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昨日の夕方、外出中に携帯電話が鳴った。 何気なく携帯の画面を確かめもなく携帯に出た。
「こちらは◎◆苑ですが・・・」 兼ねてより母の特養の入所申請をしていた施設からだった。 今年のお正月早々に入所のお電話を頂き、先般入所決定の連絡がないと ひと悶着した問題の施設です。
「特養の空きが出来ました。つきましてはお母さまの入所を来週中には お迎えに上がりたいと思います。 入所のお気持ちに変わりがないかの確認のお電話をさせて頂きました」
「入所希望に変わりはありません。 母はもう在宅での生活に限界が来ていますし・・・」 と返事をしたがとっさに一抹の不安が頭をよぎり言葉となって出た。 「前回のお電話を頂いた時に数名の方に連絡をされて居られるとは知らず 悠長に構えて待機して結局入所を逃してしまいましたが 今回もその様な数名の方に入所通知をされ、 書類提出が早いもの順で決まるのでしょうか?。 もし、そうであるならどのような段取りで動けばいいのか提出期限などを 詳しくお聞かせください」と少々きり口上での質問となってしまった。
「前回のことではこちらの不手際で大変失礼を致しました。 こちらとしましても、次回はお母さまを最優先とし入所の段取りをさせて 頂こうと考えていました。 つきましてはお母さまの入所の確認を確かめてからその上で 他の方に連絡としていますのでご安心ください」とご丁寧な回答だった。
その方はこの施設の見学に兄と一緒に出かけ対応して下さった方であった。 この方なら間違いはない筈と安堵し、お話を進めて頂くことにしました。
来週、早々に母の現在の体調や様子を確認する為の面接があり 入所のお迎えとなるそうです。
母と同居して13年目。 特養の申込をして3年、3回目の正直で入所決定となりました。
昨夜は眠れぬ夜となりました。 母が居なくなること、 すでに在宅での生活は困難となっていて判っているのに 最後まで家で過ごして貰えなくなったこと これからのこと 今までお世話になったデイやショートステイの施設、 特養の申請をして入所の為のショートステイを利用させて頂いた施設への思い、 色んな形でいつも母だけではなく、家族までも守り支えて下さった施設、職員の方々。 その中にあってその時その時迅速にかつ的確に動いて下さったケアマネさん。 そんな事を考えていると眠れなく朝を迎えてしまった。
今日、母は一週間のショートを終えて帰宅します。 新しい施設での生活をこれから馴染んでいかなければとあしげく通ったが この施設ともお別れとなってしまいました。 申し訳なく思います。
母がお世話になる特養も自転車で通える範囲にあります。 朝に、夕にと時間が許せる限り、母と過ごす時間をたっぷりとって 母が穏やかに元気で過ごせるように見守り支えて行きたいと思います。
詩 篇 第37章 5節 「あなたの道を主にゆだねよ。 主に信頼せよ、主はそれをなしとげ、 あなたの義を光のように明らかにし、 あなたの正しいことを真昼のように明らかにされる」
今日は朝から用事があって外出。 母の施設のお昼のお世話に行けず、夕食のお世話だけになりました。
どうしようかなぁ~ どうしようかなぁ~ 言ってお願いしてみようかなぁ~。 危ないから無理ですって言われるのかなぁ~。
前回のお試しの時から 「車椅子で一日過ごす」と言う事が ずっと頭から抜けなくて心に引っかかっていた。
今回、母のお世話に出向くようになり施設の中が判るようになった。 母と同じような感じであまり歩けない利用者の方が居られた。 歳は母より少しお若い方のようだが・・・。 その方は車椅子ではなく、トイレも食事のテーブルへの誘導等、 移動は職員の方が手を取って誘導されていた。 「出来るんだ・・・」
それを見て、 昨日母の部屋で寛いでいると職員の方が母の事を色々尋ねに来られた。 フロアでお世話をされている時は声をかけるのもはばかる感じで ぐっと堪えていたが今がチャンス・・・と母の車椅子の事を切り出した。
