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カテゴリ:ばくばく冒険小説
中国の古典に新しい光をあてる万城目学の連作短編集を読んだ。
○ストーリー 中国をその手に収めると思われた大将軍も,ついに敵の軍勢に包囲され討ち死にを覚悟する。10年間付き添った寵姫はそこから逃げ落ちて生きるように命じられるが,それに従わず将軍たちの前で最後の踊りを披露する。そして? ------------ 万城目学としてはいろんな面で新しい作品だ。まずは中国の古典へのオマージュに満ちた短編集となっていること。そしていつものチカラの抜けたユーモアを封印しているということ,がある。 森見登美彦が書いたというならば,すっと受け止めることが出来たが,万城目学著ということに,まだまだ驚きが続いている。第1短編の「悟浄出立」は,誰でも知っている『西遊記』の三蔵法師と3人の弟子が登場して,軽くユーモアもあるので,入りやすいのだが,そこから先は本当にユーモアを封印して,より深く中国文学へと分け入っていくからだ。 「とっぴんぱらりの風太郎」でも描かれた,歴史と人の世への諦観のようなものが,やはり継続して語られる。ひょっとしてこれがこれからの万城目学カラーなのだろうか? 個人的にはこれまでどおりの楽しい作品が好きだけど,作家さんも成長するからなあ。新・万城目学ははるかに重厚だ。 ------------ 各編について感想を簡単に述べる。 「悟浄出立」:三蔵法師とお経を求める旅を続ける3人の弟子,その1人・沙悟浄は,どこか他の2人に引け目を感じていた。勇猛果敢な悟空,自堕落だが豪快な八戒に比べ,自分は考えてばかりであまり役に立てていない。またまた妖怪に捕らえられた悟浄は,前から聞きたかった八戒の前世の話を聞きだす。さらに落ち込んでしまった悟浄だが,あることがきっかけで?・・・『西遊記』の有名なトリオの臆病者・沙悟浄の一日が描かれる。ふっと気持ちが楽になる瞬間ってあるが,それを上手く説得力たっぷりに描いている。またこの短編を最初に持ってくるのも正しい選択で賢い。 「趙雲西航」:劉備が建国を進めている蜀の国に向かって船団を進める趙雲,張飛,そして諸葛亮。相変わらず豪快な張飛,まるで自宅にいるように平静な諸葛亮と比べると,趙雲は船酔いに悩まされ,さらに不思議な陰鬱な気分になる。諸葛亮と晩餐を食べ,あることを尋ねられたとき,趙雲はこの気分の理由に気付く。・・・『三国志』から劉備・関羽・張飛,さらに孔明でもない,趙雲を主人公にした短編だ。劉備が地方に流れ,自分の国を持つ一方で,どこかわびしさを感じてしまう趙雲。 「虞姫寂静」:漢の軍勢に包囲された城に,楚の歌が聞こえてきた時,項羽は討ち死にを覚悟する。寵姫の虞は逃げ延びるように命じられるが,ある理由で彼女は城に留まる決心をする。彼女が命を懸けて訴えたかったこととは?・・・『項羽と劉邦』などから「四面楚歌」の瞬間を使って,ある女性の情熱を描いて見せている。他の短編と異なり,歴史の有名なシーンであり,感情的にも揺さぶられる終わり方となる。 「法家弧憤」:皇帝が襲われるという事件があり,下級官吏の主人公は,犯人を知る者として大臣・李斯に呼び出される。皇帝のもと法治国家を推し進める李斯だが,今回の事件を防げなかったことを嘆く。共に役人を目指していた主人公と知人の運命はいつどのように分かれたのか?・・・『史記』で語られる秦始皇帝,そして国家統一を助ける李斯が,下級官吏の目を通じて描かれる。さらには法治国家とは?という壮大なテーマまだ考えさせられる。現代にもつながる普遍的なテーマで,長編になりそうなスケールだ。 「父司馬遷」:高名な役人で学者だった父が,皇帝の逆鱗に触れ,資格を剥奪され投獄されてしまう。残された家族はある理由で名前も家も捨てて移り住む。それから3年後,父が戻ってきたという噂を聞き,実家を覗きに行った娘・栄は,変わり果てた父親の姿を見る。なんと父は?・・・『史記』の著者・司馬遷(司馬遼太郎じゃないよ)の驚きの事実を描き出す短編。物語の人々を描いてきた最後に,語り手の姿も描こうということか? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.04.08 22:57:08
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