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4-07【霊廟】


初稿:2013.07.22
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※月ノ章の本編です

4-07【霊廟】




 翌朝、宿の主人の口利きで―――仕立て屋を叩き起こして防寒具を人数分揃える。 代金は全てユイリーン持ちだ。 国費で賄われたと思いきや、身銭を切ったらしい。 ミュークとバルバロトが何処からそんな金が沸いて出るのだと興味本位で訊ねてみると、「アナタ方と違って働いていますから」と棘のある言葉が返ってきた。 こんな年端もいかぬ少女が、ノルド研究の実施責任者として国際機関勤務とは驚きだ。
 天才をダシにした馬鹿話を繰り広げていると、件の検問所に差し掛かった。 巨漢があからさまに不機嫌になるが、既に話は通っていたらしく、何事もなく通過する。 予定より一日遅れだが、無事に神殿都市セラディムへと辿り着いた。 ところが、着いて早々、またもや待ちぼうけを食う羽目になった。 合流地に指定した都門前に、アリエッタの姿がなかったのだ。 騎士見習いの少女は報告書を提出する為、神都郊外の守護騎士団宿舎で一夜を明かした筈だが、里心でもついたのだろうか。
 明るい雪曇りの空を見上げるミュークの隣で、ユイリーンが苛々と革靴の踵で石畳を叩いていた。

「王族との待ち合わせに遅刻するとは、市中引き回しの上、打ち首獄門ですわ」

 少女は腰帯からラッパ型の銃器を取り出すと、怒りと寒さに震える手で先の尖った弾丸を装填していた。 極めて物騒だ。

「久々の再会じゃ。 積もる話もあるのじゃろう」

 死人がでても困るので、ミュークがアリエッタを擁護する。 「寒いから死刑」だの、「居ても居なくても同じ」だの、散々に論われたが、結局、目的を片付けた後で拾って帰ることになった。
 一方その頃、当のアリエッタは騎士団宿舎の執務室で、ひとり頭を抱えてシクシクと涙に暮れていた。 積もる話どころか、眼前には、多岐に亘る始末書の山がうず高く積もってる。 相変わらず不幸だった。
 無論、ミュークたちはそんなことになっているなど、知る由もない。

「いろいろあって訊きそびれておったが、アダマストルの内乱について、妹姫殿は何か知っておるかや?」

 ミュークが横を歩くユイリーンに訊ねる。 以前、カタリナ老公女から概要だけを聞かされていた話だ。 アルフォンヌの手紙に記された内容との関連性を確かめたかった。

「その件は一応の解決をみていますわ―――」

 ユイリーンは言葉を濁したが、ミュークと目が合うと諦めたように口を開く。
 話は二週間ほど前まで遡る。 建国以来、表立った騒乱とは無縁だったアダマストル公国で、はじめて政治破壊活動に該当する案件が引き起こされたのだ。 事の詳細は、以下の通りだ。 公国の政務官だった宮廷貴族の邸宅が襲撃・占拠されて、家主と使用人を含め五名が人質となる。 首謀者は前もって民間の機関紙に犯罪予告をしていたらしく、事件は直に表沙汰となった。 犯行理由は、聖アルジャベータ公会の指導的地位に在るゾア大主教の退陣。 無論、人質の命と引き換えにである。 当然、教会側は強硬姿勢を貫いた。 だが、状況の膠着化は民意を思わしくない方向に誘うことになった。 我が身可愛さに、大主教が人質の命を見捨てたとの噂が流布するようになったのだ。 現状を危惧した公国は、聖アルジャベータ公会と協議の末、人質救出作戦を強行する。 結果、首謀者に自害された挙句、道連れとなった家主を含めて人質の半数が還らぬ人となった。

「けっ、胸糞が悪くなる話だ」

 最後尾を歩くバルバロトが石畳に唾を吐き、率直な感想を述べた。 巨漢の敵意が公国や教会など、特権階級の人間に向けられているのは明らかだ。 事実、人命を軽んじた公国と聖アルジャベータ公会の対応には、批判が渦巻き、国論が沸騰している。

「対応の拙さには同意致しますが、非難の矛先は事件を起こした犯罪者にこそ向けられるべきです」

 ユイリーンがバルバルトの発言を聞き咎めた。 首だけを傾けて背後を歩く巨漢にキツイ視線を送る。

「そもそもの原因がお偉いさん方にあってもかい?」

「ええ、その通りです。 アダマストルには公平な形で民意を吸い上げる為に、民政院が確立されています。 不満があるなら、正式な手続きを踏んだ上で、陳情すればいいだけです」