「あのぉ~。 母はショートステイを利用するとずっと車椅子のようで 全く歩く事を忘れてしまって帰ってきます。 我が家の居宅は2階なので階段の上り下りや歩く事が出来なくなっています。 母には立って歩くことが恐怖となり凄い力で拒否します。 その為にも車椅子ではなく、手引き歩行をさせて頂けないでしょうか?」 恐る恐る聞いてみた。 「あっ いいですよ。 それではこれからは車椅子を止め、手引き歩行をしましょう」 いとも簡単に、即効で返事が返ってきた。 言って良かった・・・。 モヤモヤが吹っ飛んだ。
夕方外出から帰り、お昼のお世話にいけなかったので施設に飛んで行った。 食事の時間前で皆さんがそろそろテーブルにつかれている。 母も・・・定位置に 車椅子ではなくイスにちょこんと座っていた。
「お母さん、来たよ。」 「そろそろ食事の時間だけどちょっと涼しい所へ行こうよ。 自転車飛ばして来たから暑くて・・・」 そう言って母の手を取りイスから立たせて歩かせた。
素晴らしい!! 母はリズムを取りながら調子よく歩いてくれる。 フロア内を行ったり来たりを楽しんだ。
勇気を出して言って良かった。 「おシッコに行きたい」もまだ健在だった。 母の言葉に慌ててトイレに駆け込んだが間に合わなかったが。 それでもいい。
頓珍漢なお話だけど一生懸命お話してくれる。 表情も豊かで落ち着いている。
お母さん、 後、2日頑張ってね。
母は家の近くの特養のショートステイ滞在5日目。 変わりなく元気に日々を過ごしてくれている。
昼食と夕食の時間を見計らって母のお世話に施設に出向いている。 自転車で15分程の施設はやはり気軽に出向けるのでありがたい。 そして、長姉や次姉が新しい施設の見学を兼ねて日を変えお世話に来てくれた。
母は変わりなく過ごしている様子だが私はちょっぴり戸惑いを隠せません。 施設の対象利用者さんの違いもあるが施設の中の様子が判らない事もあり 職員の方の動きや対応がつかめなくて。 今までのショートステイの施設が長かった事もあってすっかり馴染んでしまって 今回の施設になかなか受け入れが出来ないでいる。 まだ2回目のショートでは日が浅いので当たり前だよね。
今回の施設では職員の方が黙々と作業を個々にこなして居られる。 その様子や動線を見ているとこちらは息がつまりそうになる。 施設の受け入れ態勢から違うので余計なのだろう。 今までの施設は 「元気で歩ける人対象」 今回の施設は 「ターミナルケアまで対象」 要介護5であってもそれは全く異質のもので職員の負担はかなりの差であることは 一目瞭然。 明らかに大変なお仕事をされていると、ため息が出る程である。
頭の中が混乱している。 どう整理し、これからの母の施設での生活を受け止め支えていけばいいのか。 慣れるまで少々時間がかかりそう。
でも、こうして毎日通う中でプロの介護の仕方を学ぶ事が多い。 ベッドへの寝かせ方、車椅子への座らせ方等々。 軽々とされて身体を痛めないし、介護される人にとっても負担がない。 「さすがプロ」と感嘆する事多しである。
新しい施設でのショートステイが今日から一週間。 お試しショートが終わって、今回から面会が許された。 母を送り出し、急いで家の片づけを済ませてお昼の食事の介添えに出かけた。 どんな様子で母は過ごしているのだろうと少し心配していたが 母は全く素知らぬ顔で溶け込んでいた。 認知症が進み、ありがたい事に 母には最早周りの状況が判らなくなってしまっているのだろう。 そんな母を見ながら、やっと母が楽になって過ごせる日が来たのだとしみじみ思う。 「早く、この苦しみから母を解放してあげて下さい」とどれだけ祈っただろう。 何処に居ても穏やかな母で居られることの証だろう。
ショートステイの施設はここで2ヶ所目となる。 私は初めての施設で、どんな様子なのかとワクワクドキドキです。 母の食事のお世話をしながら施設によって違うものだなと色々観察する。
