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千夜の本棚 ネット小説創作&紹介

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2012.08.22
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カテゴリ:本棚  ギレイ
ギレイ 携帯用 目次へ
<1>

ギレイ君は研究室に入ると自分のだというパソコンを取り出した。

服の中から……。

「後は自分でできるんで、ありがとうございました」

にっこりと笑う姿はやはり見とれてしまうほど愛らしくて、頭を撫でそうになったのをさりげなくかわされた。

後ろ髪をひかれる思いだったが、研究室は部外者の立入禁止。仕方なく受付に戻る。

しばらくギレイ君についての質問にあった。

男の子だと言っても、なかなか誰も信じなかったのは当然かもしれない。

エーダ自身、繋いだ手がもう少し小さかったならライセンスの方を疑っていた。

(もう少し見てみたい)

綺麗な微笑みを思い出して、エーダは珍しく仕事に集中できなかった。


<2>

予約の時間、10時にSランクの人の護衛だという男が現れた。

金髪に緑の目。背が高く筋肉のついた身体だが、顔は驚くほど整っていた。そう、ギレイ君に負けないほどに。

さらに驚くことに、アーデスというこの男、ギルドランクAにして、管理局ランクAをも持っていたのだ。

対応したのはエーダではない、もう一人の受付。

Sランクを持つ人は訪れてない、と聞かされて彼は渋い顔をした。それすらも絵のように綺麗。

「……逃げられたか」

小さく聞こえた声に、エーダは必死で知らぬふりを決め込んだ。

ちら、とこちらを見られた時は大量に冷や汗が流れたものだった。

コンコン

散々迷ったあげく、エーダはギレイの研究室の扉を叩いた。

仕事は18時で終わって、いつもならまっすぐ家に帰っているころだ。

「はい?」

中から警戒したような声がした。研究者達は研究室にこもる時、神経質になることが多い。

「受付のエーダ、です。朝、案内した……」

「何か用ですか? すみません、今手がはなせなくて」

抑揚のない声はあまり機嫌がよくなさそうだ。

「えっと、昼間護衛だって言う人が来てたけど……、いいの、かなって?」

最後の方は小さな声になってしまった。

 カチャリ

小さく扉が開いた。モニターごしの瞳は探るようにエーダの瞳をとらえる。

しかし、すぐににこりと柔らかく微笑まれた。

(かわいい)

やはり頭をなでそうになったが、ギレイ君の笑みがひきつるのを見てやめる。

「ありがとうございます。黙っていてくれたんでしょう? すみません、気を使わせてしまって」

ドアが完全に開かれ、ギレイは研究室から出てきた。

狭い部屋の中が一瞬見え、パソコンの画面に何かの設計図と文章がびっしりと表示されているのが見えた。

詳しくはないエーダだが、見えたものが『今』の技術でないことだけはわかった。

「その人何か言ってましたか?」

首を傾げて尋ねてくるギレイにエーダは昼間のことを思い出す。

「部屋はそのまま借してて下さいっていうのと、もし来たら知らせて下さい、って言ってたわ」

男は待合室にいた多勢に好奇の視線で囲まれそうになって慌ただしく管理局を出ていった。

「そっか。ありがとうございます。僕は大丈夫なのでどうか気にしないでください」

にっこりと笑うギレイだが、それが拒絶だということはエーダにもわかった。

「ええ。邪魔して、ごめんね」

エーダはほかに思い付くこともなく、少し残念な気持ちで家へと帰ることにした。

翌日、受付に入ると、まだSランクはこない、ばかにしてる、と同僚に愚痴られた。

ギレイ君が出てこなかったか聞いたが、来ていないらしい。アーデスという護衛も。

この日は結局何もないたいくつなものだった。


<3>

翌日、事件が起こった。

人は減ったが、今日も野次馬が待合室を占めている。

そこへ、一人の少年が入って来た。背はエーダよりも高く、武人らしい体つき。

黒い髪に、整った顔立ち。ただ、黒い大きな瞳が動物の目を連想させ不気味に感じさせる。

黒髪黒瞳。この世界ではシエン人にしかありえない。

ひそひそと驚きながら話す人々を無視するようにまっすぐに研究室の方へ歩いてゆく。

それを見てエーダは慌てて立ち上がる。

「すみません、受付を済ませないとそちらへは入れない決まりになっています」

しかし少年は、眉間にしわをよせて困ったような視線をむけただけで、そのまま進んでいく。

「言葉がわからないの?!」

待機していた警備兵が少年の腕を掴み止めようとしたが、少年は――片腕だけで警備兵を床に押さえ込んだ。

 キャー!

