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紙魚じみ日記 (生活・インテリア)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】
紙魚じみ日記
勝つでもなく負けるでもなく。。。 アラフォー女のしみじみ地味~な生活。テーマは本と音楽、映画とお買い物

リリィ Kさんのお買い物

[全26件]

2007.10.01楽天プロフィール Add to Google XML

『猫デリレシピ』パティー・デルモンテ著・アン・デイビス画・もとしたいづみ訳/マーブルトロン  (9) 
[ 本 ]  


特別な日に ちょっとしたごちそうを、なんてときに
ペットも同じメニューを囲んでお祝いできたら楽しいのに。。。と
思うことはありませんか?

そんな妄想を バカていねいなまでに形にした一冊
ほんとうに人間が食べても美味しそう~と思える
手の込んだごちそうレシピが満載なのです
ちりばめられたイラストもユーモラスで 装丁もかわいくて
絵本のように 眺めているだけでも楽しいです

著者がアメリカの人なので やっぱり肉中心、な感じのメニュー構成
ペットにも 食文化の違いがあるんですねー 当たり前かもしれないけど
これはちょっと日本人には思いつかないかな、っていう。
「たいていの猫はパセリが好き」なんて記述には ヘぇーっと驚いてしまいます
ところで、タマネギだけでなく、人参やにんにくも
犬猫に食べさせちゃいけないって日本では言われているけど
アメリカではOKなのかしら?
(一応獣医学者さんの監修つき、とあるのだけれど)

実際これを作るのか?と言われれば うーん。。。
やっぱり ちょっと心配かな でも一回くらいは試すかも(笑)
人参やにんにくの入ってないメニューを選んで、ね

猫バカも極まれり、と映るかも知れませんが。。。
飼っていると やっぱり家族の一員なのです
ウチの子たちは あまりお膳まわりはしつこくないほうだし
フードもずっと同じものを飽きもせず喜んで食べる
よい子たちなのですが それでも いや それだけに不憫というか
人間だけいろいろごちそうで ゴメンね、と思うときもあるのです

実用的かどうかはともかく。
同じごちそうを 分け合って食べたいね 食べようね、っていう
「家族」に対する心の動きは 万国共通なんでしょうか
なんだか ほんわかしちゃいます

この本の犬版もあるそうなので
ワンちゃんを飼っていらっしゃる方は いかがでしょうか?


最終更新日時 2007.10.02 20:24:05
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2007.09.22

『かもめ食堂』 
[ 映画 ]  

DVDが出たので欲すぃと思ってたら、CATVで放映されました
原作はこちら 群よう子さんの小説です

うーん 面白かったんですよ、すごく。
運よくテレビでやってたから見たけど、やっぱりDVDも買いたいし。

だけど、これについてなにか 端的に書こうとすると…
うまい言葉が思いつかないのは なぜかなぁ
たぶん すごい事件とか展開とかがあるわけじゃなくて
ひとりひとりの登場人物について掘り下げていくのでもない
ある場所を中心に 小さなエピソードが
淡々と描かれていく、群像劇だからでしょうか

「シンプルだけどちゃんと美味しいもの、って
 この国の人ならわかってくれる気がしたんです」

フィンランドのある街で 小林聡美さん演じる女性が
ひとりで食堂を切り盛りしています。 まだオープンしたてらしい
「かもめ食堂」と名付けられたその店は、海外でよく見かける
スシ、テンピューラ、スキヤーキ、テリヤーキ、サキ アリマス。といった
ステレオタイプの「ジャパニーズ・レストラン」とは様子が違っていて。
小さいながらも 北欧らしいインテリアでまとめられ
明るくこざっぱりとして、とても居心地が良さそう。
北欧の街並みにもとてもしっくり馴染んでいるように見えます。
メイン・メニューは「おにぎり」。
でも、なかなかお客さんが増えてくれないようで。。。