これまで利用させてもらっているショートの施設は 認知症の方で元気で歩ける人対象の特養なので今回の施設とは全く様子が違う。 色んな方が居られ、それぞれがテーブルに着き、配膳を待つ。 崩れ落ちそうに眠ってしまって居られる方、全く判らない方、配膳が待ちきれない方々、 「どうするんだろう」 「どうなるんだろう」と見ていたら・・・ 「は~い、皆さん こんにちは。 お昼の食事の前に体操をいたしましょう」 身体ほぐしから、発声の練習。 「はい、おおきく腕をのばしましょう」 「首をまわして、右回し、はい、左まわし」 殆どの方は知らん顔。 でも一生懸命にされる方を見ているとついつい顔がほころびます。 身体をほぐし、口を滑らかにして食事を食べやすくする為なのだろうか??? それが済むと今度は 「はい、皆さん今日の献立は・・・・」と説明をされます。 そして、 「いただきます」 と一斉に食事が始まった。
母のフロアには30名弱の方が居られるだろうか、職員の方も5~6人は居られる。 職員の方があっちのテーブル、こっちのテーブルと動きっぱなしです。 この動線は何なんだろう??? しかも声かけが少ない。 ミキサー食の方、一人では食べられないんじゃないの?と思っていたら スプーンを持たされると何とか口に運ばれているが口の周りはミキサー食でいっぱい。 一口食べると手がお留守になって進まない。 職員の方が寄ってきて口に運ぶが上手く口が開かず半分以上が口からもれ 口の周りに又いっぱい食事がついている。 「わぁ~。 気持ち悪いだろうなぁ~」 どうしよう・・・拭いてあげたいなぁ~。 でも余計な手出しは職員の方に失礼だし返って気を使わせる。 見て見ぬふり。 昼食の介添えをし、一旦家に。 夕方5時からの夕食の介添えに又施設に出向いた。
昼食時と同じように体操が始まり、献立の説明があって食事が始まりました。 昼食の時とは又様子が違っていた。 昼間全く食べなかった人が職員の方に色々言われて食べて居られた。 「◎▽さん、食べて」 「大きな口開けないと食べられないよ」 メリハリのある大きな声の職員の方が食事の介添えをされている。 「もう、私は死にます」と◎▽さん。 「死ねへん!」 職員の方。 耳がダンボの私、思わず噴出した。
「アリがくるねん」 「アリなんかおらん!、そんなん言わんと食べて!」 食事をお口に入れてもらったのか、「ありがとう」と◎▽さんが言っている。 この職員の方、ちょっと口が厳しい。 食事の後片づけをされている時に利用者さんがトレーをつかみそれがひっくり返った。 「あぁぁ~ 何するん。 そんなんせんといて!」と本気になって?叱ってられた。 居るよなぁ~。 こんな人。 どこにでも一人は居る。 そんな人が又居なくてはならない存在だから不思議と受け入れられるのではないか? と勝手に解釈するりよえり。 この方がそばに来ると利用者さんシャキッとするみたい。 この◎▽さんも昼間は誰に言われても食事を食べようとされなかったのに 夕食はこの職員さんがつきっきり、何だかかんだ言われながらちゃんと答えておられた。 口は厳しいが動作にスキがない? キャスターのついた事務イスに座ってテーブルを右往左往されるのに目を見張った。 (私も家で遊んでいるキャスター付きのイスを使おう
母はどうした事か、すごい食欲で一人で殆ど完食。 私の存在など知らぬ顔で食べている。 母が一人でお箸を持って食事する姿を見るのは久しぶりです。
今までお世話になっていた施設は歩けなくなってきているので卒業です。 母は来月からその準備を踏まえて家の近くの特養2ヶ所にショートに行く事になります。 家の近くの施設はとても気軽に出向けます。 時間があればいつでも自転車で覗きに行けることが利点です。
施設によって色々と違い、とても勉強になります。 母がすんなり施設に溶け込んでくれている事も 母に対して余計な心配をせず、母が気持ちよく過ごせるように 施設での生活を見守って行きたいと思える要因となりました。 歩けなくなってトイレや階段の上り下りなど怖がって歩きません。 車にも乗れなくなり今までのショートの施設への送迎ももう無理のようです。 家の近くなら車椅子のままで乗れる送迎車で来られます。 母の生活を早急に変えてあげないといけない時が来たようです。 ショートを繋ぎ繋ぎしながらの特養待ち。 なまじ、歩けなくなって帰って来る母も可愛そうな気がします。 何とかしないと・・・。 母と一緒に私も歩もう。
![]() 久しぶりです。 母が お茶碗を持って こんな風に 食事をするのを見るのは・・・。 何だか うれしくなっちゃった。 いつもはお子ちゃまプレートだから。
1週間のショートを無事終えて元気に帰って来た母。 すっかり歩くの忘れてる。
