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千夜の本棚 ネット小説創作&紹介

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2013.01.02
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カテゴリ:本棚  ギレイ
ギレイ目次
<1>

 まだ夜の明けきらない薄暗い時間に、一つの人影が暗い路地裏を走る。
冬の灰色の空気の中、誰の目にも留まらない白い息が、細い道の中空に時折現れては一瞬で消える。
昼間でも人気のないその道は、夜になれば全ての家の門戸が固く閉ざされ、朝日が差すまでまったくと言っていいほど人の気配のなくなる場所だった。
その道を、気配を消したままその影は走る。
ごみを漁る野良猫も、枯葉の詰まったといを歩く鼠も、その駆け抜ける人物を気にも留めない。
まるで、空気に溶けているかのように、誰にも気付かれることなくその影は家々の間をすり抜ける。

 集落を抜け、町を抜け、小高い丘の上に立ったところでその影は足を止めた。
暗い景色に浮かび上がる、明るい茶色の髪に同じ色の瞳。
鋭い眼つきと油断なく真っ直ぐに立つ姿は凜としていて、気高い雰囲気を漂わせる。
その人物の纏う衣はどこにでもある冒険者の着る服だったが、ほっそりとした体型にぴたりと合うデザインがその荒々しい冒険者と言う性質を隠し、美しい女性らしさを演出していた。
羽織る裾の長いコートの下には隠れるように、その人物の手になじむ武器が装備されている。
美しい装飾を持ち、古代の神の力を秘めた双剣。『砂神の剣』。
そして、その剣の持ち主である人物を人は『砂神の勇者』と呼んでいた。
それこそが、この人物が手に入れて間もない、二つ目の名だった。

「『砂神の勇者』使わせてもらうぞ。ギレイ。」
自分の名の刻まれたライセンスを握り締め、クリーム・ゼラードは、まだ薄っすらとしか見えない朝日に呟く。
強く。そう願う少女は協力者を得て、新たな力を手に入れようとしていた。
「連絡方法。本当にこんなんでいいのか?」
いまいち信用しきれないながらも、クリームはその少年に言われた通りにその紙で小石を包む。
そして、黒い後ろ頭の見えているその窓を目掛けて思い切り投げつけた。

 宿で、仕事に出る準備を進めていた黒髪の少年、獅子の手元に一つの報せが届く。
町を抜けた先の小高い丘から、紙に包まれた小石が宿の窓へと投げ込まれたのだ。
丘からの距離はおよそ1km。まともに投げて届く距離ではない。
しかし、闘気のこもった石は見事にその窓へと到達していた。
そして、背後から飛んでくる投げられたままの威力の石を、獅子は視線を向けることもなく無造作に掴んだ。
――。
無音。夜明け前の町は静寂に包まれたままで、その中に紙や石を掴んだ音は何一つ響かなかった。
「なに?」
それなのに、寝ぼけた様子で金髪の少年が問う。
眠っていながらも、わずかな闘気を感じ取ったらしい。
いや、しかしベッドの中、その瞳は開かれてはいなかった。
いつも通りならば、その少年はぐっすりと眠っている時間。
「鳥だ」
獅子が言えば、納得したように頷き、金髪の少年はすぐに布団の中で心地良さそうに寝息をたて始める。
「起きたなら、起きろ」
呆れたように獅子が言えば、掛け布団を頭の上まで引き上げ、少年は答える。
「やだ」

 溜息を吐き、獅子は友人を起こすことをあきらめ、届けられた「手紙」を開いた。

『黒鬼を仇(かたき)とする男が黒獅子、お前を追っている。
敵はAランク冒険者『ヒガの殺人鬼』。強者だ注意しろ。
14年程前にその男は父親と共に黒鬼に挑み、父親は死に、その男の方は命からがら逃げ出したらしい。
自分から挑んで返り討ちとは笑えるが、男の方は黒鬼にいまだに恨みを持っている。
黒鬼の強さを知りながら挑む者だ。
闘気と剣を使うまっとうなドルエド人らしい、戦い方をする。
お前を殺し、お前らの里に向かおうとするはずだ。
知れるのは時間の問題。ギレイが手を出す前に、 倒せ!』

 獅子が読めるようにと、わざわざドルエドの文字で書かれた手紙。
(『ヒガの殺人鬼』なんか、わかんねぇけど、響きがすげー……)
いろいろ考えるところではあるが、まず何より、敵の二つ名が気になる獅子だった。
『狩人』ではなく『殺人鬼』と言われるからには、人を殺す者なのだろう。
だからこそ、儀礼が知る前にゼラードの元に情報が届いたと言う事か。
そして、最後の一言、「倒せ」の前には明らかに「殺せ」と書いて消した跡がある。
(元暗殺者が気を使うな)
消しゴムを使うその人物を想像し、不器用な『勇者』に獅子は笑う。

