこ良かったか,という話になります。 目新しいっていうのもあったのですが(1986年当時),一言で言うと 「言葉の選び方がかっこ良かった」 これです。 歌詞本編の意味を補完するかのようなガジェットの羅列。 意味はない。 だけど,なんとなくかっこいい。 意味を伝えようとしない,というマイナスの作為。 そこに久保田の戦略があったのですね。 ただ話言葉をリズムの上に乗っけてもラップなどにはならないのだ,という。 先日の「FNS歌謡祭」で久保田が「TIMEシャワーに撃たれて」を演っているのを見ながら,そんなことを思いました。 では,また。 PS ポンチャック以降の韓国の音楽が,どのような変遷を経たのかは,全く知りません。 でも,2000年期にはいっての,日本に対する韓国の音楽輸出は,いささか過剰ではないかと。 実は,これ「なんでだろうなー」と真剣に考えているんです。 何が原因なのか? おそらくは音楽業界の力学の問題ではない。 財界の意向のほうが強い。 これは素人が考えてもわかります。 「冬ソナ」ブームは2002年頃ですから,その頃何があったのか? あれから10年,といったところですが,どんどん増えていくKーPopのミュージシャンたち。 なんか,「厄介払い」されて,国外にいるだけに,ときたま感じられるのは,僕だけでしょうか?
12月に入りました。 今月は,コンテンポラリーをやります。 毎年iTunesに,その年のベストトラックをまとめたフォルダを作っています。 年末になると,毎年数人の友人にCDに焼いてプレゼントしています。 大体ベストテン形式です。 今年も一応10曲集めてみました。 そこで今月は「Q-works的,2011年ベストテン」をやろうと思います。 で,今日は第1曲目,です。 「暁月夜」THE BOOM feat.石川さゆり これはいいです。 ラジオで聴いて,すぐにiTunes Storeでダウンロードしました。 本来的にはCDを買うたちなのですが, 「すぐに手に入れたい」 という衝動にかられた1曲です。 (1)THE BOOMについて 「島唄」以来,すっかりメジャーになったTHE BOOMのみなさん。 もうここではいろいろ書きませんが,1つだけ。 いつも思うことなのですが,宮沢和史という人は,何をやっても「THE BOOM」にできる人なのだなあ,と感じました。 結構なチャレンジのはずなのですが,聴いた人はきっと 「ああ,BOOMならやりそうだよね」 と,良い意味で思ったのではないでしょうか? 「ブレずに自分たちの音楽を演り続ける」 ということの逆説としてのバンド名は伊達じゃないのでしょう(う,「逆襲のシャア」のアムロのセリフみたいだ)。 YMOからの影響を公言する宮沢氏ですが,バンドのコンセプトを変えずに,多様なチャレンジを行うという姿は,YMOをトレースしているのかもしれません。 (2)石川さゆりについて 下成佐登子の時に,少し名前が出た石川さゆりさん。 この人はすごい。 前にも書きましたが,情念の女(ひと)。 声のダイナミクスは,歌謡界NO.1なのではないでしょうか。 ここで言うダイナミクスとは,声量とか声の太さのことではないです。 声の使い方というか,楽曲を表現するために,どのような声であれば良いのか,という解釈と表現のマッチの仕方,といえばよいでしょうか。 そういえば,「ウイスキーがお好きでしょ」(作曲:杉真理)のCD持ってます。 今回は写真はアップしませんが。 そうか,結局好きなんだ,おれ,さゆりさんのこと(汗)。 多分,1999年の紅白の「天城越え」以来と思います。 大人の女の色気にシビレました。 テレビを見ながら 「石川さゆり,スゲー。かっこいー」 といったら,横にいた母が 「女の情念よのー」 といったのを覚えています。 (3)まとめ とある音楽ブログのタイトルではありませんが 「迷わず聴けよ」 が率直な印象です。 メロディですが,いわゆる「和音階」を使っているわけではないです。 「ヨナ抜き音階」ではなく,多分「ナ抜き音階」。 これは,ぼくのスケールの解釈が間違っているかもしれませんが,多分そうです。 演歌ともロックともつかない,この曲の不安定な感覚は,「シ」だけを使わないという不安定感から来るのかもしれません。 宮沢氏が意図して作ったとは思えませんが,ここはわかりませんね。 宮沢氏本人から語られるのを待ちたいと思います。 では,また。