「お母さん、着いたよ。 降りるからね」 車から降りません。 「お母さん、上がって」 玄関に入ってくれたけど、足を上げる動作が出来ません。 やっとの思いで玄関を上がり、階段を上がらせた(???) 「お母さん、えらい。えらい。 頑張って上がれたね」 足がうまく運べません。歩くのさえも怖いのか踏ん張って フローリングを滑るようにしてしまいます。 泣きたくなる。 「あぁぁ~ ショートに行くとすっかり忘れちゃう」 「参ったなぁ~」 大転子部の褥瘡が赤くなってかなり目立つようになってきている。 体位交換もあまり効き目がなくなっている。 横になっている時間が多くなってきているので仕方ない。
母の動作、一つひとつにもう体力勝負の日々。 ショートがあるから私にとっては休める身体だが。
今日は早速、デイに戻りましたが・・・ちょっと身体が変。 「お母さん、階段上がってね」 「そう、そう、上手に上がれたねぇ~」 すこ~し、足の動きを思い出してくれた母。 けど、どうも身体が斜めになってる。 椅子に座っても真っ直ぐの体勢がとれてない。 血圧も低め、体温も低め。 今まで、140前後が常だったのに今100前後。 体温も36度を切る時が多い。 近々診察日がある。 それまで様子を見よう。
「お母さん、もうすぐ100歳よ。 頑張ろうね」 そう言ったら 「無理・・・」って言ったけど 判って返事をしてくれた?
母は デイで過ごした方がいいのかな? 家に帰って 怖い思いをするならば 施設で過ごす方が楽なのかな???
お母さんごめんね。 判ってあげられなくて。
いつも利用させてもらっている施設へ母はショートに出かけました。 今回は前半、後半と分けずまとめて日程を組みました。 ずっと体調も崩さず元気にデイに通う日々を過ごしてくれていたので 施設へもご機嫌でスタートを切りました。 ショートの前に内科の診察も済ませ主治医の先生も母の元気に驚いておられました。 ただ、血圧が100ちょっとに下がっているのが気になります。 いつもなら140前後なのに。微熱を良く出していたのに 体温も36度にかからない時があって 「いいのかなぁ~」と首をかしげていましたが 要観察です。 午後から 「認知症家族の会」の月例会。 母の昼食介助をしてから同じ敷地内にある建物に出向きました。 今回は母の主治医の先生が講師です。
「世間で認められる認知症の誤解とサプリメントについて」 大阪市立弘済院付属病院 神経科精神科医 : 河原田洋二郎先生
◆ 本屋さんに行くと認知症関連の書籍がいっぱい置いてありますが 誤解を与えやすいタイトルの本も置いてあります。 「認知症は治せる」 「認知症は水で治せる」 「重度認知症をハーブエキスで治す」 「医者も知らない直せる認知症」 ★ * 甲状腺機能亢進症 * 肝性脳症 * 電解質異常(Na、Ca) * せん妄 ・ うつ病 「認知症は手術で治す」 ★ * 慢性硬膜下血腫・・・血腫除去手術 * 正常圧水頭症・・・・・脳室シャント手術 医者も えっ?と思うようなタイトルでかなり強烈に目に飛び込んできます。 水で直せたら、ハーブエキスで直せたら・・・医者は苦労しません。 ただ、「手術で治す」と言う所には認知症と似た症状(見当織障害、記憶障害)を 引き起こす病気があり、その治療や手術をする事によってその症状が消失し あたかも認知症が治ったと思われるケースもあるので早期発見、早期治療が 重要なポイントになる。 (★印の下の病気等は認知症と似た症状が出る) ◆ 漢方やサプリメントについて 医者によって見解は異なるかも知れませんが個人的に普通に偏りなく 食事を摂取していれば頼る必要はないと思う。 TV等で 「抑肝散」が紹介された時外来で処方して下さいとお願いされる方が 沢山居られました。 TVの反響は凄いものがあり、それに左右される方が沢山居られることに 驚いています。 あまり惑わされないように。 (TVで「認知症」の事が出てくると情報を流し合って観ている私ですが・・・) 「抑肝散」 * 虚弱体質で神経が高ぶるものの症状に効果があるとされ本来なら 小児向けの処方だが量を調整すれば成人に服用も可。 * 近年の研究から、進行した「アルツハイマー型認知症」で起こる 妄想、不穏、興奮等の抑制にも効能があるとされている。 * 副作用・・・発疹、発赤、かゆみ、食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等 低カリウム血症(だるい、手足に力が入らない引きつる、しびれる) 「サプリメント」 * 基本的に高い。 * 国がお薬と認可していないので効果は期待出来ないのでお勧めはしない。