そんな「かもめ食堂」とそこに出入りする人たちを中心に、
半径3kmくらい?のちいさな物語が紡がれていきます

なんだろう テーマとか、教条的なものは
もちろん盛り込まれているんだろうけど あえてそういうのは
脇に置いといて ふーんふふーん♪と まずは気楽に
おふろにでもはいるような気持ちで見て正解、とおもいます。

みんなそれぞれ いろいろ哀しいことを抱えてたり 大切な何かを
どこかに置いてきてしまったりしているわけで
それは日本にいようと 他の国にいようと 同じことで。
何とかなるかもしれないし ならないかもしれない
そんなときでも いやそんなときこそ おいしいご飯とおいしいお茶。
たったそれだけで人は 思いのほか救われたり幸せになれたりする。
それも、日本にいようと 他の国にいようと 同じことだったり。

難しく考えすぎないで 大事なことはすぐそこにあるから、と
そっと教えてくれる かわいらしい映画です

シンプルに、ていねいに リラックスして暮らすことで生まれる 人生の底力
体で覚える幸せは アタマでひねり出すものと違って 嘘がないのでしょう


最終更新日時 2007.09.22 20:19:10
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2007.09.19

『まこという名の不思議顔の猫』前田敬子・岡優太郎著/マーブルトロン  (2) 
[ 本 ]  

同名のブログが本になりました
自分でも猫を飼っていて 毎日毎日かわいいかわいいと
親バカまる出しで愛で眺め回しているのに
それでもまだ足らず なにゆえ よその猫まで見たいのか。
我ながら不思議でならないのだが。。。見たいのだ、これが。

それもただの「よその猫」とちがう。見てもらえばわかる。
ブログを見て 飼い主を見送る「まこ」のせつなげな表情に
矢も楯もたまらず 深夜営業の書店に走る
それくらい見たくなる 「まこ」は本当に不思議な猫なのです

家に持ち帰って 見て 夜中にひとり 大笑いした。
ちょっぴり泣きそうになった。何回も見返した。
あったかい気持ちで満たされもした。

やっぱりエプロン(タテ結び)は させたくなるよねw
ここにもいた 猫村さん。。。カワユス

次の日帰って来たオット(山行帰り)をつかまえて
「見てコレみてみて、いますぐ見て」と激しく強制した。
しょうがねぇなぁ、という風情だったのが
うわー何だコイツ。。。…カワイイじゃん? と、
ヤツもたちまち虜に。(´ー)b

こんな小さな写真集ひとつで なんて程よい幸せ感。
やっぱり、 天然ものにはかなわない。
それは「まこ」という猫の姿形だけでなく、
その背景にかいま見える 飼い主さんの
暮らしぶり、のようなものも含めて。
ほのぼのした家庭、心地よい暮らしの空気感
そういうのが そこはかとなく漂ってきて、和む。

…なにげに 鼻血出そうなくらいオシャレなおうち、なんですけど。
背伸びじゃない(なさそうな?)、地でいってる感じがイイんだなぁ
とにかく写っているもの(「まこ」含め)すべてが
いちいちかわいくてもぉ素敵

猫写真集+インテリアの参考書にもなる?
一冊で二度おいしい、写真集です


最終更新日時 2007.09.22 20:29:20
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2007.09.07

『東京奇譚集』村上春樹著・新潮社  (1)
[ 本 ]  

東京奇譚集

世の中 あるいは物語の中にあっても
実に様々なことが起きる。
たとえば 奇跡と呼ばれるもの 悲劇と呼ばれるもの
報いと呼ばれるもの 不条理と呼ばれるもの
前後の関係性によって いろいろな名前が与えられはするが
つまるところ ある種のことは…ただ 起きる、のだ。
理由も脈絡もなく。あなたのせいでも 誰かのせいでもなく
それはただ、起きてしまう。

すべてのものごとには原因が存在する、と言ったのは誰だったろう?
そうでなくとも私(たち)には 日常の中で
すべてを因縁づけて考えてしまうクセがついている
×××さえなければ、○○さえしなければ こうはならなかったのに、とか
今こうなったのは 例えば自分の日頃の行い、とか 深層心理とか無意識とか
前世の因縁とか環境とか そういった何かに導かれているのではないか、と。
行き場のない思いの よりどころを求めるかのように

