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ギレイ目次
<1> 少女は必死で逃げていた。 自国を出て、見知らぬ場所で、必死に逃げ回っていた。 少女の敵はどこに潜んでいるかもわからず、一瞬たりとも気を抜くことができなかった。 (私を逃がしてくれたあの二人は無事だろうか。) 何度となく繰り返した不安を少女はまた心の中で唱える。 (アルバドリスクの騎士の中でも優秀な彼らだ、きっと大丈夫。) 自分を励ますように少女は胸の前で拳を握る。 そう信じなければもう、少女はその場にでも崩れてしまいそうだった。 その痩せ細った体からは、何日もまともに食事をしていないことが伺える。 いつ襲われるかわからず、眠ることすら怖くて、少女はささいな物音でも、びくりと目を覚ましてしまう日々を過ごしていた。 (一人。たったひとり。) 胸の前で握った拳で、少女は今度は服の胸元を握り締める。不安な心を支えるように。 《私がいるわ》 静かな、音にならない声が少女の耳に響く。 心配そうに少女の顔を覗き込む、手の平ほどの大きさしかない小さな存在。 精霊。 そう、呼ばれるもの。 その精霊の顔は、少女にとても良く似ていた。 少女をもう少し成長させ、健康的にしたならば、その精霊とそっくりの美しい姿になると想像できる。 大概の精霊がそうである様に、その精霊もまたとても美しい容姿をしていた。 人間であるならば、美女または天女と称される、人を魅了してやまない美貌の持ち主。 姿かたちは人によく似て、背中には透き通るような薄い羽を持ち、その精霊の属性である水の性、青い光を放っていた。 服なのか、精霊そのものの体なのか、青く美しい布の様な物で精霊の体は覆われていた。 いつも少女の側にいて、その身を守るための存在、守護精霊。 その力の強さを表すように、青い精霊の放つ光は普通の精霊よりも、とても強いものだった。 この小さな精霊だけが今の少女を支える全て。 あとはただ恐怖と、父や母や兄、妹たちを守るためと思って、少女は必死に生き延びていた。 このフェードという国では目立つ金の髪と、宝石のような青い瞳を、泥にまみれ、擦り切れた布を目深くかぶって隠している。 <2> すでに、風は凍えるように冷たい季節だった。 精霊の結界でわずかにしのいでも、じきにたえられない本格的な冬になる。 (逃げるんだ。今の私にできるのは、姿を隠して、存在を消して、逃げ回ることだけ。) 白い息を吐き出して、少女は進み続ける。 (なんて、小さな存在。) 苦しそうに少女は眉をしかめる。 (それでももっと小さくなりたい。敵に見つけられないほどに。) 少女の体は痩せ細っていた。 ここ2、3日では走る体力すらなく、ふらつくこともあった。 当然と言えば当然で、少女の体を見渡してみれば、肉付きもなく、肌は傷つきつやを失っている。 顔色もひどく悪く、目の周りなどくぼんでいるように青黒くなっていた。 今また、小さな地面のへこみに足を取られ、少女は地べたにその身を横たえた。 (これが私。) ほんの数ヶ月前の少女には、想像すらできなかった悲惨な姿だった。 (これで、逃げ切れるの? あいつらから。) 冷たい土に体温を奪われ、少女の中で不安だけが増してゆく。 《大丈夫、きっと。元気を出して。》 少女の不安な心を感じ取ったように、精霊はまた音のない声で優しく励ます。 青く輝く、光と慈愛に満ちた美しい存在。 少女を守るためだけに力を使うと約束(契約)した守護精霊。 (大丈夫。絶対、またあの国に帰れる。あの暖かい、私の家に。) 自分に鞭打って、少女は立ち上がる。 きっと、いつ倒れてもおかしくない。もともと少女はそんなに強いわけではなかった。 だから、少しでも早く安全な場所へ。 少女を助けてくれると約束してくれた、ドルエド国内へ入らなくてはいけなかった。 しびれるような足を持ち上げて、よろけるように少女は走り出す。 歩くことは、不安で仕方がなかった。 誰かに顔を見られるかもしれず、なにより、見えない敵がいつでも追いかけて来ている気がして。 