レジュメに沿って先生の講義は終わりました。 私も母がアリセプトに拒否反応を示した時、「抑肝散」はどうか?と相談した一人でした。 お薬嫌いな私はサプリメントは高いこともあり、興味全くなしなので先生と同意見でした。 その後、質問や何か相談事はありませんか?の時間。 周りを見渡すとかなり知らない方が増えていました。 この病院の外来の患者数は全国2位だそうです。頷けます。 家族会では 同じ立場の方々の生の声が聞ける事は本当に励みになり、頑張ろうと力がもらえます。 それに、何より先生方がより一層の正しい知識を噛み砕き説明され安心をもらえます。 前回の家族会で、来られなかった方々や家族会を一層充実したものにする為に チラシ等を作ってご案内をして行こうと病院の先生方から提案があり 家族会の中でご協力頂ける方と一緒に進めて行く事になりました。 こんなに先生方が一生懸命家族会に力を入れて下さって居られるのに 何としても病院の閉鎖を何とか継続に持って行きたいものだと思いました。
最後にこの病院が閉鎖になる事を大阪市のHPの中で検案として掲載されているので 意見書を出して下さいと家族会の方から発言がありました。 5月29日までだから一人でも多くの方が 「無くさないでほしい」と強く訴え 大阪市に理解して貰えるよう意見書を出しましょうと話されました。 署名に続き、一人でも多くの方がHPにアクセスし、大阪市に閉鎖しないでと 意見書の提出をして貰えたら嬉しいです。
大阪市のHP http://www.city.osaka.lg.jp/ から 市民の方へ 暮らしの相談 をクリックし、左見出しの中から 「行政に関する意見募集(パブリック・コメント)へ進んでください。 PDF用紙をダウンロードしメールに添付するかFAXでお願いします。
今月もこのような家族会を今後も継続してもらえるよう そして、このような家族会がもっともっと増えるよう願って 私たちは進んで働きかけたいと強く意識した家族会でした。
「母の日」にちょっとしたサプライズがありました。 バイクのお友達が所属されている吹奏楽団の演奏会にご招待頂きました。 去年からアルトサックスを始めたりよえり。 是非に・・・と思ったのですが生憎母の在宅日。 どうしようか・・・と姉に相談したら 「いつもあなたばかりが我慢して何処にも行かないから行っておいで。 丁度「母の日」にお母さんのお世話もさせてもらえるし・・・」 そう言って快く返事をくれた。 朝からケーキを焼いて母のお世話にやって来てくれた長姉。 「ゆっくりしておいで」 の姉の言葉に送られて久しぶりに演奏会を楽しんできました。 やっぱり生演奏は素敵でした。 吹奏楽の演奏会は始めてだったので感激もひとしおでした。
母と同居して母の生活を優先するのが当たり前とやって来たが 最近、ふと自分の年齢に考えさせられることがある。 何事にも「生涯現役」と自分では思っていたが、 全てに当てはまることではないなの思いが頭をもたげる。 今しか出来ないこともあることに少々たじろいている自分がいる。 その 「今しか出来ないこと」 を前にして断念している自分に時々 「それでいいの?」とささやくもう一人の自分。 今まで、母優先の生活に何とも思わなかったし、考えも及ばなかった。 兄姉妹や周りの人々に 「あなたの人生もあるって事を考えて。 自分の人生大事にして」と言われた時 「母を看送ってからでいい・・・」と出来る事だけをすればいいと思っていたのに。 「今しか出来ない」ことがある事に出くわすようになり (それもりよえり自身がそれなりに年齢を重ねてきているからだろう)はたと考える。 肉体的な事、体力的な事、根気等がやはり年々若い時のようには行かないことがある。 今更ながら 「あなた自身の人生考えなさいよ・・・」 がこの事だったのか?
