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ヨシュア2002の日記 [全329件]
面白いことで、研究すると多分いろいろと出てくると思うけれども、右翼と左翼の間を行ったり来たりすることは、かなり頻繁に観られるのではないだろうか。日本でもお隣の「お国」でも。「お国」 こういう人物は現代日本でもよくいるものだ。宗教的な献身性が要求されるにもかかわらず、左翼なのか右翼なのかなんだか訳のわからない佐藤優という人物も、わたしのなかではそうみえてしまう。彼の本は読んでみたけれども、立ち位置がつかめない。キリスト教界の『福音と世界』でも連載を書いたり、『世界』や、その逆の言論誌にも彼は登場する。 いちいちフォローはしていないし、、個人的な経験では、面白くないことも彼には味会わされてもいるのであまり多くを語る気はない。 同窓のよしみで、彼の裁判には一応エールを送るつもりではいた。残念な結果が既に出ているのでどうしようもないことではある。 それはさておき、文鮮明が皇国青年だったということや、共産主義シンパだったことは、分析すると、偽装された彼のバイオグラフィのなかで充分に伺えることは、このブログの過去ログのなかでも若干触れてきた。がしかし、共産主義シンパであった可能性については、まだ充分な論証はしてきていない。彼が有罪判決を受けたときの裁判の様子、また興南刑務所での様子で、いくつか推認できるのだが、画像ファイルを用意する時間が持てないので、別の機会にゆずる。 思い出すまま、書き留めてみると、文鮮明が最初にアメリカに入国する際には、アメリカ政府は文の入国を一度は拒否したと聞いている。(内部にいたころの情報) というのは、やはり越北が、時代状況的に、共産主義への親和性を疑われ、米国政府の観測では共産主義者として認定されていたからであろう。 そのとき、米国政府との間に入って、「説得」をしたのが久保木修己だった。彼はWACL日本支部長として、WACL創始者としての文鮮明を強調し、断じて共産主義者ではない「反共主義者」であると保証したのある。その実績をもって米国政府を納得させ、渡米が許可されたということであった。 1970年代の日本統一協会の「摂理」は、WACL,APACLに動員するということが大目標であり、WACL,APACL日本大会(日本武道館)動員成功が777双たちの時代の「勝利」目標であった。その動員実績をもって、日本では右翼勢力の糾合、新宗教右翼勢力への渉外、実力の誇示(特に立正佼成会)を目論んだ。久保木を幕末の坂本龍馬の再来と、摂理的同時性の理論で位置付け、薩摩長州の連合を果たす土佐の位置に統一協会がみなされていた。 有名な本栖湖での秘密会議で、世界反共連盟の創設が決まり、日本の右翼と世界の反共勢力が手を組むことになる。文はその実績作りをしなければならない、それが大会成功の動員数誇示であった。その実績がものをいい、過去の共産主義同調者という汚点を清算するのである。 1960年1月になって、当然、反共に運動の展開を指示したという李相軒(憲)の証言もあるが、それ以前から36家庭に何組も入っている韓国情報部のエージェントの存在は、朴政権との政治的取引や、米国への韓国ロビー活動を展開していった。これらの事実はフレーザー委員会の報告書に実態が詳述されている。つまり統一協会は朴軍事独裁政権の海外での走狗として、民間における反共軍事同盟の宣伝工作をしていたのである。 話は飛ぶが、宿敵であった筈の北朝鮮の金日成と手を組む裏には、過去の北での非行行為による有罪判決という事実を、国家の圧力によってもみ消し、証拠隠滅を図るということも当然あったであろう。 ソ連軍の若い将校にすぎなかった青年が伝説的な将軍に成り変わり、有力な指導者たちを粛正してゆく時代の証言をソ連軍指導者たちは回顧して、韓国でも出版されるなどして、そのカラクリはかなり判明してきている。嘘がいつのまにか既成事実にすりかわるキテレツな歴史をつくりだす名人たちがこの世には存在する。 そこで、ユニテリアンさんの証言に期待したい。 公開された旧共産圏機密ファイルのみならず、文鮮明が〈アカ〉であった点は所々に見え隠れする。これはぜひとも、わたしたちも知りたいところなので、なんとかその写真を公表していただけまいか。これが公開されれば、彼が、右に左に、自己の経歴を偽りながら、世界を欺き倒して、民衆を騙してきたことの有力な証拠の一つになる。
