カテゴリ:浦和レッズ・ゴール裏から
おそらくフィンケ監督はサイドからの崩しを徹底しようと練習を重ねているのだろう。
こちらが高いポゼッションを保っていれば相手を押し込むことになり、そこを崩すためにサイドからの攻めは有効だろう。 大宮戦、相手が10人となった40分以降の50分間、浦和は圧倒的なポゼッションを保ち攻めた。そして、サイドから何本のクロスを入れたことか。しかし、ゴールを割ることはなく、我々が見たのはまるで、「50分間の熱のこもったパス&クロスの練習」だった。 日本人の長所である「真面目さ」は、裏を返せば短所でもある。 フィンケが教える戦い方に、おそらく浦和の選手たちは忠実に従っているのだろう。 「自分の指導に忠実に従わせることのできる指導者」であるフィンケは、指導者の資質として重要な部分を持っていることは間違いない。しかし、これほどまでに「忠実に従うばかりの選手たち」は、フィンケにとって誤算なのではないだろうか?と、ワンパターンのサイド攻撃を見ていて思った。 もう少し選手たちが忠実さを捨てて、自らのアイディアをプレーに表現していれば、攻撃の形も変化が生まれ、守る側にも難しさを感じさせることができたのではないか? 実際、昨日の試合で一番ゴールに近く迫ったのはサヌのドリブルからのミドルじゃなかったかと思う。あれはフィンケの教えにあるプレーではないだろう。しかしフィンケの愛弟子であるサヌがあのようなプレーをするのである。 基本はサイドから崩すのだとしても、選手たちがもっと様々なトライをしていたら、どうだっただろうか。 あるいは、フィンケは、基礎的なパス回しが徹底できるようになるまで選手の個人レベルのアイディアを封印している、とも考えられる。だとすればこういった苦戦、敗戦は織り込み済みの途中経過なのかもしれない。 徹底的に身につける。条件反射的にできるようにする。そのためには、一切の例外を作らずにパターンを遂行することが必要である。今がその過程にあるとしたら、例外が混在すれば習得は難しくなるのは心理学的にも正しいのだから、フィンケの取り組みは正しいし、単なる結果を求めるよりも完成度を高めるステップを重視する、という指導者としての毅然とした決意を見てとれる。もしそうだとすれば、ものすごい肝の座った指導者だろう。 今の浦和のサッカーは、フィンケの誤算なのか、計算なのか。 いずれにしても答えが出るのはまだ先のように思う。 さて、サポート、サポーターについて。 ロングコールは最近になく力強かったとは思うが、単調さは否めない。 単調なアレ浦和をBGMに単調なパス回し。サポートにテンポ感を変える工夫があっても良かったんじゃないかと思う。 キックオフギリギリに着いたので現場で目にしたわけではないが、相変わらず「リスはゴミ箱」のゲーフラが掲げられていたそうで。いろいろ見てみると「いいかげんにしたら」と思う方が多数派のようで、ホッとした。 あれは「リスペクトを感じられない」「格好悪い」「サポートになっていない」のでやめてほしいと思う。 明らかにボールに行っている大宮の選手のタックルが流されてた直後、エジミウソンが明らかなファールで吹かれた。見ればわかる、あるいはサッカーを知っていればわかる当然の笛に対してのブーイング。こういうのはみっともない。 審判に対して(多少の誤審の場合も含めて)ガタガタ言うのはやめようぜ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010.08.02 02:30:27
コメント(0) | コメントを書く
[浦和レッズ・ゴール裏から] カテゴリの最新記事
|
|