ゆったりとした時間を与えられ素晴らしい音楽を聞かせてもらった帰り道。 電車に揺られながら、今まで過ごして来た生活が頭の中で走ってく。 母の事も、自分の事ももう一度考えてみよう。
往路では 「今日は母のお通じがある日。 私のお留守の時にびっくりするだろうな・・・」 「お昼ご飯を食べた後、ちゃんとお昼ねしてるかな?」 色んな母の事が気になっていたのに 復路では全く違った事を考えている自分におかしくなった。 ま、頭の中をクリアにしてリフレッシュした事は事実です。 電車を降りて、早足で買い物を済ませ、家路に着きました。 長姉と3人で 「母の日」のお祝いをしました。
母である 自分それぞれに
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お母さんありがとう そして みんなありがとう。
1泊2日のお試しショートを終えて母が帰ってきました。 「お母さん、お帰りなさい」 車椅子に乗ったまま車から降ろされる母に声をかけたが表情はありません。 車椅子から降りて歩かせるが不安定。 それでも何とか2階に上がり、テーブルに着く。 いつもの夕食の時間を過ぎての帰宅だったので即夕食となった。 夕食後すぐに母はウトウト。 7時前にベッドに入って眠ってしまいました。
見知らぬ環境の中で過ごし母なりに緊張して帰ってきたのだろう。 「ゆっくり休んでね」の言葉かけにいつもなら「ありがとう」が返ってくるが 目を閉じたままだった。
デイサービス、ショートステイの施設を3ヶ所と利用させて貰った。 デイサービスとショートステイ(特養)では内容が全く違うのでそれは仕方ないとしても 今回考えさせられた。 今回の施設は特養の入所を申し込んでの施設だったのでショートは重要な鍵となる。 一日中車椅子に座って過すかベッドで横になるかだった。 母はやっぱり歩く事が不安定になって帰ってきた。 トイレに連れて行こうと立たせるが膝を曲げてしまって座り込もうとして歩かない。 家の生活と施設の生活のギャップが大きすぎる。 いずれ歩けなくなって車椅子の生活になり、寝たきりになるのだろうが これではなまじ家に帰って来ることは大変な労力になってしまう。 日中はソファーや椅子に座って過ごすのではなく、車椅子に座らせたままの生活。 デイや他のショートでは車椅子に座りっぱなしはない。
次に排便後の処理に驚かされた。 就寝時にトイレに連れて行きパットを外すと十分に拭き取られていなかった為 パットが汚れている。 紙でお尻や前を拭くとしっかり汚れがついてくる。 この不始末では膀胱炎になっても仕方ない。 そして、身体を見ると赤くなってしまっている。 失便後、最後に洗浄や蒸しタオルで拭かれていない事が顕著である。 蒸しタオルで拭くとこれまたしっかり便が付着する。 デイではこのような事がなく、失便の時はいつも洗浄して下さっていたし いつものショートでも排便後は蒸しタオルで拭いて居られた。 パットが汚れていた事は一度もない。
その施設、施設によって色々違いがあるし、一長一短があることも心得る。 施設選びは本当に難しい。家庭で過ごすようには行かないことも心得る。 しかし・・・これから先を考えると少々心が重い。 目をつぶらなければならない事なのか?
