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おもいでばなし…9…


ふわふわり1


『「ゆうれい」と呼ばれていた』


8年前に出会ったひとりの男の子のお話。

駆け出しの指導員の私は
毎日があっという間に過ぎる日々。

けれど充実していた。
子どもたちがかわいくて仕方なかった。

春が過ぎて…
夏もどうにか過ぎるころ
ひとりの男の子の行動が気になり始める。

無気力…なにもかもが投げやりで
意見が衝突したときすぐ諦めて身をひく…
それでいていつもイライラしているようで
でも訳を聞いてもヘラヘラと笑っているばかり…

そんな風に気づいた時に
「そんな子だったかな…」とそれまでの印象が正直なかった。

夏が終わって
まわりの子どもたちからは「ゆうれい」と呼ばれていた。

  …なにかおかしい。

短期間のうちに体のあちらこちらに傷をつくった。
とうとう一晩のうちに
泣き枯らしたのであろう…つぶれた声と
明らかに打たれて赤く青くはれた目でやってきた男の子。

  …何かが起きたに違いない。

父も母も
それぞれと話をすると彼のことをすごく心配していたし
まさかそんなことが…でも
彼の家庭からは母がいなくなっていた。

「ゆうれい」と呼ばれていた彼は
一転して
彼にふれる者に対して
常に刃を剥き出しにしたように
攻撃的な目を向け始める。
ひとたび逆鱗に触れると相手に対して容赦がなかった。

できる限り彼の傍に寄り添う。

   何も云えなかった時
   笑っているしかなかったんだね…
   でも
   こころの中ではいつも叫んでいたんだよね。
   我慢しないで云えばいいんだよ。
   今ならちゃんと聞いてあげるから。

母がいなくなって
その生活にも慣れた頃…

何かが吹っ切れたように
彼の尖った牙は次第に見られなくなっていった。

「捨てられた」という感覚が
またもや彼を無気力にするのかと危惧した。

彼との3年間の生活も
残りの時間はあと僅か…

彼の1年後、3年後…
そしてもっと歳が重なり
一番辛かったこの数年のことを
彼はどんな風に思い返すのかと考えていた。

そんな日々の中で
彼の帰り道につきあう日が何度かあった。

その道程は
つかず離れずの微妙な距離間。
彼に伝えたいと想っていた気持ちを
ひたすら話しながら歩いた。

彼は少し面倒臭そうな表情はするものの
決して無視することはなく
りっこの少し前をいつも歩く。
返事は「へへへ」と鼻で笑ってはいたけれど
りっこの言葉にちゃんと耳だけは傾けてくれていた。

そして話の最後に、ひとつの「約束」をお願いした。

  …いつか好きな人ができて
   その人と結婚する日がきたら
   もし、りっこのことを覚えていてくれたなら
   その約束の日に招待して欲しい。

彼はやっと振り向いて云った。

  …きっと忘れるから。

そう云う彼の顔は
とても良い笑顔であったのでホッとした。

この約束が果たされる日がくるかどうかはわからない。

あれから…
もう5年の月日が流れていたのだなぁ。

そう、ふと想い出した記憶のなかの

灯り続ける小さな約束。



…おわり。



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