なぜか、投票行って天ざるなの
「写真は神田・藪でお配りした手拭い。粋ですね〜」ちょっと面白い話を新聞で見つけたので、軽くご紹介。『とがった言葉でなくても』今回の参議院選挙前、ツイッター画面には護憲派の熱い言葉が並んだ。安倍政権にこれ以上、議席を与えると大変なことになる、だから投票にいこう、と。微力でも声をあげなければというせっぱ詰まった気配がどの言葉にも宿っていた。しかし結果はご存じの通り。今回の選挙を戦う中、ツイッターで多くの人が引用した歌詞がある。モーニング娘の2001年のヒット曲「ザ☆ピ~ス!」の中で「選挙の日ってウチじゃなぜか投票行って外食するんだ」という一節。サビでもないのに、今も生きている言葉だといえる。十年以上前の歌なのに、この一節が大勢の口をついて出たのは、そういう口調で選挙というものを取り扱いたいという気持ちが誰しもあったということだ。投票日を「選挙の日」と呼ぶ感覚や「外食」と結びつけてカジュアルな営みに真面目さのスパイスを利かせているところがまずは印象的だ。重く考えず『レジャーのついでくらいの気楽さで投票しようよ!』がすごくカッコいい。ウチの家族が仲が良い(外食する)ことと、社会にコミットしている(投票する)ことの両立が描かれ、主人公はそれに対し「いい」「悪い」ではなくて「不思議」と感じている。棒の先をとがらせるのではない、吸盤で吸い付く矢のような楽しさで我々の心に何かを残した。そうだ、とがった言葉でなくても、まだできる言葉の工夫はある☆「朝日新聞・夕刊(末端時評)より抜粋&編集しました」で、ここからが本題。そういえば、私が若いころから、ずっーと、選挙の日は一族郎党?打ち揃い、投票が済んだら近所のお蕎麦屋さんで「ざるそば」なの。ざるそばだけじゃ、ご馳走感がないせいか、なぜか、みんなで「天ざる」を頼んで、もちろん、お酒が飲める人は お銚子付きで。飲めない人は蕎麦湯を楽しみにして。だし巻玉子や板わさがある店もあったりして。だから投票は、ちょっと早めの夕方にして、大人たちは出口調査の話やらで盛り上がる。池波正太郎が愛した蕎麦屋の風情‥ 『初冬の、鴨なんばんが出始めるころの、平日の午後の浅草に行き、ちょっと客足が途絶えた時間の並木の「藪」の入れ込みにすわって、ゆっくりと酒を飲む気分はたまらなくよい』とあって、憧れの蕎麦屋の風情とは、ちょっと違うが、母が生きていた頃の「選挙の日」は、あれはあれで楽しかった。そして、池波正太郎をまねして、蕎麦屋の帰りは必ずお饅頭を買って家に戻った。神田「竹むらの揚げまんじゅう」とはいかなかったが、私が引っ越し先でまずやることは、旨い蕎麦屋とお土産にしたいと思う和菓子を探すことになっていた‥。今月ラストの日曜日、東京都の知事選があるようだ。私は神奈川県民だから、投票&お蕎麦屋さんの愉しみはないけれど、都民の皆さんは、投票&何か美味しいモノの企画が楽しめるんだ~、いいな~