家で看てあげられない事がとても申し訳なく思います。 母が心地よい生活を送ってもらえるよう一つずつ整えて行こうと思います。
新たに特養を申し込んだ施設。 施設に慣れる為にも職員との相性を見る為にもと言われ ショートステイを組み入れて貰った。 5月からそれを実施する事になって今日から母は「お試しショート」です。
お迎えがいつもより少々ゆっくりなので朝の起床もゆっくりにしました。 いつものように検温し、着替えを済ませて食事なのですが どうしたことか何だか動きが鈍いです。 「今日はいつもと違う?」を感じているのでしょうか??? 着替えをしてもうなだれています。 そしてそのまま崩れるように又横になってしまいます。 何とか食事を済ませお迎えまでの時間を待ちました。 すぐに目を閉じ、眠ってしまうのでベッドに横にならせるとすっかりおネムモード。 「今日は無理なのかな?」 「検温したけど熱はなさそうだし・・・」色々母の様子をチェック。
お迎えのチャイムが鳴って外へ出る。 母はいつもと違うお迎えの車の事もいつもと違う職員の方の事も判らないまま 車椅子ごと車に乗って出かけました。 認知症で何も判っていなくてもちゃんと母は判っていると思います。 施設に行って、初めての場所で知らない人ばかりと言うことは。 母は緊張して1泊2日を過ごして帰って来るだろうと予想がつきます。 「面会は施設に慣れるまで控えてください」と言われているので母も私も辛抱です。 お試しが済んだら次は1週間の予定です。 今利用しているショートの施設から移行するための準備でもあります。 新しい施設に慣れるまで健康管理もしっかり見守らなければと思っています。
お母さん もうおやすみですか? ゆっくり休んでくださいね。
※ ※ ※ 四方山話 ※ ※ ※
その1 「病院の待合で」
込み合った待合の椅子。 老夫婦が空いた席に座ろうと 狭い通路を割って入って来られた。 殿方は杖をつかれ足元もおぼつかない様子で歩幅も僅か。 「お父さん、大丈夫? もう少し頑張って」と ご婦人は声をかけながら 空いた席までを励ましておられる。 やっとの思いでたどり着かれたご様子。 「お父さん、ここよ。座って」と言うや否や 「トイレに行きたくなった!」 「えっ?!」 「そこでしといて!」(と聞こえたが・・・) (判るんですよね・・・その意味が何を意味するか) ご婦人はそ知らぬ顔で 「お父さん、上着を脱ぎましょう」と言いながら上着を脱がされた。 トイレの気持ちを上着に向けられた殿方。 その後はトイレのトの字も言われなかった。
目線は本に向いたままだったが その一部始終を 耳はしっかりだんぼになって聞いていたりよえり。 「あるある・・・こう言う時ってあるのよね。 苦労して何かをしてホッとしたらいきなり「トイレ!」って。 小さい子供なら 「もぉ~」とか何とか言いながら ひょいと抱えてトイレに駆け込むが 大きな大人。 それもやっとここまで連れて来たのに・・・が。 リハパンを履かない人間には 「もういいやん。そこでしたら?」ってつい思っちゃうのよね。 思い出してもその様子がおかしくて。 笑っちゃいけない。 ごめんなさい。
その2 「リハパン」は使えるの?
「ちょっとりよえり、お母さんのリハパンちょうだい」 友人が富士登山へ行くと言う。 「途中でトイレに行きたくなったら困るから」 「それ履いていたら心配ないかと」 「はぁ~??? これって判っている人が出来るん???」 「さぁ~???」 友人はくっくっくっと笑ってリハパンを持って帰った。
後日 「あかんわ。認識してる人は出来ません」 だった。 「そんなん、当たり前やん!」
りよえりの「リハパン」よもやま話 お粗末でした。 お後がよろしいようで・・・
一週間のショートを無事過ごし元気に帰ってきました。 それは昨日のこと。
