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ホステスさんが運転手? (生活・インテリア)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】

    あんな仕事、こんな暮らし。好きに                  生きたらいいじゃん。。。
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今日のこの人、あんな仕事、こんな暮らし。

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2011年01月04日 楽天プロフィール Add to Google XML

ホステスさんが運転手?
[ 今日の話題 ]    


あけましておめでとうございます。
東京は穏やかな日和で、よいお正月でした。

今年は1日(31日深夜)に初詣も済ませたので、
一仕事終えた気持ちで、ゆっくり過ごしていました。

初詣に行くまでは、仕事をし残したような気持ちで
落ち着かないというのは、不思議ですね。
習慣として沁みついているのかもしれません。


さて、今日は、年末に読んだメルマガから、
おもしろいお話があったのでご紹介します。

それは、元ホステスさんを積極的に採用している
ハイヤー会社のお話。

不況でホステスさんたちがリストラされていることを知った
ハイヤー会社が、「元ホステスさん歓迎」と添えて
ドライバーを募集しているのだそうです。

ホステスさんがハイヤーのドライバー?

普通なら結びつけて考えることのない職業ですが、
実は、「経験スキル(接客)+未経験・未活用のスキル(運転)」を
活かしたキャリアチェンジの見事な例ですよね。

接客のプロであるホステスさんなら、
究極のサービスを提供できるのではないかと考えた
ハイヤー会社の副社長さんの発想がすばらしい。

実際に、お客様の評判も上々のようです。

詳しい記事は、excite.ニュースで。http://bit.ly/gM5OpK

これまでの経験を活かし、スキルはあるけれど未経験の仕事に
思い切ってチャレンジしてみると、新しい活躍の場が待っている
かもしれませんよ!


最終更新日  2011年01月04日 10時18分03秒
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2010年12月24日

「自分自身を裏切るな」、「シンプルになれ」と叱咤され
[ 今日のこの人 ]    


メルマガ「ビジネス交換日記2010」連動
━━━━━━━━━━━━━━━━━

◇インタビュー 経営コンサルタント 須藤 峻 さん(27歳)

 ~自走する力が鍵になる。
新たな時代をいかにして創り上げていくのか、
そこにどうやって自身の力を投じていけるのか

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

最近仕事を通じて知り合った須藤さんとは、ご挨拶だけでゆっくり
お話ししたことすらありませんでした。哲学に造詣が深い方と伺って
いましたが、今回はその造詣の深さやこれまでの波乱の社会人生活
についてお話を伺いました。


【山】 独立して経営コンサルタントをしていらっしゃるんですね。

【須】 現在は、3名体制でコンサルティングの会社を経営しており、
ミッション経営導入やブランディング等を行っています。独立に至る
過程をお話しようと思うのですが、そこには僕が生まれ育った背景が
大きく影響していると思いますので、そこからお話させて頂きます。

僕は、祖父母、母が画家という家に生まれました。絵描きという人種は、
社会制度の内部に組み込まれていない、アウトサイダー的存在です。

彼らは、社会や文明を外部から観察するという視座に立ち続けており、
生まれた時からそのような環境の中で育った僕が、大学で文化人類学や
社会学、哲学を学んだのは自然の流れでした。


在学中の就職活動では、デザイン事務所やコピーライターを目指すものの
上手くいかず、1年間の就職浪人を経験します。
今思えば、親、そして芸術家という生き方を肯定するあまり、
一般的な職業を少なからず軽んじていたのでしょう。その想いが、
チャンスつぶしていたように思います。

揺れる気持ちの中で開始した2年目の就職活動は
どうにか成功に終わります。


その要因は、まずは「働く」ということに気持ちが向いたこと、
社会人が夢中になっているビジネスという“ゲーム”がどんなものか
知りたいという気持ちが芽生えたこと、そして、まだ道が残されていた、
良い大学を出て、一流の企業に勤め、人生の成功者になるという
成功物語にすがったという側面もあったと思います。

幸い、売り手市場の時期でもありコンサルティングファームに
就職することができました。ところが、最初に携わった仕事で、
もう会社がいけてない、こういう仕事は全然向いていないと
感じてしまったんです。


【山】 それは、クライアントですか? それとも、自分の会社ですか?

