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千夜の本棚 ネット小説創作&紹介

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2012.08.03
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カテゴリ:本棚  ギレイ
ギレイ 携帯用 目次へ

あんなところで寝たのがうかつだった。
by獅子。

<1>

幼い日、獅子は儀礼の部屋で昼寝に着いた。

しばらくのち、体の重みと、妙な違和感を感じて目を覚ました。

発声第一、

「動けねぇ」

ついで、辺りを見回す。もともと本の多い部屋だが、いつも以上に床やら机の上に本がちりばめられている。いや、一応並べられているように丁寧に置かれているようだ。

もちろん、ソファーに寝ていた獅子の上にも。

「おい、儀礼」

やったはずの犯人に呼び掛ける。しかし返事はない。

なんとか起き上がって周囲を見回す。ドサドサッと音をたてて10冊を超える分厚い本がずり落ちた。

その本が落ちた先、ソファーを背もたれに本を読む儀礼の姿があった。

(真横に凶器になるハードカバーの本が落ちて来て、微動だにしないってお前……)

獅子は儀礼の態度に若干の不安を覚える。

「儀礼!」

今度は少し語調を強くして呼び掛ける。

しかし、すぐそばにいる儀礼に、気付く気配はない。

(聞こえてないのか?)

ゆっくりとソファーから下り、儀礼の前にあぐらをかいて座る。

短く切られている髪から耳は見えているが、耳栓などをしているわけではない。

興味深げに大きく開かれた茶色の瞳はものすごい早さで文字を追っているようだ。次々と紙もめくられていく。

儀礼の持っている本は、難しそうで、獅子には題名すら読めなかった。

キラキラと輝く目、ほんのり上気した頬。口元はわずかに弧を描き、時折小さく聞こえない言葉をつむぐ。

(女みてぇ)

幾度も思ったそれを、再度実感する。

もっと小さかった頃、もう少し長かった金の髪は、女の子に間違われるからという理由で短く切り落とされたらしい。

今でも十分女子に間違われるのであまり意味はないんじゃないかと思うが。

(綺麗だったのに、もったいないなぁ)

儀礼の母親の金髪を思い出し、少し残念に思いながら短い髪をつんつんと触ってみる。

細い髪は逆らうこともせず柔らかく曲がった。

「おお、面白ぇ」

2、3度つんつんと繰り返した辺りで、儀礼がパタンと本を閉じた。

(うぉ! 気付いたか?)

慌てて手を引っ込める獅子だが、儀礼は獅子のことなど見向きもせずに、後方、獅子の寝ていたソファーの上へ本を積み上げる。

次いで、横においてある大きな木箱から本を取り出した。

「これが最後か……」

木箱を覗きこんで、儀礼が残念そうにつぶやく。

「儀礼」

思い出したように獅子は儀礼を呼ぶ。

しかし返事はなく、儀礼はすでに本の中の住人。

「……」

獅子は困ったように頭をかく。儀礼のページをめくる速度からすると、その本も読み終えるまで何分とかかるまい。

獅子は再びソファーに腰掛けた。すると、グラッ、とソファーの上に積み上げられていた本が揺れる。その下には儀礼がいる。

「危ね!」

獅子は慌てて本を押さえる。なんとか倒れずにすんだが、一冊が滑り、儀礼の頭に、落ちた。

ゴン。

鈍いが、結構な音がした。

「悪い! 大丈夫か儀礼?」

泣き虫で弱い儀礼のこと、心配してその顔を覗き込むと、……儀礼は何事もなかったかのように文字を追い続けている。

「……」

獅子は思った。こいつは案外、殺しても死なない奴かもしれない。と。

そして、予想通り、数分後にようやく気付いた儀礼の頭に、獅子はげんこつを一つ、落としておいた。

「人の上に本を置くな!」

覚えがない、と儀礼は困ったように瞳を潤ませ、ごめん、と頭を下げていた。


<2>

それから数日後、獅子は再び寝心地のいいソファーで眠りに落ちていた。

そしてやはり、重さと違和感を感じて目を覚ます。

この間の比ではない。本気で動けないのだ。

目を開いて見てみれば、自分の上に、大型で分厚い本が何冊も積み上げられている。しかも、ご丁寧に胸の辺りから足の先までに4列ほど。

総重量は…60キロほどか。9歳の子供にはいささか『過ぎる』だろう。獅子の様に、親父に鍛えられていなければ死んでいるかもしれない。

しかも、気を使ってかけてくれたのであろう毛布が、今となっては手足の動きを見事に封じている。

プチン、と獅子の中で何かが切れた。

「っの……儀礼ぃー!」

怒りを込めて獅子は叫ぶ。

ドサッ

すぐ頭の下辺りで、本の落ちる音が聞こえた。

またソファーによりかかって本を読んでいたのだろう。

恐る恐る、と言った感じで首を上に向ける儀礼と、怒りに染まった獅子の目が合った。

とたんに儀礼の瞳は恐怖に染まる。体は縮こまったように硬直しているのがわかる。

「この本をどかせ! 重い! 動けないだろう!」

怒りに任せて獅子は怒鳴り付けるが、儀礼は涙を浮かべるばかりで、いっこうに動こうとしない。

それどころか、体の硬直はひどくなり、気配が薄まっていくようだった。

獅子は苛立つ。儀礼は固まる。その平行線により、獅子が重圧から解放されたのは、儀礼の父が仕事から帰り、獅子の怒鳴り声に気付いてからだった。実に2時間に及んだ。

「儀礼、本を読むときに、もっと周囲を見なさい」

教師である儀礼の父は穏やかな口調で、しかし厳しく儀礼を叱っていた。

そこでも儀礼が硬直していることに獅子は気付いた。

(そういや、クラスの奴らの喧嘩でも儀礼はいつも早くに逃げてたな)

弱虫なやつと拓がいつも言っている。

「ごめんね、了坊。儀礼は人の怒りが苦手でね。誰かがそばで怒ってると動けなくなるんだよ」

二人のやりとりを見た礼一は獅子に優しく話し掛ける。

しかし、儀礼はしゅんとうなだれていて、まだ硬直から回復していないようだ。

「ああいうときは、遠回りに思えるけど、一度怒りを押さえ込まなきゃいけない。精神統一だよ、了坊ならわかるだろ?」

にっこりと微笑む礼一の瞳は儀礼と同じで透き通るような茶色。優しさが増して見える。

精神統一。了の父がいつも言っている。自分の力を出し切るには、集中することが大切だと。

「本当は儀礼に成長してほしいんだけどね」

ちらりと礼一が儀礼を見るのにつられて獅子も目をむける。

儀礼の瞳に悲しみが浮かび、落ち込んでいるのがわかった。

「わかった。『怒りを押さえる』んだな」

獅子の口調は幼さゆえに少しぎこちなかったが、意志はしっかりとしていた。

ほぼ一年、獅子は儀礼よりも早く生まれている。兄弟のいない獅子にとって、儀礼はなんだか弟のよう。

(だから俺が面倒見てやらなきゃ)

獅子はそう思うと、先ほどの怒りはどこかへ消えてしまったようだった。

だが一つ学んだことがある。儀礼のソファーでは、二度と眠らない、と。

千夜 作2008年4月16日   (2012年10月3日改)

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最終更新日  2013.07.17 10:39:11
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