 ユイリーンが理を通す。 理屈だけで物事が解決しないことも、世の中には数多くある。 それを知るには、少女は純粋過ぎた。

「いい加減にせぬか、大人気ない」

 頃合をみて、ミュークが仲裁した。 これは“大人な子供”と“子供な大人”の両方に向けられた言葉だ。 この手の論争こそ理に適っていないし、十歳の少女に情を促すのにも無理がある。

「立場こそ違えど、求めるものが同じなら歩み寄ればよい」

 振り向いたミュークがしたり顔で言うと、巨漢は頬を掻いて視線を逸らした。 此方も根は純粋な癖に素直じゃなかった。

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 それから数刻、案内役のエドゥアルトに誘われて、粉雪が舞う中央大街を進む。 神都の中央に位置する祝福の門を抜けると、古色蒼然とした風格を醸しだす巨大な石造建築―――レムギサロス大聖堂が目前に聳えたっていた。 先ずは聖宮へ赴き、新教皇との謁見を済ませることになると見越していたが違ったようだ。

「メナディエル正教の総本山にしては、寂しい在り様じゃな」

 青年の意図がわからずミュークがたわいない感慨を口にする。 白大理石を基調とした壮麗な佇まいの周辺には疎らな人影しか見受けられなかったのだ。

「今はわけありでね。 休日や宗教的祝日ともなれば入場規制が敷かれるほどさ」

 エドゥアルトは含みを持った言い回しをすると、足早に聖堂門兵に近づいていく。 暫く待つと、金属特有の軋みを響かせて、巨大な正面扉が開かれた。

「ワチキは特定の宗派に属するつもりはないぞよ」

「俺様もこんな辛気臭ぇところに用はねぇ」

 ミュークとバルバロトが不満を口にする。

「ご心配めされるな。 このエドゥアルト、不忠者なれど、美女とそれに準ずる美少女の期待を裏切るような真似は致しませぬ」

 エドゥアルトは芝居がかった仕草でミュークとユイリーンの手をとった。 その際、ちらりと巨漢に目をやり、「ちなみに、俺が案内を頼まれたのはこちらの美しいお嬢さん方であって、むさい髭面中年は管轄外だ」と悪態をつくのも忘れない。

「気が合うな。 俺様も男には興味ない」

 バルバロトは豪快に笑うと三人に後に続いた。
 大聖堂に脚を踏み入れると、エドゥアルト以外の三人がぽかんと口を開ける。

「模様替えでもしておるのかや?」

 ミュークが間の抜けた声で訊ねる。 人族の習慣に疎い屍族にも、一目で非日常的な光景だと理解できた。 礼拝者用の椅子は側廊に積み上げられ、ぽっかりと空いた身廊の真ん中には、鉄骨の高い足場が組み立てられている。 見上げると、天井モザイク画の所々が剥げ落ちているようだった。

「今は人払いをしているが、修復作業の真っ最中なのさ」

 ミュークの視線に気づいたエドゥアルトが実情を説明する。

「最近、小規模な地震が多発しているそうじゃが、それが原因かや?」

「よく存じていらっしゃる。 地震そのものは珍しくないのだが、ここの所、やたら数が多くてね。 不吉の前触れだなどと、吹聴する輩まで現れて困ったものだ」

 言葉とは裏腹にそれを楽しむような口調である。 調子のいい男だ。
 青年に促されて一同は内陣方向に歩を進める。 最後尾のバルバロトが盛大なくしゃみを立て続けにしているのは、石台に置かれた鉱物や植物、昆虫などの顔料が原因だろう。 数歩遅れて至聖所の紗幕を潜り抜けてたミュークの両眼に、主祭壇の側面で腰を屈めた青年の姿が映る。 黙って待っていると、何らかの仕掛けが作動したのだろう。 巨大な円石ごと祭壇が後方へと退き、地下へと続く石段が姿を現した。
 青年は壁掛け角灯をひとつ拝借すると、「この下が目的地だ」と言って片目を瞑ってみせる。