でも この短編集の中に登場する人物たちは それぞれに個性的ではあるけれど
ごくごく真っ当に、むしろ標準よりは用心深く身を処して生きている人々ばかりだ。
そうした人々が 奇跡に近い出来事、あるいは悲劇に ある日突然見舞われる。
そんな目に遭わなければいけない理由など ほとんど見当たらないような人々に訪れる
不公平とか不可思議としか言いようのない出来事に 戸惑いながらも
やがて それを受入れ 乗り越えて行く姿が描かれる

それらの寓話を通して、冒頭に書いたような
すべては ただ、起きてしまうのだという 寂寞としつつも
とても安らかで静かなトーンが自分の中に広がっていくのを感じた

ある種のことは防ぐことも出来ないし、理由をたぐることも意味をなさない。
一見救いのないようにも思えるが、「因縁探し」の可能性を断たれて
はじめて人は 起きた事実をありのままに受入れることが出来るのかも知れない
そしてそれこそが真の救済であり もの事の決着であり また
あらたな出発という 希望を孕みうる視点なのだ

正しいとか間違っているとか ある得るとかあり得ないとか
そうした自分レベルや所属社会レベルでの決め付けや
思い込みを離れて、もう一段高みにある
大きくて静かな世界からの 景色をみせてくれる掌編集、
地味だけど傑作だと思う

「…ここはいい。また連れてきてくれ」
(映画『ピンポン』のなかで 卓球の試合で
主人公・ペコに破れたライバル・ドラゴンの台詞)

何かそういう 自分の身の丈からは見えない景色を見せてもらった気がする


最終更新日時 2007.09.08 12:58:34
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2007.08.12

少女にかえる 夏休み。 
[ 本 ]  

3冊目を読み終えてしまうと う~ん、と あたしは声を出して長椅子の上でもだえた。
同じ姿勢でひたすら本を読み続けて ただ伸びをしたかっただけかも知れないし
ある思いに胸塞がれて ほんとうに苦しかったのかも知れない。
あるいは物語に昔の自分を重ねて ちょっと照れくさくなっただけかも知れない。
あとから思い出そうとすると、案外自分のことなんてよくわからない。

オットが家を空ける。つまりは 数日間家事をしなくても
誰からも文句を言われないのだと気がついて、あたしは
夏休みの宿題に読書感想文をいいつけられた中学生のように
図書館からたっぷりと本を借りてきた。食卓に高々と積み上げて
なつかしいものを見るようにうっとりと それらを眺めてみたりもした。

その中に なぜか川上弘美の本が3冊も入っていて しかも立て続けに読んだ。
(なぜか、というのはウソで 私がひそかに憧れている年下の女友達が
彼女のファンと知ったからだ)

『ざらざら』
(「春の絵」「卒業」が好き)

『ハヅキさんのこと』
(表題作「ハヅキさんのこと」「むかしむかし」が好き)

『ニシノユキヒコの恋と冒険』
(ニシノユキヒコは-ルックスと処世術に恵まれていることを除いて-まるであたしだ)

これから始まる恋の話が少しと、大半は 終わった恋、終わろうとしている恋の話
10代から60代までの「少女」たちの物語が 次から次へとあたしの中を通り過ぎてゆく
(そういえば短編集ばっかり) 女の子ってほんっっと、恋バナが好きなのね。
借りてきた本人が言えたことではないが。(あたしは超のつく面倒くさがりだから、
恋愛体質にはできていないのだ。残念なことに。)

その前にモノ書く女への道を読んでいるのだから
さすがにもうお腹いっぱい、である。
その間、ろくに食事らしい食事も摂っていないというのに。
オンナはこわい。オンナはもう結構。でも、あたしもそのオンナ。
息や汗まで甘くオンナの匂いがしてきたような気がして、
あたしは思わず 本を持っていた手をジーンズの側で拭った。