悲鳴が上がり逃げ出す人々で待合室はちょっとした騒ぎとなった。

エーダは眉をしかめる。

研究者たちに呆れてはいたが、武人たちはもっと嫌いだ。

なんでも力ずくで押し通そうとするから。

「緊急事態だ」

少年は焦る様子も、脅すわけでもなく、ただ挨拶のように言った。

まるで説得力がない。

まっすぐ彼が向かった先は、ギレイ君の研究室。

何故沢山ある中でその部屋がわかるのか、護衛のアーデスと言う人はどうしたのか。

エーダは走って少年を追いかける。

(やめて、何もしないで!)

だが、少年はためらいもなくその扉を蹴破った。

管理局の中では研究室は不可侵地帯。何人もそれをおかせば犯罪者と言われる立場になる。

かけつけたエーダが見たのは、ギレイの服を掴みあげゴン! と頭を殴り付けている少年の姿だった。

「こら、起きろ儀礼!」

少年の声は親しげだったが、それはエーダの頭には入らなかった。

「その子を離して! あなた、自分が何をしてるかわかってるの?!」

だが少年は睨み付けるエーダを気にもしていない。

不思議そうに一瞬だけ首を傾げると、儀礼に向き直りその口にあめ玉のような物を押し込む。

もしも毒だったら、思うとエーダは体から血の気が引くのを感じた。

駆け寄り、奪うようにギレイの頭を胸にかかえる。

うっすらと目を開いたギレイは、エーダではなく少年の方を見ていた。

「あー、獅子。おはよう」

寝ぼけたような口調に少年が眉を吊り上げる。

「おはようじゃねぇ! 何度言ったら……」

しかし、怒鳴る少年を遮りエーダが声を荒げる。

「出てって! あなたのような人間のクズ、管理局に入る資格もないわ!」

エーダがそう言った瞬間、怒っていたのは黒髪の少年ではなかった。

エーダを突き放すようにギレイが起き上がる。周囲を見て、状況を把握したようだ。

「獅子、先に車で待ってて。片してから行くから」

ギレイは窓を指差して言った。

「大丈夫か?」

疑わしそうな獅子にギレイは頷く。

「んじゃ、待ってるか」

少年は迷わず窓枠に足をかけると、するっと身軽に抜け出ていった。

それを確認すると、ギレイはエーダに向き直る。

「獅子は確かに馬鹿だけど、クズじゃない。侮辱するなら僕は許さない」

低い声で言うギレイの目は驚くほど鋭くて、エーダは冷水をかけられたようなショックを受けた。

それからエーダの存在を無視して手早く退出の準備を済ませた。

「行くよ、アーデス」

青ざめるエーダを尻目に、いつの間にか入口に立っていた男にギレイが声をかけた。

扉はアーデスにより片付けられている。

「はい」

恭しく頭を下げて男が笑みを浮かべる。

歩き出した儀礼の後についてアーデスも歩きだす。

それはまるで王と騎士のような威厳を感じさせた。いや、事実Sランク『管理局の王』なのだ。

野次馬に埋もれそうになるギレイをさりげなくかばっているAランクの護衛。

エーダはしばし呆然と見送っていた。

少女のような男の子、ギレイ君。頼りがいのあるお姉さん、として見てもらいたかった。

ビシッとスーツを決めて、大人として働くのだ、とずっと思っていた。

子供にはない、冷たい視線を見てエーダは自分の認識の間違いに気付いた。

ギレイ君は男の子で、それは私(姉)の下にある存在じゃなくて、対(つい)……。

(わたし、女だったんだ)


<4>

翌日からエーダは変わった。灰色しか着なかったスーツを明るい色に変え、髪ははでに結いあげる。

「ギレイ君。もう行っちゃうんなんて、寂しいわ」

白衣のふちを掴むエーダに儀礼は冷めた視線を送る。

どうやって宿を突き止めたかもわからないが、友人を人間のクズなどと表現した相手を信用する気にはなれない。

早朝で辺りにはかすかにもやがかかっている。

儀礼はエーダの手を振り払うように車に乗り込む。

(もう会うこともないだろう)

そう思えば、年長者に無礼な態度を取ることも気に咎めなかった。

だが、振り返りもせず出発した儀礼は知らない。

これから幾度か彼女に会うことを。

会うたびに派手な姿になっていくことを。

短期の受付業務をこなすために、猛勉強をいとわない努力を。

「ギレイく~ん♥!」

その声が甘ったるくなっていくことを。

今の儀礼は何も知らない。

千夜 作2008年4月28日   (2012年10月9日改)

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最終更新日  2013.07.21 21:31:51
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