「ジャケ買い」という言葉があります。 アルバムのジャケットを見て,その印象でCDなどを買うことですね。 たまにやっていました。 今みたいに「試聴ブース」などありませんから,先入観なしにレコードを買うわけです。 言ってみれば,一種の博打ですね。 どうしてもって時には,ドキドキしながらお店のお姉さんに, 「これ,かけてください…」 とかお願いすることもありましたが。 ああ,どうしているかな,地元デパートのレコード売り場にいた植田さん。 気さくなお姉さんだったなあ…。 てなわけで,今日はそういう「ジャケ買い」の一枚を。 ![]() 木村聡 「SWEET MEMORIES AVENUE」 右側は,彼唯一のアルバム「風色のリトグラフ」。 実は私は以前HPを持っていたのですが,更新が大変で運営を諦めたということがあります。 その時に少しこの曲を取り上げました。 加えて,お蔵入りになった木村聡のセカンドアルバムについても書いていました。 「シンクラビアを駆使してのアルバムが予定されていたのに,お蔵入りになるなんてもったいない」 というようなことを書いていたはずです。 そんな時,ある方から「HPを見た」というメールをいただきました。 「木村さん」とおっしゃる方でした。 もっとも,木村聡ご本人ではありません。 木村聡がデビューした頃に音楽業界にいた,という方でした。 今回は,その「木村さん」のメールをご紹介します。 「はじめまして。 私は神奈川県在住の木村と申します。 同じ苗字ですが、本人ではありません。 ただ仕事上の関係でネットを検索閲覧してましたら、懐かしい名前と偶然あなたの音楽指向のテキストを読みまして、木村聡氏について知っていることを補足したくなりあなたのHPを探しましてメールした次第です。 で、本題ですが。。。 木村聡氏の現況はいくつか出てますから、 今更でしょうし、正直今の活動はノータッチですのでお話出来ません。 あなたのテキスト内で木村聡氏の2ndアルバムのお蔵入りについて補足したいと思います。 もう20年以上前になりますが、音楽業界でフリーで仕事をしてました。 その時知り合いだったUnlimited MusicINCに在籍していたマネージャーアシスタント神代さんからテープ紹介されたのが木村聡氏でした。 (クレジットの景山さんはアルバムが出る頃には退社してました。) そしてマネージャーの大岡さん(その後ビクターへ)から木村聡を紹介されたのが彼と関わるきっかけでした。 1枚目は概にアルバムが出た頃で渋谷のライブハウスなどでライブをしていたのですが、いつも来場は50人くらいでしょうか。。。 そして2枚目のアルバムの制作が進みミックスダウンのみというところで手渡されたのが、添付した画像のデモテープです。 木村聡の世界が1stからそのまま引き継がれとても洒落た詞の世界とメロディラインです。 そしてセンチな詞の部分とピアノでシャウトするメリハリが1stより強くあり,とても良い仕上がりでした。 (個人的にも彼の作る音楽の世界が好きだったので良いと思っていたのかも知れませんが。。。) この曲順を会議で考えて,どのようにプロモーションしていくかまでを話し合っていたまでが木村聡氏との付き合いでした。 ? レコード会社へ最終アルバムリリースを会議に上げてもらうために、プロモーション方針を探すために事前案内として雑誌メディア、FM、AM局にサンプルを持っていたのですが、メディアの評価はあまり上がりませんでした。 何故ならその頃大沢誉志幸が「そして僕は途方にくれる」のヒット後ピークに上る頃で,メディア評価が大沢に向いていて,プロフィールとサンプルカセットを渡しても 「大沢みたい」 「声が似てる」 とか全ての基準が大沢だったからです。 