 了解の意味を込め、『○』とだけ書いた石を獅子は闘気を込めて、町の外の丘へと投げ返す。
人影がそれを掴んだのを確認して、獅子は手紙へと視線を戻した。
 14年前の出来事、そう手紙には書かれている。
その時、獅子は2歳。記憶にはないが、間違いなく生まれている。
そして、獅子の父である『黒鬼』はその当時、シエン村にいたはずであった。
「仇……」
それは、獅子の父が人を殺したという証。
「挑んだ……」
それは、どこかでその戦いが行われたという事実。
獅子の記憶には獅子倉の道場で人が死ぬような戦闘はなかった。幼過ぎたために覚えてないだけなのか。
それでも、獅子倉の道場で人が死ぬ事件があれば、誰かが語らぬはずがない。
獅子よりも年上の、『黒鬼』の弟子だって何人もいる。
その当時に大人だった村の者たちが知らないはずもない。
ならば、何故誰も、何も言わなかったのか。
その紙に書かれた事実が獅子には遠く、想像もできなかった。

 とりあえず、獅子はその紙を儀礼に見つかる前に処分しなければならなかった。
『水に流せ』
言われていた通りにコップに紙を押し込み、水差しから水を注ぐ。
薄い紙はあっという間に姿を消した。
「おお、面白れー」
何度見ても飽きないその光景に、獅子は楽しそうに笑う。

『儀礼に見つからない情報のやり取り』
それを獅子に提案してきたのはゼラードの方だった。
『あいつに先回りされないよう、裏をかいてやる』
獅子にはよくわからないが、そう語るゼラードは何か必死だったので、適当に返事をしておいたらこうなった。
パソコンを使え、とか管理局に行け、などとゼラードには言われたが獅子には何度教えられても、その操作が分からず、儀礼にばれないならこれが一番と教えてやれば、ゼラードの方が首をかしげていた。
だが実際に、獅子は幾度となく拓や道場の友人たちと、この石での手紙のやり取りをしたが、今まで儀礼が気付いたことはない。
最先端の機器を操る少年でも、何kmも先から飛ばした石が人の元に届くとは思っていないらしかった。
案外、届くものだ。
獅子の父なら小石どころか大岩を投げる。幾つも飛んでくるそれを避けるのは、子供の頃の修業の中でも大変な方だった、と思い出した獅子は深い息を吐く。

「儀礼。俺、仕事に行って来るから。起きたら飯食えよ」
窓際の椅子から立ち上がると、獅子は剣を持って扉に向かう。
寝た振りの友人はこれからさらに本格的に眠ろうとしているらしく、窓から差し込む朝日から顔を背けるようにして丸まっていた。
いつもなら叩き起こすところだが、獅子にはやらなければならない仕事がある。
おそらく今、『黒獅子』が外をうろつけば、そう時間のかからないうちに『なんとかの殺人鬼』とやらは姿を現すことだろう。
獅子の父親、最強と言われる冒険者『黒鬼』に挑む人間。獅子には大いに興味があった。
例えその相手が獅子よりも強く、その命を狙っているのだと言われても。
命をかける戦いに、興奮を覚え、知らず獅子の口端は上がる。
鞘に納まる剣にうずうずと手が伸びた。

「ん、わかった。そうだ、獅子……」
ガバリと儀礼が飛び起きた。
思わずビクリとし、獅子は剣にかけた手を離して、ベッドの中の友人を振り返る。
ふわふわと金色の髪が揺れていた。光を透かして輝く茶色の瞳が、伺うように獅子を見る。
真剣な気配に気付かれたかと、注意を払いつつ獅子はつばを飲みこむ。
儀礼は何かを訴えようとするように唇を幾度か動かした。しかし、音は発せられない。
そして、意を決したようについに儀礼は口を開いた。

「なんか、風呂覗く人がいるっぽくて。後で見張ってよ」
本気で困っているような切なげな瞳と、頼む内容を恥じているように頬を桜色に染めて、愛らしいと称えられる少女の面立ちで、友人は獅子を見つめる。
「……」
獅子は思わず拳を握る。
普通、覗きが出るのは女湯のはずだ。
目の前にいる友人は、少女と見まごう姿はしているが、間違うことなく、獅子と同じ歳の少年だった。
くだらないことに気を張ったという苛立たしさに、獅子は握った拳で頭を押さえる。
「だって怖いんだよ」
獅子の怒りにすぐに気付き、儀礼は身をすくめたが、それでも涙を浮かべて訴える。
獅子が、命を賭けた戦いに行こうという時に、儀礼は覗きの出る風呂が怖いなどと言う。
幼い子供や、女性ならまだわかる。しかし、15歳。それも、じきに16歳にもなる男が風呂が怖い。

「お前も男なら自分で何とかしろ!」
ビシッと獅子がその顔を指差せば、儀礼は不満そうに頬を膨らませる。
これまで世話を焼きすぎたか、と獅子は悩みながらその部屋を出た。
幼い行動、幼い言動。
獅子は宿の廊下を歩きながら、儀礼の起こしたこれまでの出来事を思い浮かべる。
しかし、その影で突然恐ろしいことを始めるのが、獅子の友人、『Sランク』の団居儀礼という人間だった。
(心配は要らない。)
獅子は宿の領域を一歩踏み出し、自信に満ちた笑みを浮かべる。
そう思えるからこそ獅子は、自分の強敵、『黒鬼』への復讐者を探しに行けるのだった。
ギレイ目次
小説を読もう!「ギレイの旅」
191敵という知らせこの話と同じ内容です。





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最終更新日  2013.01.11 19:23:02
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