滝が逆流した頃 第2章 10 END
*****「───いったぁいっ! 手、切っちゃったよお。ほらっ」 散々な部屋を二人が片付けていると、サラが突然大声をあげた。「バカヤロ……って、おいっっ!!」 シフがサラを見ると、右手をあげていて、傷口をシフに向けていた。 声が決して大袈裟ではないくらいの、大きな傷。 ザックリバックリという感じで、血がボタボターッと。「え~ん……救急箱どこだったかなあ……?」「大丈夫かよ……ったくおめえは……」 シフは慌ててサラのそばに行き、その右腕をとる。手のひらの下のほう、手首の上あたりに、割れたガラスが突き刺さっていた。急いでそれを抜こうとして、ふと思いとどまる。 ……こういうのって、抜くときの方がひどいんじゃなかったっけ……。「ねえ、痛いよ?」「とうぜんだッッ! だいたいどうやったら、そんなに派手にガラスが刺さるんだよ」「だって……手をついたら、そこにこれがあったんだもん」 サラは右腕を大きく上下に振った。「わっっっ! ばかっ! よせ!!」 そんなことしたら傷口が広がるだろうが───そう思ってシフはその腕を強く握った。案の定、広がった傷口からは、大量の血が流れていた。シフはハンカチを取り出し、サラの手首を強く結ぶ。「ああーっ! 救急箱はどこだぁっ!」 シフとサラはきょろきょろと部屋を見まわす。しかし、それらしいものは見当たらない。「───あっ、思い出した! キッチンの棚の上っ!」 サラが突然言った。それを聞いて、シフは下へ降りて行き、救急箱を探す。「あったー?」 サラが上から声をかける。「ああ、けど何か切るものないか?」「あー、はさみなら小さい引き出しに入ってる。まんなかのだよ」 引き出しを引く音と、戻す音、シフが階段を昇ってくる音がサラに聞こえた。「手、出しな」 サラは素直に右手を差し出す。シフは突き刺さっているガラスを慎重に抜き、水ですすいだ。一応ガラスの破片が残らないように、口をあてて、強く吸う。「痛っ」 身を引こうとするサラの手首を、シフはがっちりと握り、口の中の血をちり紙に吐いて、薬を塗っていく。「いたたたたっ、痛いってば!」「──────我慢しな」 シフは包帯の端を咥えながら、サラの細い腕に巻きつけていった。「…………どうでもいいけど、なんでおまえの方が、俺ん家の物に詳しいんだ……」 シフがそう言うと、サラはとぼけたように言った。「まぁまぁまぁ、おいといて……それより……床……汚しちゃったね。ごめんね」「そんなのはいいよ……べつに」 溜め息をつきながらシフは言う。手首に刺さらなくて良かった。シフはもう一度、溜め息をついた。「床は俺が掃除しておく。まだガラスもいっぱい落ちてるしな」「……ねぇ」「ん?」「……タキ……さ」 サラは少し言いにくそうに、言う。「タキは、大丈夫だよ。下でぐっすり休んでる」「……そうじゃなくてね」「───?」「タキね……記憶が……ないんじゃないかな……と、おもうの」「──────自分のこと、しゃべらないもんな。普通、自分がどこから来たかぐらい、まっ先に言うよな……。なんか、精神的に、不安定な感じがするし」 シフはそう言って、溜め息をついた。「確かめなくても、いいよね」「……いいと思うけど、別に。そうだったらそうだって、そのうち自分から、言ってくるだろうし」 シフが言うと、サラは軽くほおづえをつきながら、シフのことを見た。「……前から言おうと思ってたんだけど、わたし、その 『別に』 って、なんだかすきじゃないよ」「なんで」「うーん……なんていうか……冷たい感じがするもん」「そうか?」「そーよ」 二人はそういって顔を見合わせて、微笑んだ。そして、ソファーの上で眠っているであろう、タキの顔を思い浮かべて、また微笑む。 いろいろ、あったし……これからも、何かあるかもしれないけど。とりあえずしばらくは、退屈する心配は、無いよな。 シフは夜空に浮かぶ爪月を見上げていた。いつまでも……いつまでも。+++++ 第一章・了 +++++ランキングに参加しています。拍手がわりにポチッと押していただけると嬉しいです。励みになります。がんばれる気がします。にほんブログ村