一見セキララでウェットなテーマを扱いながら 芯のところはさらりと乾いている
水のように風のように 透き通ってつかみどころのない哀しみ
一度でも少女だったことのある人なら あっという間に引き込まれてしまう世界
こりゃまさしく少女マンガだ(念のため言うが けなしているのではない)
だけど決して「乙女趣味」には陥らない世界観の操り方が周到。
日頃 オンナコドモってどうも苦手だし。。。と煙たがってみせるあたしの中にも
実はまだ少女が息づいていることを イヤがおうでも思い起こさせて
憎らしいったらありゃしない。疲れる。
だけどそれは 少女たちがつらい恋を終わらせるため
わざと流してみせる涙に似て、ぐったりしながらも心地よい疲れであり。

たぶんそれこそが 私の必要としていたものだったのだろうと思う。
うまく泣けない自分の心を洗うため。明日元気に立ち上がるため。
だからなんとはなしに、このような本ばかり借りてきてしまったのだ。
そう、案外自分のことなんてよくわかってない。
わかってないけれど、なんとかしようとする力は常に働いている。
(エラいぞ、あたし。)

なにしろ このあとの一冊、
ダメ押しの一冊はボリス・ヴィアンの
『うたかたの日々』
(『日々の泡』のほうはすでに読んだ)
ど、どんだけぇ~? どんだけ浸りたかったの、あたし?って感じ
お腹いっぱいでもこれは別腹 言うなればデザートかな(笑)

もっとも 日がな一日 猫と一緒に寝そべっては読書三昧、って
もうそれだけでカタルシス、なんだけどね 極楽、極楽。


最終更新日時 2007.08.13 04:16:33
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2007.04.21

『システム料理学』丸元淑生/文春文庫 
[ 本 ]  

今日ご紹介するのはマイバイブル
すでに絶版らしい、というのが本当に惜しい本です
古本屋で見かけた方は問答無用で即ゲットすることをおすすめします

文庫にも関わらず 筆者渾身の書き下ろし
男と女のクッキング8章、というサブタイトルにはちょっと引きますが
25年も前の本ですから 許してあげたいところです(笑)

内容はといえば、25年前という古さを全く感じさせない、
その時代に すでに現在の日本の「家庭料理」の危機を予見し
警鐘を鳴らしたすごい本なのです これを読んだら
「あるある...」はじめ 最近流行の健康ウンチク番組で
取り上げられているような食のアレコレは
すべて出がらしだったのか、と思うほど

著者は料理人でもなく 料理研究家でもなく
一介の家庭人であり作家です だからこそ
グルメ志向のレシピ本とは一線を画す本たり得たのかもしれません
世界に誇れる栄養食であり伝統文化だった
日本の「家庭料理」と現代人の健康を取り戻そうという試みの中で
「料理はシステムである」「装備を整えよ、丸腰で立ち向かうな」と
筆者は説き 自ら実践し その軌跡を明かしてくれるのです

これを読んでから 私は昆布と削り節で
味噌汁のダシをとるようになりました
家庭料理はその国の文化だということばに感じ入り
おろそかにしてきた自分を恥ずかしく思ったからです
かつお節から削って、というのまでは なかなかできませんが
手間や時間をかけられる範囲で 本来の味に近づけようと思います
本当の味を知っていて、忙しいときはやむを得ずインスタントを使う、
というのと インスタントの味しか知らないというのでは
やっぱり違うと思うのです

醤油くさくて年寄り臭い 昔の人の料理ばかりでしょ、と侮るなかれ
筆者の主張は単なる復古主義ではなく 家庭に取り入れるべきは
安価で栄養のある食材であり、栄養を失わない味付けと調理法を、という
一点に置かれているので たとえばイタリアで食したアサリの調理法や
フランスの子牛レバーやエシャロット、インドカレーの調理法など
筆者の飽くなき探究心により世界中から集められた、
栄養学的に良心的なレシピ集、となっているのです