くしくもレコード会社もエピックとCBSと同じソニーでしたので、彼の音楽の本質まで伝わらなかったというのが、表に出れなかった原因だと私は思っています。 あまりいい話ではありませんが、エピックは斬新な音楽とアーティストをスピードで売る会社でした。 ですので今のエイベックスのようにプロモーション費もかなり掛けてましたが、CBSは売れる要素が外からの声が上がり、預り事業部のアーティスト担当の持つ予算次第で活動が決まるという体質の会社でしたので,カセットを会議であげてもどうなるかは実際判りませんでした。 結局木村氏がそんな業界に嫌気がさしてしまい、事務所についても不信感を持ってこの仕事が終わってしまったわけです。 ただこのカセットの中の曲は今の木村氏の作品でいくつか聞けるのではないでしょうか? 「Drive」、「引潮」など もしかしたらタイトルが変わってるのもあるかも知れませんが、聞けると思いますよ。 少年っぽい空気を作品に載せていた彼ですが、日常はとても現実的でした。 というより大人でしたね。 最後に個人的に渋谷の「時間割」というカフェで会いましたが、最後の一文(「業界に嫌気が…」という部分。註:Q-works)は彼から聞いた言葉を表してます。 「音楽」・・・商業音楽として割り切れたら今の音楽ソースのあり方は正しいのかもしれませんが、原石が磨かれるのも、捨てられるのもお金次第というのはアーティストの傍にいると心苦しいものです。 かといって原石が磨かれて売れるタイミングを待つということも中々出来ません。 ただ,今を知ってればいずれビジネスの話として木村氏に会えるとは思っていますが。。。 たわいのない話で申し訳ありませんでしたが、 デジタルな時代このように埋もれたものを掘り返せることは素晴らしくもありで、懐かしく、あなたのHPを見させてもらいまして、メール致しました。 では。」 ちょっとこのアルバムのスペックについて触れましょうか。 作詞作曲は木村聡本人(A-5,A-6は他者の作詞)。 編曲はミッシェル・ベルナルク。仲代達矢,藤谷美和子が出た「道」という映画の音楽をやってますね。 クレジットには「Michel Bernolc &His Project」とあります。参加ミュージシャンは全くわかりません。 おそらくは,ミッシェル・ベルナルクがほとんど一人で演っているのでしょう。 調べたら2002年に自らの命を絶った,ということがわかりました。 「木村さん」のメールにあったスタッフの名前は,クレジットされているスタッフの名前ときちんと一致します。 当時の音楽業界の一面を知ることのできる,貴重な情報として,保存しています。 ところで,今,「木村聡」は何をしているのかというと…。 「なつし聡」という名前でご活躍なさっていることがわかりました。 「ユメミノ音泉村」代表ということで。 新聞記事を載せます。 ![]() 彼のmyspaceに,被災地の小学生からの御礼の手紙がアップされています。 なんか,涙が出そうでした…。 「志」を持って音楽をなさっている方だからこそ,商業音楽の世界からすっぱり足を洗って,ご自分の生き方を貫かれていらっしゃる。 そんな気骨のミュージシャンを,応援しながら同時代を生きた元業界人。 二人の「木村さん」との縁。 高校2年生の時の「ジャケ買い」がなかったら,このような豊かな出会いはなかったと振り返れば,人生,捨てたもんじゃないな,と思います。 では,最後にお聴き下さい。 またムービーを作って見ました。 「SWEET MEMORIES AVENUE」 では,また。 註:シンクラヴィア(Synclavier):80年代後半に活躍したデジタルシンセサイザー。当時の価格で6000万円といわれた。サンプリングした音源を用いて,フルデジタルでレコーディングを行える。そういったスペックが「オーケストラの団員が失職する」といった騒ぎに発展したことが当時CNN等で報道されたことがある。 |一覧| |