【小説】 ひさびさに。
白いたまご 気の遠くなるほどの、一面のみどり。 それが風にざわめく。 緑の中に生きる、さまざまな彩りの生命。 そのなかに、ぽつりとひとつ、まっしろな生き物がいた。 そのしろい生き物は、まわりの生命たちに、その大きな存在で包み隠されるように、ひっそりと存在していた。 ざわざわざわ…… 風が流れてゆく。しろいいきものは、まるめていた身体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。 そばにある大樹に実る赤い実をもぎ、ゆっくりと食んだ。 ……どうしようか。 足元にある小さな、まるいものを静かに見つめた。 それは不思議な光を帯び、ほのかに輝いている。 割ってしまえと、何度自分の中からこみあげてくる思いを、噛み砕いてきただろう。もう何も考えたくはなかった。このまま孵りはしないのではないか、これを孵してしまってもいいのだろうか。 ───わからない。けれど卵はここにある。 己の意思で、己の手で、己の願いで、それは作られてしまったのだから。 そのこと自体が、理に反してしまっているのだから、今更なにを考えても仕方がない。 卵を割らないのは、割りたくないからだ。自分でも嫌というほどわかっている。卵が孵ることを、何よりも強く望んでいるのは、自分自身だということ。 すべてのもののうえを、時は平等に流れていく。それを感じる感覚は、もう麻痺してしまっているのかもしれないけれど。 永遠を思うほどの間、この卵を温め続けてきた。 ……もう、いいでしょう? もう一度、孵らない卵をみつめ、目を細めて。 白い竜は、空に向かって哀しげに吼えた。 その咆哮に答えるかのように、たまごは白竜の足元で、ぴしりと音をたてて割れた。 静かな世界で、割れたたまごの殻のなかから、生まれたものを見て、白い竜はもういちど、おおきな声で吼えた。 ……ごめんなさいね。あきらめようとしたわたしを、許してくれますか? 白い竜は身をかがめ、生まれてきた生き物に、そっと頬を寄せた。 産声を上げるその小さなものを、白竜は涙をこぼしながら、みつめた。 小さなものも、その瞳を開いて、白竜のことを見た。 白い竜がくるると喉を鳴らす。 小さなものは、大きな声で泣きはじめた。 どうしましょう、どうしましょう。ニンゲン、ですよね、これは。 ……わたしはお乳なんて出ませんし。 あ、山羊。 あの生き物なら、乳も出るでしょう……。ニンゲンがそうしているのを、見たことが……。 白竜はたまごから生まれた赤子を、そっと抱いて山の中へ入っていった。 ……ごめんなさい、ごめんなさい。 何度あやまっても、足りないくらいだけれど。 あなたが、生まれてきてくれて、わたしはほんとうに、うれしいのですよ。 あなたは、あなたの生き方を、してくださいね。 あなたは、あたらしい、命。 わたしはずっと、あなたのそばにいますから。 あなたは、わたしの、罪の証。 その償いを、あなたにしても、いいですか? END+++++ランキングに参加しています。拍手がわりにポチッと押していただけると嬉しいです。励みになります。がんばれる気がします。にほんブログ村