そして 栄養さえ失われていなければ 素材自体の持つ滋味と
最小限の味付けで見事に味が整うものだ、とも 筆者は説きます

現在家庭をお持ちで 家族のために料理をする機会をお持ちの
すべての方に 一読をおすすめしたい本です


最終更新日時 2007.04.21 22:25:24
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2007.03.09

『地球家族』TOTO出版 
[ 本 ]  


『地球家族』


今日久しぶりに引っ張り出してみました
ちょっと古い本(1994年初版)ですが、私の大好きな本です

世界各国の家をまわり もちものを全部家の外に出して並べて
そこに暮らす家族と一緒に 写真におさめる、というプロジェクト
データブックという側面もあってか、ビジュアル本としては比較的廉価
なのに素晴らしい写真がたくさんで 何度眺めても飽きません
ソフトカバーなのは惜しいところですが
何気にアートディレクターは故・田中一光センセイ
これが2000円でお釣りがくる値段で売られているなんて。。。
もう一冊保存用に買いたくなってしまいます

これをみると どんな国でも 文化が違っても
市井の人々の日常 つつましやかな家族の暮らしって
いろんな意味で ほんとうにいとおしいものだな、って思います
と同時に、豊かさって何だろう?と考えさせられるのです

私も若かりし頃 ごく短期間ですが、海外の、複数の一般家庭で
間借りのようなことをして暮らしていた時期があります
その時思感じたのは、家の中になんてモノが少ないんだろう、という驚きでした
街を歩いていても、並んでいる商品の量自体が圧倒的に少ない。。。
でも貧しいとか 極端に不便という感じではない
むしろとても豊かでゆとりがあるという印象

逆に日本にはモノが多すぎる 氾濫しすぎているんだと思います
それでも帰国したての頃は モノが選べること 選択範囲の広いことに
限りない自由を感じ 日本ていい国だなぁ 買い物が楽しいなぁと
浮かれていましたが しばらくすると その中に本当にいいもの
選りすぐって 多少高いお金を出しても手に入れたい
長く使いたいと思えるものって それほど多くないことに気づいてしまいました

モノの豊かさとは対照的な 居住スペースの貧しさ
狭小な住宅事情なのかでモノは溢れ返り 常に不用品の収納や処分に
頭を悩ませ 気がつけばモノを使うのではなく使われている。。。
モノに支配され モノの奴隷になっているのです
この本の中にも日本の家庭は登場しますが ほかの国の家族に比べて
ケタ違いに持ちものが多いことに愕然とするはず
だけどより幸せそうに見えるのは。。。?

ついつい あれもこれも、と物欲に支配されそうになったり
家の中がなかなか片付かないなぁ。。。と悩んだときに
この本を見返すことが多いです
同じようなことで悩まれている方には ぜひぜひ
本当に 心の底から おすすめします
数は少ないかもしれないけれど おそらく何代かにわたって
受け継がれ 丁寧に使い込まれ磨き込まれた家財や道具
手作りのぬくもり溢れ 薄汚れながらもなお大切そうに並べられた人形たち
美しい暮らしとはこういうことを言うのかな、とほれぼれします


それにしても。。。。
本当にいいものは少ない どうでもいいものが多すぎる
選べる自由があるようでいて それは見せかけの自由でしかなく

曲がりなりにも モノづくりの片隅に関わっている自分にも
ちょっとは責任があることだな、と胸が痛みます
必要がなくても新しいものを ある決まったサイクルでつくり続けなければ
売り続けなければ この国の歯車は回らない仕組みになっている
新しいものを数多く並べることに意味があって 善し悪しは二の次
本当にいいもの、納得できるものができたときだけ
作り手が自信と誇りをを持って世の中に送り出せる
クラフトマンシップを大事にできるような国になると
環境とか 資源とか 住宅事情とか
いろんな問題がいい方向に動きそうな気がするのは 私だけかな


最終更新日時 2007.03.09 23:04:08
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