崩壊する統一協会の原点を探る “抗日活動家”も僭称する文は、1941年4月から1943年9月にかけて日本の早稲田大学付属高等工学校(夜間)に通っているが、日本帝国主義が朝鮮(韓)民族に強制した「創氏改名」に応じ“江本龍明”を名乗っている。 もちろん、名だたる朝鮮(韓国)の独立運動家に、民族の魂と称すべき氏を捨てるような恥知らずの輩などいない。 とくに、朝鮮日報社の社長で日本の支配に対し果敢に抵抗し、解放後は進駐ソ連軍にも屈せず1950年10月平壌で殺害されたソウ勉植(1883~1950)、神社参拝を拒否して検挙、1949年4月惨殺された平壌の長老派教会牧師の朱基徹(1897~1944)、独立運動に加わり両親を射殺され、自身も拷問の末虐殺されたメソジスト派の女学生柳寛順(1902~20)らキリスト教信者の愛国者たちは、民族独立烈士として讃えられている。
負い目を持つ「対日協力者」文鮮明は、そこで「日本留学時代に度々警察に連行」などと吹聴するのだが、そんな事実は見当たらない。 文は、名もなきただの「一皇国青年」にすぎなかったのだ。1945年8月の日本軍国主義敗北は、その文にとってよほどショックだったようだ。1946年6月文はソ連軍占領下の平壌に「自進越北」しているが、これこそ軍国青年・江本龍明が大日本帝国崩壊の精神的空白を埋めるべく、ソ連の独裁者“ヨシフ・スターリン”ことヨシフ・ジュガシビリ(1878~1953)に傾倒していった事実を、自ずと暴露したものだろう。
因みに、このグルジア生まれのスターリンは、農業強制集団化に伴い実施された「集団(合同)結婚」の生みの親でもある。アラブ〜モンゴル〜トルコ〜イランといった異教徒・異民族支配を経験したグルジア民族にとって元々、集団結婚は強制同化政策への抵抗を示すリトアル(宗教儀式)でもあったが、元グルジア正教会神学生のスターリンはこれを独裁専制支配の道具として全ロシアに導入したのである。後に、ナチスドイツやイスラム原理主義集団「ハマス」もこのソ連の集団結婚を模倣しているから、カルトがかったファナティック名全体主義勢力は総じてこの種のセレモニーがお気に入りのようだ。 だが、文が「自由の地」と夢見たソ連軍支配下の北朝鮮は、決して甘くなかった。いくらスターリン礼賛を繰り返しても邪険視され、それどころか性犯罪を引き起こし1946年8月と1948年2月に逮捕されたのである。1950年10月に韓国軍に〈解放〉されたが、以降は「北朝鮮出身の元アカ」という経歴を買われ韓国軍諜報部の協力員となる。 このとき、軍側の連絡将校だったのが朴普煕(1930~)である。そして、文と同じく「解放者」などとスターリンに淡い幻想を抱きながら破れ南に逃亡、警察医となるのが、咸鏡道出身の李相軒(1914~97)。「勝共理論」をまとめ、死亡後もなお文が「霊界と交信」したがってやまない統一協会最大のイデオローグだ。 そもそも、ソ連の支援を受けた北朝鮮軍に郷里を奪われた平安道出身者は、1948年3月から1957年末までの済州島民虐殺事件(四・三事件。五万人以上死亡)を引き起こしたように、左翼殺戮では〈定評〉があった。それゆえ、朝鮮戦争(韓国動乱)停戦後に文は、元日本軍国青年・元スターリン信奉者としての異才を遺憾なく発揮する。
文が「世界基督教統一神霊協会」(統一協会:UC)をソウルで結成したのは1954年5月1日、メーデー、国際労働運動の〈聖日〉である。 また、統一協会の傘下団体である「世界反共連盟」(WACL、1966年。1994年「世界自由民主連盟」:WLFDと改称)、「世界平和教授アカデミー」(PWPA、1973年)、「全国大学連合原理研究会」(W・CARP、1984年)、「世界女性平和連合」(WFWP、1992年)、「天宙平和連合」(UPF、2005年。旧「世界平和超宗教超国家連合」)はそれぞれ、コミンフォルム(共産党労働者党情報局:CIB、1947年。1919年創立のコミンテルン=共産主義インターナショナル:CIを改組)、科学と世界諸問題会議(パグウォッシュ会議。1957年)、世界民主青年連盟(WFDY、1945年)および国際学生連盟(IUS、1946年)、国際民主婦人(女性)連盟(WIDF、1945年)、世界平和評議会(WPC、1950年)といった、共産党系もしくは左派系国際組織からのパクリだ。 