【須】両方ですね。

ゲンナリしたものの、お給料をもらっているのだから、その責務を
果たそうという意識は強かったので、毎日一生懸命に仕事をしました。

結果、その仕事ぶりが評価されて、重要プロジェクトに抜擢されたのです。
その時点で入社して3ヶ月しか経っていなかったのですが、
3年目の社員としての客先常駐生活が始まりました。

コンサルタントとしての専門知識も客先の業界知識もほとんどない
状態でしたから、お客さんに「○○できる?」と聞かれたら
とりあえず全て「はい!」と答えてゼロから調べる。

上司は、忙しくて、僕の仕事の管理はほとんどできない状況だったので、
毎日がつま先立ちして綱渡りするような日々でした。



【山】 3年目の社員として派遣する会社も会社ですが、
そのような環境で仕事をしていた須藤さんがすごいですね。
普通の新入社員なら、退職しているところですよ。

【須】知識も経験もないので、「自力」で切り抜けるしかないんですよ。

自分のコミュニケーションスキル、キャラクター、思考力、知識、洞察力・・・
なりふり構わず全ての力を総動員して一日一日をこなしていく。本当に必死でした。

そんな状況にもかかわらず、仕事を続けられた理由の3割は、「自力」が
どこまで通用するか試してみたいと言う気持ちでした。残りの7割は、
お客さんが自分を信頼してくれて、また、感謝してくれることがうれしく、
その期待に沿いたいと切に感じたことです。

その様な状況だったので、プロジェクトを無事終えた時は、本当にほっとしました。

得たものはたくさんありましたが、未経験の事柄を進めていく方法論が感覚として
わかったのは大きかったです。どうしたら“全くわからないものがわかるように
なる”のか、つまり「わかる仕方」が理解できたということです。


その後、長短のプロジェクトを経験したのですが、
そんなある日、某会社からヘッドハンティングを受けます。

元々会社の方針と自身の方向性の違いを感じていたこと、より必要とされる
場所で働きたいと考えたことなどから、転職する方向性で動いていたのですが、
その話がもつれてしまい、結局声をかけて頂いた会社への転職は諦めざるを
えませんでした。自社に残るわけにもいきませんでしたし、
転職先が決まらぬまま退職を決めます。


それから、半年くらいは仕事もなく、だれからも必要とされず、
どこにも所属していないという時期を過ごしました。

宙ぶらりんの日々の中で、自分の存在意義や将来の方向性について
毎日考えていました。

悩んだ挙句、友人と3名で会社の設立に動きます。
設立後、ある老舗食品メーカーのブランド構築の仕事を頂き、
また、並行して他にもいくつか仕事を行っています。


振り返れば、本当に多くを学んだ1年でした。
僕の生涯でも大きな意味を持つ日々だったと思います。

今改めて、コンサルティングという仕事の意義や面白み、
やりがいを感じていますし、案件の内容が、まさに“ビジネスとは何か”、
“企業とは何か”と言った内容を考える仕事だったのも縁を感じています。
仕事のために哲学書を読む日が来るとは思ってもいませんでした。

この1年はまた、内面における成長を実感する1年でもありました。
例えば、虚栄心の克服はその一つと言えると思います。



【山】 それまでは虚栄心があったのですか?

【須】「人がうらやむ人生設計、かっこいい生き方」、という選択肢が
まだ残っている状況の中にいたので、 やはり、そういった自己像への
未練があったと思います。

ひとつの転機は、6月ごろからHさん(注.私たちの共通の知人)の
会社の朝礼に参加させていただくようになったことです。
Hさんに「君は本当に薄っぺらだね」と言われたことを良く覚えています。

「作為を捨てろ」、「自分自身を裏切るな」、「シンプルになれ」と
叱咤される日々の中で、少なからずあった自信は解体していきました。

その中で虚栄心もゆっくりとほどけていったのです。

正直なところ、自分の弱さや汚さと向き合うのは苦しかった。
しかし、Hさんの発言が正しいという確信が僕にはあった。
なぜなら、それは僕が“知っていて実現できていないこと”だったからです。

それからの数カ月は、ありのままの自分を肯定するという在り方を徹底し、
自分自身と向き合う日々でした。あの時、声をかけていただかなかったら
今の僕はないと思います。Hさんには本当に感謝しています。



【山】 普通なら長い時間をかけて経験したり、気づいたりすることを、
須藤さんは短期間に凝縮して体験されたわけですが、
今、何かを突き抜けたところから、突き抜けられずに悩んでいる若者に
アドバイスいただけませんか?