「まさか、蛍輝石の鉱脈が神都の地下にあるとは……」

 慎重に石段を下りながらミュークが独り言つ。 地中深く連なる回廊は、深淵まで続いているように先が見通せない。
 青年の話では、この先にあるのは歴代教皇の霊廟だという。 そして、その霊廟そのものが蛍輝石の巨大な鉱脈であるらしい。 隣ではユイリーンが得意気に鉱脈鉱床の形成講座を開いているが、本気で耳を傾けているものは皆無だ。 先頭で角灯を掲げたエドゥアルトだけが、上っ面で相槌を打っている。 一刻も経つと、ユイリーンの薀蓄も底を尽きたようで、会話の内容は、バルバロトの愚痴が中心となる。 だが、誰も相手をしないと巨漢も終には黙り込んだ。
 周囲に響くのは四人の靴音と、次第に荒くなるミュークの息遣いだけになった。

「肩を貸そうか?」

 いち早く異変に気づいた青年がミュークに声をかける。
 暗闇の中、歩を重ねるごとに、ミュークの足取りが重くなっていた。 まるで体中のチカラが抜けていくような感覚。 それは間違いなく目的地が近づいていることを意味していた。

「心配な―――」

 そう言い掛けた瞬間、ミュークの体が宙に浮き上がる。 唐突過ぎて、制止の声を上げる間もなく、バルバロトの腕の中に納まっていた。 所謂、お姫様抱っこのカタチである。

「具合が悪いなら早く言え。 なんの為に俺様がついていると思ってやがるんだ」

「お主は蛍輝石の為について来たのじゃろう?」

 ミュークは気まずそうに巨漢から顔を背ける。 実のところ、てんで男女間の睦言に耐性がないようで、茹蛸のように頬が真っ赤に上気していた。 薄闇のお陰で、動揺を悟られずに済んで、ほっと胸を撫で下ろす。

「あの金髪の嬢ちゃんを取り戻すまで、アンタは俺様の相棒だ。 ここに居る一番の理由はソレだな」

 バルバロトは髭面をニカッと歪めて人懐っこそうに笑った。
 微笑ましいやり取りだが、エドゥアルトだけが憮然とした面持ちで咳払いをする。 私情を優先させた青年は、踵を返そうとしたが、ユイリーンに脚をかけられて危うく転倒しそうになる。 渋々前方に向き直ると肩を落として歩き出した。

「どうやら目的地が近いようじゃな」

 ミュークの言葉通り、回廊の先がぼんやりと蒼白い光りに包まれていた。
 永遠とも思えた行程が終わりを告げると、闇は光りへと展開した。 そこは数多の鍾乳石群が立ち並ぶ広大な地下空間だった。 鉱洞全体が生き物のように脈動している。 剥き出しの岩肌に露出した蒼白い鉱石の正体は見紛うことなく蛍輝石の原石であった。 中央の窪みには、天地を繋ぐ鍾乳官が立ち並んでおり、古ぼけた石棺が納められている。

「これだけあれば、あの研究や手詰まりだった実験も……うふふふふ」

 ユイリーンは背負い袋から採掘具を取り出すと、飛び跳ねるように緩やかな傾斜を下っていく。 エドゥアルトが少女の補佐にまわったので、鉱石の採取は任せてしまって問題はないだろう。

「確かめたいことがある。 よければ霊廟の中心まで連れて行ってくれぬか」

 ミュークはひび割れた声でバルバロトに懇願する。 蛍輝石の波動が満ちたこの空間で単独行動は不可能だった。 屍族特有の白皙の肌は化粧で覆い隠しているが、体中から血の気が引いて、冷や汗が止まらない。

「構わんが、ほんとうに大丈夫か?」

「うむ、どうしても確かめたいことがある」

 青年から訊いた話では、アルフォンヌはこの霊廟でシャルロット姫を待ち受けていたという。 だが、屍族である母が理由もなく“ここ”を選ぶわけもない。 恐らく何か裏がある筈だ。
 巨漢に抱えられたまま、窪みの中央に移動すると、ミュークが息を呑む。 遠目には、無秩序に立ち並んでいるように見えた鍾乳石が、一定の規則性を備えた配列であることに気づいたのだ。

「これは……」

 呻吟の喘ぎは、突如、地中からわき上がった呻き声のような地響きに掻き消された。

「地震か?」

 バルバロトが注意を喚起するように大声をだす。
 瞬く間に、鳴動が波のように打ち寄せて、岩盤に亀裂が走る。 よろめいた巨漢の片膝が地に着く。 振り落とされないように、ミュークは分厚い胸元にしがみついた。 立て続けに、地軸を揺るがす轟音。 混乱の中、遠くからユイリーンの悲鳴が聞えるが、安否の確認も儘ならない。 岩壁が連鎖するように剥がれ落ちて、舞い上がった砂塵によって視界が完全に閉ざされた瞬間―――突き上げるような衝撃と共に、霊廟は崩落した。



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