少々、おネムモードでショートをスタートした母。 私は風邪を引くし、施設でも風邪がまだ蔓延している状態だった。 どちらで過ごしても体調を崩すのは致し方ない。少々迷ったが 私が風邪気味で母に風邪をうつす事はさて置き、 体力的に無理だと判断した私は施設で過ごして貰う事を選んだ。 お迎えの連絡があったらその時はその時。今暫し休ませて貰おうと思った。 心配して過ごしたが、母は強かった。 お迎えに行くと職員の方に車椅子に乗せられて降りてきた。 「昼食が済んだところでウトウト始められたところです」 「お母さん、お家へ帰りましょう」 しっかり目を開け私を見るその笑顔は何とも言えないいい表情をしている。 「あらぁ~」 私の声かけに車椅子から降り車に乗り換えた。不思議なくらい何事もスムーズに。 母の滞在中の申し送りや様子等を聞いて母が穏やかに過ごさせて貰った事が 伝わってくる。 本当にお世話になりました。 職員の方にご挨拶をし、見送られ施設を後にしました。 乗るや否や母は爆睡にSwitching お昼のお迎えは正解だった。 帰ってからも母はベッドに直行。 夕食を済ませてもすぐに目を閉じおネムの様子。 まだ眠り足りない? 早々に就寝の支度にとりかかった。 「お母さん、眠たいね。 もう休みましょう。 その前にトイレに行って・・・」 声をかけトイレに連れて行く。 便座に座らせリハパンを脱がせると・・・なななな なんと 素晴らしいオブジェが綺麗な形でパットにのっかっている。 ??? 歩いている内に??? まさしく セーフ!! とにんまり 「快食、快眠、快便」 『トリプル快』 はありがたい。 すっきりして着替えを済ますと信じられないくらい母はすんなり夢の中。 「お母さん、ゆっくり休んでね。 私もすっかり風邪が治りましたよ。 ありがとうね」 母の頭を撫でながらお休みの挨拶をするのは幼子のあの時の気持ちが蘇る。
疲れが残って起きない様子だったら今日のデイはお休みさせて ゆっくり家で過ごしてもらえばいいと思っていたが いつもの時間より早めに目が覚めた母の様子はとってもはっきりしている。 よく眠った感のそれであった。 「お母さん、おはよ! 起きてごはんを食べましょう」 にこにこして私の目線をしっかり捉え笑顔を向けてくれる。 とってもいい表情をしている。これならデイで過ごせそう。 母を起こし、トイレを済ませ着替えをするが一生懸命話しかけてくれている。 何を言っているのか全く検討もつかない難語ではあるが 心が弾んでいる様子が伝わってくる。 食事も一生懸命一人で殆ど完食。 いいお天気なのでデイのお迎えを外で待とうと支度をして階段を下りる。 足がすくみ、「怖い」を連発。 階段を下りる動作をすっかり忘れてる。 何度も何度も母に足を出して、こうやってとその動作を説明するが @○◆%&$#”=??? である。 「お母さん、頑張って!」 母がバランスを崩し前のめりで倒れてきたら私が下敷きになって母を受け止めるような 格好で落下する。 上がる時は母の手を握り、上から引っ張るような格好で吊り上げ状態で 階段を上がらせる。 バランスを崩せば母の上にのしかかるような格好で落下。 これはどうしても避けなければならない。しかし、滅茶苦茶・・・母は重し。 母の手に痣が出来るほどで「なんでこんな所に痣が???」と最初は判らなかった。 過日に貼り付けた 「すべり止め」が効を成す。 階段に取り付ける「可動式椅子」の設置を考えたがちょっと狭すぎる。 この上り下りがいつまで通用するのか疑問だが 毎回、毎回 その作業が終わると感動もので私はとってもうれしい。 「お母さん、出来たぁ~。 すごいねぇ~。良かった、良かった」で感動を伝える。
母は今日も元気に デイのお迎えの車に乗って出かけました。 お母さん、行ってらっしゃ~い 元気をありがとう (*^_^*)
1月・2月・3月と体調を崩しどうなるのかと心配したが 4月に入り漸く元気を取り戻した母。 すっかり全てが安定し、いい方向に向いている。 ずっと便秘でお薬でコントロールしていたが ヨーグルトをデザートに毎食後に食するようになって便秘が解消されたようです。 とってもいい便をしています。 フルーツポンチを作り、ヨーグルトとブルーベリーソースをかけて食べている。 春の不安定症状も毎年症状を見せお薬が必要だったが 今年はもうそれも無く精神的な面も安定している様子。 「快食、快眠、快便」 『トリプル快』が母の安定した生活を維持させてくれているのだろう。
一日でも多く、在宅で過ごせたら・・・うれしい。
知恵と力を与えられ 主の平安と福音に守られた日々を 過ごさせて頂き 感謝です。
『創世記』28章15節 「見よ、わたしはいつもあなたと共にいる。 あなたがどこに行っても、わたしはあなたを守り、 必ずこの土地に連れ帰る。 わたしは、あなたに約束したことをはやすまで 決して見捨てない」
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