【須】そうですね。

“自分を変えていく力”を涵養することだと思います。
それは自走する力とも言い換えられるかもしれません。

“自分を変える”というのは、新しい情報や考え方を論理の体系である
精神に取り込み自分の思想全体を変えていくという作業です。


僕は、人の精神は樹木の様なものだと思っています。
根っこから枝葉まで一貫し、矛盾のない一つの哲学でできている木立です。

桜は根も葉も桜、椿はどこを切っても椿です。桜から松が芽吹いたり、
木蓮が咲いたりするのはおかしい。それは“不自然”です。
知識や理論におきかえて表現すれば、それは血肉化されていない
“借り物”の知識だということです。

単に、新しい知識を“とっかえひっかえ”しているだけでは、
生き方は変わらない。それは、枯木に切り花を飾って、
咲いているように見せかけているようなものです。
樹木とのつながりがなければ、すぐに花は枯れてしまいます。

一貫した理論体系としての自己の精神、すなわち樹木を育めば、
根が吸い込んだ新たな情報や考え方という栄養を枝葉にまで
いきわたらせることができる。新しい栄養によって、価値観、現実認識、
行動パターンを含む樹木全体を変化させることができるのです。


しかし、この一貫した論理体系の構築という作業は簡単ではありません。
それは、徹底的な自己との対話を必要とします。

自身の欲望や行動、考え方や信念、信仰心や感情、理論や知識、
その全てを意識化し、一貫した自分へと構築するのは時間のかかる、
忍耐のいる作業ですし、きっとゴールはない。

それでも“自分を変える”、“突き抜ける”ためには、
この作業を地道に続けていくしかないのだと思います。



【山】 少し話は変わりますが、今の若い人たちは、何に悩んでいるんでしょうね。

【須】僕の年齢をはさんで前後5年くらいの世代は、自己実現が最大善であると
教育されてきた世代なんです。

自己実現をありのままの自分でいられる状態、自分のわがままが100%
認められることと誤って理解しているため、自己実現ができない場所にいると、
ここは自分の居場所じゃないと感じてしまう。居場所じゃないどころか、
そこから脱出することが義務なのだとさえ考えてしまう。

だから、転職を考えるし、世界放浪に出てしまうし、アーティスト
(100%の自己表現者)になってしまう。

一方で、企業側は、労働力をコストと考え、
人を使い捨てにする傾向が強まってきました。
この内外からの圧力のなかで、若者は苦しんでいるわけです。


また、思想史的な視点で若者の苦しみを語るのであれば、苦しみの根源は、
正しさの喪失だと思います。我々の親の世代、もう少し上の世代までは、
少なくとも信じられる正義がありました。

それは、男らしさや女らしさ、家族や親族の血縁関係、伝統行事に始まり、
正しい人生プラン、正しい日本人像、そして経済成長という物語です。

しかし、ここ10年ほどで、それらはほとんど消滅してしまいました。
このように、常識や正義、汎用的な社会的な価値観が消えてしまった状況を、
哲学では“大きな物語の喪失”と呼んでいます。