そもそも、統一協会という名称さえ、「ユニバーサル基督教統一教会」と邦訳された、キリスト教系進歩派運動のユニテリアン教会(UC。18世紀に教派形成)からの盗用である。 ユニテリアンは国際自由宗教連盟(IARF、1900年)を創立したが、ご丁寧なことに統一協会などは「国際自由宗教連合」(ICRF、1984年)なる組織まで結成しているのだから、呆れるばかりだ。 さらに興味深いのは、台湾で創立されたWACL を支えた面々だ。韓国の軍事独裁者朴正煕(1917~79)は日本の陸軍士官学校で学び日帝の傀儡「満州国」軍中尉“高木正雄”として敗戦を迎え、戦後は南朝鮮労働党(共産党)に加わった経歴を持つ。文鮮明とウマが合うのも当然だ。 台湾の蒋経国(1910~88)はモスクワ留学時代に中国共産党に入党し、ソ連人女性と結婚。 文、朴、蒋の指南役だった“反共の鉄人”こと谷正綱(1901~93)も、やはりソ連留学組なのだから、WACLには「転向アカ」が勢揃い。 かつての共産主義運動は「無謬論」「唯一前衛党論」などに基づいた、強烈な思想性や強固な組織性で結ばれていただけに、転向者には挫折・屈折感から極端な反動として妄想・妄言に走る者も珍しくない。 若き日には共産主義思想とスターリンに共鳴していた、反ユダヤ主義宣伝屋の太田龍(1930~2009)、石原慎太郎(1932~)現東京都知事、藤岡信勝(1943~)拓大教授らは、その典型だろう。「左翼転向者は群がりたがる」のが性(さが)だが、文鮮明の世界反共運動組織はまさにその溜まり場だったのである。 だから、統一協会の「原理講論」第五章(とくに第三節)などは、少しでも史的唯物論などに接したことのある者には「読み易い」と感じられるのも当然だ。他の反共カルト教団の荒唐無稽な世界観とは異なり、スターリン流思想もプンプン漂うニュアンスを散りばめているからだ。勿論、統一協会は単に、「アカ」の思想を吸い込んだだけではない。朝鮮(韓)民族は外勢に侵略・支配された苦難の歴史を経験しているがゆえ、抑圧された民族に顕著な、ウルトラナショナリズムや神秘主義(とくにシャーマニズム)の影響も著しい。この両者はいわば「亡国史観」というメダルの表裏両面であって、実際には同質・同根の「恨み辛み思想」であると見做すことができよう。「思想混乱」「分派抗争」「民族主義偏向」などを理由として、1928年にコミンテルンから支部資格を取り消された朝鮮(韓国)共産党は、統一協会という歪んだ形で「再興」を果たしたのかもしれない。
ユニテリアンさんからの投稿です。 わたしたちがほとんど知り得なかった情報ですので再掲させていただきます。
日曜日には、来談者があって、学びたいとのことでしたので、いい機会だと思い、文鮮明の自叙伝を読むことにしました。 リクエストで、202ページから207ページあたりを一緒に読んだのですが、終始、大笑いでした。時間がないので、詳述しませんが、録音したので、そうですね。どこかで聴けるようにしてもいいけど・・・。 とにかく楽しい勉強会でした。
サンタくんへ
批判があるなら、自分の素性を明らかにして、筋道をたて、誰にでも納得できる証拠をあげて、してくれたまえ。まともな批判には、わたしはいつでも胸襟を開いて聴く用意はある。しかし、言い放しの中傷は、統一協会の責任を問う。容赦はしない。 具体的に言えば、逮捕されているのは統一協会信者である。
印鑑嫌いさんから、以下のようなサイトがあると情報をいただきました。 感謝。でも伏せ字が多いですね。 古田元男氏の問題は、朝日新聞社から情報をいただいたことがあり、不正に入手していた不動産の登記簿コピーをいただきました。 統一協会にその事実を通報して、「きちんと処理するように」と言い添えたことがあります。 確かに登記簿には名古屋鳴海区とあったかと記憶しています。
http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Kaigan/8586/6shoko.html 〜幹部の不正蓄財について〜 |一覧| |
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