人通りのそう多くない商店街から抜け、出た道を真っ直ぐに走り続ける。 (もうすぐ人里を離れる。) 人に紛れて隠れることはできなくなるが、かわりに誰かに見つかる可能性も減る。 (私の容姿は目立ちすぎる。) 少女が必死で走っていく先から、誰かがやってきていた。 フードの隙間から見えた金色の髪に、一瞬にして、少女の体中に恐怖が走った。 だが、よく見てみれば、相手は子供だった。 少女よりは年上だが、自分を追っている連中とは思えず、少女は安堵する。 だが、勢いのついた体は止まらず、そのままただすれ違い、少女は金髪の少年を通り過ぎた。 <3> 《味方……》 精霊が、小さくささやいた気がした。 (ミカタ?) 言葉の意味も理解できずに、少女はただ必死に走っていた。 いつものように。 そして、「味方」の言葉に、少女を守ってくれた騎士達を思い出した。 そのどちらとも違った、今すれ違った少年(少女?)。 わかったのは、鮮やかな金髪と、色のついた眼鏡。 それと、少女がなぜか感じた、なつかしい雰囲気。 勢いに任せて走っていた少女だが、人家が見えなくなった辺りでついに、体がふらついた。 そこへ、どこからかわずかな温もり、暖かい風を感じた。 見ると、車と呼ばれる、少女の国アルバドリスクにはなかった乗り物。 このフェードではかなり普及していた。 今まで誰かが乗っていたのか、エンジンと思われる部分が熱を発している。 わずかな風除けと、ぬくもりを求めて、少女の体は勝手に引き寄せられていく。 立ち止まっている暇などないのに、そう思っても少女にはもう、体を起こせる気もしなかった。 最低限、辺りに気を配るのを忘れないようにして、少女は車に張り付くように体を持たせかけた。 守護精霊が、心配そうに少女の頬に触れる。 澄んだ水のような冷たい手。でもそこから確かに、少女の体の中に、ぬくもりが送り込まれてくる。 消耗し切っているはずなのに、少女を回復しようとする精霊。 「ごめんね、私はいいから。大丈夫。少しだけ、休むね。」 少女は目をつぶることすらできない。周囲から意識を離せない。 でも体だけは少しでも、そう、せめてまた走り出せるだけ。 少女は大きく息を吸って、それからゆっくりと整うのを待つ。 短い時間が経った。 その少女の視界の端に、先程すれ違った二人組みの少年がやってくるのが映った。 (この方向なら、きっとこの車の持ち主だ。離れなきゃ。) 今の少女は、下手をすれば泥棒とも間違えられる、みすぼらしい姿だ。 事情も説明できないのに、誰かに見つかるのは少女に取って、とても怖いことだった。 だが、少女の体は重く、車に寄りかかりながら立ち上がるのがやっとだった。 それ以上は動けずにいると、精霊が不安そうに少女の服を引っ張る。 《休んで》 それはもう、少女の体が持たない、ということ。 守護精霊の力が及ばなくなりつつある、ということ。 二人の少年が少女に向かって、走ってくるのがわかった。 (逃げなきゃ。) そう思っても、少女の体は動かない。 前を走ってくるのは黒髪で長身。 黒髪緑瞳のフェード人かと思ったら、しかし、その瞳は獣のような黒だった。 少女の体はびくりと震える。 その後ろから来たのは金髪の少年。 「大丈夫?」 心配そうな声が聞こえた。 恐る恐る少女が顔を上げると、外された色眼鏡の下からは茶色の瞳が現れた。 アルバド人でもユートラス人でもない。 そのことに、少女は安堵した。 少なくとも敵ではなく、少女のことも知らないかもしれない、と。 それ以上に、なんだか暖かい空気を感じて、ダメだと思っても、少女の体からは力が抜けていった。 ギレイ目次 小説を読もう!「ギレイの旅」 213守護精霊を連れる者この話と同じ内容です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013.02.07 12:35:52
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