現代日本は、生き方のロールモデルがなくなり、何を目指し、誰を目指し、
何のために生きるのかといった問いの答えがなくなってしまった時代です。

労働という環境においても、労働する理由がわからなくなってしまったので、
悶々とせざるを得ない。何故、こんなところで働かなくてはならないのだろう、と。



【山】 社会制度や価値観は、人間が作ったものですから、間尺に合わなくなることは
あっても、命ある人間という点からの正義や倫理は変わらずにあると思うのですが。

【須】正義や倫理とは異なるかもしれませんが、“正しさ”や“信じられるもの”の
対象としてクローズアップされてきているのが“身体”です。

身体性への回帰は今後ますます高まっていくでしょう。ヨガや古武術、
ダンスやオーガニック、デトックス、代替医療等の流行は、その表れでしょう。

現代という時代は社会的な価値観の転換期、過渡期であり、
最も混乱が表面化する時代だと感じています。
故に、ポジティブな現象もネガティブな現象も極大化する。


しかし、僕はある種楽観的です。

自分自身もその渦中にあるひとりとして、自分も含め若い世代が
これからの新しい時代のライフモデルを見つけていけると信じています。

僕は、新たな時代をいかにして創り上げていくのか、そこにどうやって
自身の力を投じていけるのかを今まさに探しているところです。


【山】 興味深いお話をありがとうございました。






最終更新日  2010年12月24日 09時01分07秒
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2010年12月19日

死ぬ前に生きていなかった
[ 今日の話題 ]    


今年度、高野山大学の「いのちのセミナー」を受講しています。
6回シリーズで、5回目の12月19日は、こころに深い傷を
負っている若者の支援をしている今城良瑞(りょうずい)先生
森崎雅好先生のお話でした。

今城先生のお話は、いじめや虐待など過酷な環境のなかで
リストカットや自殺未遂、薬物の過剰摂取、暴力などによって
心のバランスを維持しようとしている非常につらい内容でした。


その中で、改めて生きることについて考えさせられた
印象的なフレーズをご紹介します。

▼退屈だと感じられる幸せ

家族からの虐待によってPTSDと診断された若者が、
回復していく過程で、ふと自分が退屈していることに気づき、
その幸せをかみしめたというエピソード。こころ休まる時間が
持てなかったそれまでの生活がしのばれます。

▼死にたい、死にたいと言ってきたが、
死ぬ前に生きてこなかったことに気づいた

自殺念慮のある人が、生と死を考えるワークショップに
参加したときの感想。「余命3カ月と診断されたとき、
残された時間をどう過ごしますか?」という問いに、
多くの方は、家族や友人と静かに暮らす、
思い出の場所を訪れるなどと考えるといいますが、
その方は、何も思い浮かばず
頭が真っ白になったのだそうです。

平凡であることの幸せを改めて感じ、
死ぬ前に自分の命を充分生ききろうと思いました。


最終更新日  2010年12月21日 09時36分37秒
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2010年12月01日

崖は、一度登りはじめたら降りられない。 by 林真理子さん
[ 今日のこの人 ]    

NHK「スタジオパークからこんにちは」、
今日のゲストは、作家の林真理子さんだったんですね。

作家としての仕事に、講演やインタビューの仕事、
母親業、さらに余暇時間の活動。

アウトプットから想像すると、相当いそがしいことが想像できる
林真理子さんに、住吉美紀さんが質問しました。

「そんなにやって疲れませんか?
 なにが活動の原動力なんですか?」


林真理子さん答えて曰く、

「あまりほめられたことがなかったので、
人からほめられたいのかもしれませんね。

そこに山があると知って、
一度崖を登り始めてしまったら、
平地で楽しそうにしている人たちが見えても、
降りられない。

登り続けるしかないんです。

だから、あなたもがんばんなさい。
あら、わたしもおばさんぽいこと言うわね。」

ランチをしながら、見るともなく見ていたので、
記憶が少々あいまいですが、だいたいそんなお話でした。


確確かに、崖は登り始めたら、途中で嫌になっても、
降りるより登る続ける方が、まだ簡単かもしれません。



林真理子さんは、平地で楽しそうにしている人たちは
山があることを知らないと言っていましたが、
私はそうとも限らないと思いました。

知らない人もいるでしょう。
知っていて登らない人も、意外と多いかもしれません。

苦労するより、楽しんだ方がよいという考え方も、悪くはありません。



崖を登る人生もあり
(崖の上では登った人にしか見えない景色が見えることでしょう!)、

平地で楽しく遊ぶ人生もあり
(崖にチャレンジした人には見えない景色が見えることでしょう!)。


トライアスロンにチャレンジするもよし、
マラソンもよし、
ウォーキングもよし。

山があっても谷があっても直進するもよし、
山や谷を迂回していくもよし。

目的地までの速さを競うもよし、
仲間と道中を楽しむもよし。

体力に合わせて、
価値観に合わせて、
進み方は選べばいいんじゃないでしょうか。

少なくとも、前に進もうとしてさえいれば、
と思いました。


最終更新日  2010年12月01日 20時57分58秒
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2010年11月25日

【インタビュー】 生きることが働くこと。
[ 今日のこの人 ]    


メルマガ「ビジネス交換日記2010」連動記事



大学時代の友人、大和田瑞穂さんへのインタビュー記事です。
親しい友人と改まって、働くとは、生きるとは、などという
話をする機会はほとんどありませんので、
メルマガの取材にかこつけて、深いお話を伺うことができ、
こんなに素敵な方だったのかとあらためて感じ入っています。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

◇ インタビュー
 
 コピーライター・プランナー 大和田 瑞穂さん
 
 ~ 職業 大和田瑞穂。生きることが働くこと。 ~

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

---- 先日お会いしたとき、75までは仕事をして、100まで生きようと
   思うっておっしゃっていましたね?

 
20代のころは、容色衰えて長生きするより、50歳くらいで
死んでもいいかなと思っていたんです。生意気でしたね。

今、50になってみると、まだまだやりたいことがあるので、
100まで生きようと(笑)

日野原重明先生(99歳)のように
自分を活かしきる生き方が素敵だと思います。

75歳まで働くと言ったのは、だいたい周りを見ても、
75歳までは体が元気で働けるのではないかと思ったからで、
100まで元気で働き続けることが目標です。

 
自営業には、雇用されている人のような定年退職はないから、
現役と現役じゃない違いが、私にはわからない。
職業が、大和田瑞穂という感じです。

生きていることが、すなわち働いていること、仕事をしていること
という意識ですね。

うちがサラリーマンの家庭ではなかったので、家族が働く姿を見て、
自然とこういう考えが培われたかもしれませんね。
 
 
 
---- 生きていることが、働いていること、ですか。わたしなんかは、
   生きている中には、そうとうグータラしている時間が含まれて
   いますが(笑)、具体的にはどういうことですか?
 
 
コピーライター、プランナーとして広告をつくる他、iPhone/iPadアプリの開発や
WEBサイトの編集、ライターとしての仕事もやっています。
それらは、収入をえるための仕事でもあって、発注者の存在が
前提にありますね。

これから高齢者向けのビジネスが増えれば、60、70になっても
私にできる「伝える仕事」はずっとあるでしょうし、発注してもらえる
自分でいたい。

 
それとは別に、収入を得ないけれどライフワークとしての活動にも
ずっと取り組んでいきたいと考えています。

心身が健康で幸せに生きるための活動として、これまでに
ダンスセラピー、カラーセラピー、そのほかにもワークショップなどを
お手伝いしてきましたが、それらを統合した形でやっていければと
思っています。

そもそも、大学で心理学を専攻したもの、メンタルケアをやりたかった
からなんですよ。身の回りに不眠やうつで苦しんでいる人がいたので、
自分に何ができるのか、何かできる人になりたいと思いました。


会社勤めなら仕事が時間で区切られているかもしれませんが、
私は人生全部が自分の時間であり、社会に接し、その中で生きている
自分は、仕事をしている自分です。

そして、ささやかでも人の役に立てることは、すべて仕事だと思っています。
 

 
---- 若者の中には、やりたいことがみつからないという人もいますが、
   どうしたらやりたいことが見つかりますか?

 
私の場合は、やりたいことが先にあるという感じです。
見聞きする中でおもしろそうだと思うことに出会ったら、自分で調べて、
できそうならトライしてみる。

あるいは、自分が何かここで役に立てるかもしれないと思えば、
その活動や仕事に参加したいと思う。

おもしろそうだと思うことを実際にやってみると、本当に楽しいし、
充実しています。

やりたいことが見つからないというのは、どういう状態なんでしょうね。
 
 

---- 周囲から認められそうなことや自分ができそうなことという
   枠の中には、やりたいことがない、ということかもしれません。
 

私もOLを辞めて、コピーライターになろうとした時、家族から
反対されましたよ。自分でもその才能があるかどうか不安でした。

でも、何とかなる、何とかする、と思いました。失敗しても死ぬわけじゃ
ないし(笑)、健康でありさえすれば、何をやっても生きていけますから。

なにか新しいことにチャレンジするときには「根拠のない確信が大切」と
よく言われますが、根拠のない確信には、それまで生きてきたなにか、
言葉では説明できない裏付けがあるはずです。

たとえば、体が喜んだら自分にとってよいこと、進むべき道だったり、
逆に、ざわざわしたらよくないことだったり。
ひとつの判断材料にはなるかしら。
 
 
それから、枠の中にいる人を外にだすには、枠の外の人が、
おもしろいことをささやいてあげることも有効かもしれませんね。

自分でも、多様な生き方、働き方を体験してみたらよいと思います。
いきなり本格的に関わることは難しいので、まず人に会って話を聞いたり、
現場を体験したりして世界を広げていけば、無理なく新しいことに
取り組めるようになるのではないでしょうか。

ひとつの物差しだけにこだわらず、
物差しを換えるといろいろ見えてくると思います。

どこかで読んだフレーズですが、「世界は予めそこにあるのではない。
自分が目を向けたほうに世界は開ける」と……。
本当にその通りだと実感しています。
 
 

---- 最後にメッセージをいただけますか?

 
「人は幸せになるために生まれてきた」とはダライ・ラマ猊下の言葉ですが、
ブータンが、国民総生産(GNP)ではなく国民総幸福度(GHP)を
基準にしているように、私は、人は幸せになるために働いていると
考えています。

幸せの定義や実感が多様化している今だからこそ、
物やお金と同様に、幸せも交換できるのだと思います。
 
たとえば、仕事のない若者が農家を手伝って、
そのお礼においしいご飯をふるまってもらえば、
若者と農家が幸せの交換をしていると考えられるでしょう。
 
 
 
やりたいことがみつからない、仕事がつまらないと思っている方は、
今ご自分がとらわれている枠を思い切って飛び出して、自分の世界を開いて、
幸せに生き、働けるようになっていただきたいと願っています。


最終更新日  2010年11月25日 23時14分34秒
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2010年11月24日

懐かしい未来から、まだ見ぬ新しい未来へ。
[ 今日の話題 ]    


11月15日(月)、ソーシャルエナジーカフェ主催の
映画「懐かしい未来」の鑑賞会に行ってきました。


簡単にまとめてしまうと、
ラダックというヒマラヤ西部の美しく豊かな地域が、
近代的な貨幣経済が導入されるにつれて、汚染や犯罪が増え、
伝統社会が壊れていく様子を描いた映画です。

自然と調和した暮らしの美しさと汚れた町への移行は、
映像だからこそ、際立った対比を見せつけています。

伝統社会がいかに豊かだったかは、
春から秋にかけて、人々が助け合いながら農作業し収穫した後、
冬は労働から解放され、祭りや祝い事に興じる様として
描かれています。

一方、貨幣経済に動かされる人々については、
都会にあこがれ、自分たちの貧しさを意識し、
貧富の格差も広がっている様子が描かれています。



中でも印象的だったのが、学校教育によって、
子供たちが伝統的な生きる知恵・文化から引き離され、
近代的な貨幣経済に適応するように教育されながら、
就職するときに選ばれるのはその中の1割であること。

選ばれなかった残りの9割は、地域社会に戻ることもできず、
行き場を失ってしまうという現実です。

今の日本も同じ状況ではないかと思いました。
しかし、日本では、大卒就職率が、史上最低とはいいながら、57.6%。
それが1割とは、いかにラダックにおける社会的な変化が急激なのかを
示す数字の1つではないかと思います。



非常に胸が痛む現実ですが、私は社会的進化の過程として
ラダックは現状を甘受しするしかないと考えています。

それには2つの理由があって、
まず、ラダックは近代経済社会に対抗しうる
政治力、財政力、軍事力を持たないだろうこと
(したがって、貨幣経済の影響を自力では排除できない)。

そして、生物的な進化と同様に、社会的進化も
不可逆的であり、先に進むためには特定のプロセスを
飛ばすことはできないだろうと考えるからです。

「懐かしい」未来とは、私たちにとってはいつか来た道だからですね。
日本を含む先進諸国は、発展途上国のモデルともなる
人々の幸せを実現できる進化した新しい社会制度を
つくり上げる産みの苦しみを今も続けていると思っています。

また、ラダック自身が、自ら経験した痛みを踏まえて
次の新しい形を考えていくしかないだろうと思うのです。

ブータンが志向する国民総幸福度という価値観が
もしかしたら新しい答えのヒントになるのかもしれません。


今、ここに生きる、私たち一人一人が、
選択していくものの先にしか未来は形作られない。
苦痛を経験してこそ考えられる未来もあると思うのです。


最終更新日  2010年11月24日 13時31分07秒
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2010年11月22日

自分の価値観の変化に気づくとき
[ 今日の話題 ]    


メルマガ「ビジネス交換日記」読者の方から、
感想をいただきましたので、紹介します。

メルマガでは、私が、以前はおもしろいと思っていた
講演会が、なぜ最近はつまらなくなったんだろうか、
ということについて、自分なりに考えてご紹介しています。

http://bit.ly/9JdNCP



<読者の方からのメール(抜粋)>  

知識と行動のバランスでは、自分は就職活動の際は
行動過多で、知識を整理する時間が足りなかった気がします。

またインプットとアウトプットのバランスでは
日常生活では確実にアウトプットが少ない気がします。

自分は言葉にしたり説明したりするのが苦手な方ですから、
アウトプットの機会をもっと設けることで知識が整理されていき、
より効果的な行動に結びつけられる気がします。


良いと思っていたものがそうでなくなる変化、
それを実感する時は不思議な感じがしますが、
その理由を考えることで、自分の視点や、求めているもの、
価値観などに気付く事が出来る機会になるのかなと思いました!


<ここまでです>

良いと思っていたものがそうでなくなる変化によって、
自分の価値観などの変化に気付く事が出来るというのは、
なるほど、そうだなと思いました。

おそらく、私も「その」講演会のシリーズを卒業して、
新しい学びの場へ進む時期にきているのかもしれません。

ご感想、ありがとうございました!


最終更新日  2010年11月25日 22時55分12秒
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2010年11月09日

これって、同じ仕事の説明ですか? と思えるほど、人によって仕事の意味が違うんですね。ADさんの場合。
[ 今日の話題 ]    


きのう、3人のアシスタント・ディレクターさん(現役、経験者)の
お話を聞いて、あるいは、以前、ADさんの転職相談にのったときの
ことも思いだして、考えたことがあります。

それは、同じことをやっていても、
意味づけが違えば、仕事のやりがいや魅力も
まったく違ってくるということです。


たとえば、

理不尽なことを言われて寝る時間もないような仕事、なのか、
自分の頭の中にあることを形にする仕事、なのか、
情報収集と整理の仕事、なのか、
人と人を結びつける仕事、なのか、
あらゆる矛盾を解決する仕事、なのか?

おそらく、上の説明を聞いた人は、
まさか同じ仕事の説明だとは思わないでしょう。



仕事の精神性について説明する古典的なお話。

泥をこねているのか、
レンガをつくっているのか、
教会をつくっているのか、
人々の心のよりどころをつくっているのか、

という話を、改めて思いだしました。



若い人たちに仕事の喜び、働く喜びを伝えるには、
まず、大人が仕事にどのような意味を見出し、
どのような姿勢で仕事に取り組んでいるのか、
ということが問われているように思います。


最終更新日  2010年11月09日 23時54分12秒
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2010年11月08日

ADとは、あらゆる矛盾を解決する仕事。その魅力。
[ 今日のこの人 ]    


「映像制作アシスタント養成科」という職業訓練コースの中の
求職活動に関する講座を仲間とふたりで担当させていただくことになり、
講座の企画に先立って、ADという仕事のやりがいについて、
お話をうかがってきました。

以前インタリストのお客様にもADさんがいらしたので、
具体的な仕事内容をまったく知らないわけではありませんでした。

でも、転職しようとしている方のお話と、ADとしての仕事にやりがいを
感じている方のお話では違いがあるだろうと予想してでかけていきました。


お話をうかがって、予想以上!
若くて体力さえあれば、私もADやってみたい、
と本当に思ったのでした。


熱く語ってくださった3人の現役または経験者の方々が
共通しておっしゃったのは、
ADができれば、他のどんな仕事でもできる、ということ。

(それだけ、タフでハードな仕事ということですよね。)

求められるスキルは、人間関係力やコミュニケーション力、
問題解決力、先を読んで動く力(気働き)。



印象的だったのは、

「(ディレクターから要求される)あらゆる矛盾を解決する仕事。
絶対にこびない(という自負と誇りを持って仕事をしている)。
生き残ったやつらは、自分の夢に純粋だったんだ。」

「(ディレクターと取材先という人と人を丁寧に)つなげてあげる仕事。
しかも、間に入ったことによって(番組の)価値を高める存在。」

というお話。

かっこ内は、やまかわ補足です。


おお、カッコイイ!




ディレクターが良い作品を作るために
ADがしなければいけない事前準備、情報収集、現場での臨機応変な働きなど、
ご苦労は半端ないという感じでしたが、それを真剣にやりとげるからこそ、
ドキュメンタリー作品に力がやどるのだとか。



ちなみに、ADの仕事の楽しみは、

様々な人とあっていろいろな話を聞けること、
普通では行かないところへ行けること。

海外を見て世界観が変わり、当たり前だと思っていた
日本の良さを見直したというADさんもいらっしゃいました。



どんな人が向いているかといえば、

労働時間の不規則さや多さに耐えられる体力と、
上昇志向や悔しさをばねにした強烈な精神力と、
矛盾や理不尽な要求を解決できる柔軟性があり、
制作の現場が好きな人、

ということが、伺ったお話を総合するとわかりました。



ADを極めた時のキャリアパスとしては、
ディレクターになる、
優秀なADになる、という2つの道があるそうです。

オリジナリティの有無が道をわけるそうです。


そのいずれにもなれずに(ならずに)、
キャリアチェンジをする人も多いわけですが、
ADとして大きな仕事を経験して、海外で活躍しているも多いとか。




大変な仕事だと思っていましたが、
大変さの向こうに、とてつもないやりがいがある
魅力的な仕事だとわかりました。



ちなみに、求職中の方で、
「映像制作アシスタント養成科」コースにご関心のある方は、
アジアヴォックス(tel 03-5292-2342)へお問い合わせください。

募集 11月15日まで
選考日 11月17日(水)
選考方法 面接
訓練期間 2010年12月13日~2011年3月11日
実施場所 東京都新宿区高田馬場


最終更新日  2010年11月08日 22時28分23秒
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2010年11月01日

才能は生まれつきではない?

 
茂木健一郎さんの『脳が変わる生き方』を読みました。

その中で、ガウスという数学者が数学を志したきっかけとなった
エピソードが紹介されています。

だいたい、以下のような話なんですが、

小学校1年生の時、先生が楽をしようとして
「1から100までを足しておけ」と生徒に課題をだしました。

ガウスは、「1+100」「2+99」・・・「50+51」と考え、
101×50=5050と即答した、というのです。

そして、先生にほめられたことが、数学をもっと勉強したいという
動機付けになったとさ、というお話。


茂木さんは、先生がもし授業をさぼろうとして
そういう課題を出さなければ、ガウスが数学に
目覚めることはなかったのだから、

才能は生まれつきというよりも、誰でもが能力(脳力)を
発揮する機会を得て、それを伸ばす努力さえすれば、
才能を伸ばせるといいたいようなのです。


才能は環境の中で育まれることには賛成ですが、
同じ課題を出された他の生徒は、
ガウスのような解法を思い付かなかったという点にも
注目する必要はあると思います。

すでに生まれもった才能の差がでていると思うんですよね。


才能は生まれつきだけど、
残念ながら、開花させることができない場合もある、
ということはできるでしょう。


だれでもが、ガウスになれるわけではありませんが、
自分の中にある才能に早く気づいて、伸ばしていくことは
大切ですよね。

子供なら、周囲の大人が気づいて伸ばしていけるような働きかけを、
大人なら、自分で気づいて、伸ばす努力をしたいですね!
 


最終更新日  2010年11月01日 23時24分37秒
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