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「本当に行っちゃうんですよね。」 翌朝のこと、教会の前に立ち、はぁ、と肩を落としてベクトは息を吐く。 「やっぱり俺じゃ、助手にはなりませんか?」 町を去る儀礼に、ベクトは再度聞いてみる。 ん~、と儀礼は心の中で悩む。 今回の事件の原因は儀礼にあって、ベクトはその被害者だ。 ベクトが闇にとらわれたことは、町中の人が知っている。 管理局で働く彼が、いつ『研究対象』に転じるか、分からない。 魔物を研究していたベクトが、闇に落ちたのでは、世間は警戒するだろう。 排除しようとする者も出てくるかもしれない。 一人、置いておくのは危険だろう。 それらのことを儀礼は何度も考えた。 でも、旅の途中の儀礼は、青年を引き受けることはできない。 (あれだけ、過多の情報見せられて、まだ助手にしろって言うのか……?) ちょっと、苦笑しながら、儀礼は青年を見た。 (なら……。) 選ぶのは青年だった。 グランのもとに置き、モートック氏と面識を持たせ、警備隊長と仲間意識を植え付けた。 管理局の受付であるエーダとも、ある程度仲良くなっている。 万が一のために、護衛も置いておこうかとも儀礼は思った。 再び闇に落ちることのないように、ただの者が手を出せないように、警備兵士に謂れのない拘束をされないように。 管理局内、研究所でベクトの姿が消えることのないように。 しかし、出来る限りの手を尽くした今、この町から出ない限りは、ベクトの身は安全なはずだ。 だから、平凡な人間として、ベクトはささやかに、穏やかに暮らすことはできるはずだった。 「僕は旅の途中ですし、助手を持つつもりはありません。」 儀礼の言葉に、ベクトは、はぁ、と悲しそうにため息をする。 それを見て、儀礼は思う。 (そうでなければ……。) そして、覚悟するように息を吸いこむと、儀礼は口を開いた。 「でも、もし、本気で手伝う覚悟があるんだったら……。」 儀礼は懐から書類を取り出した。 分厚くまとめられた、新しい紙の束。 「僕の祖父が一時期考えていたものです。あくまで一つの考えで、根拠や証明はできていません。それから、こっちは魔獣や魔物への封魔の結果です。数が少ないのであまり役にはたたないでしょうが。」 古い紙に、乱雑に綴られた祖父の資料を、儀礼はフェードの文字へと書き写しておいた。 もちろん、ベクトへと託す為に。 その紙の束の内容を見るうちに、ベクトの顔色が変わる。 けして悪くはない、活気のあるものに。しかし、それはすぐに苦渋に変わる。 「そんな……、こんなことを……、してもらう権利っ、俺にはないです!」 搾り出すような声でベクトは言う。 「僕は他にやることがありますし、やってもらえると助かるんですが。あなたは適任だと思うんですよ。」 なにせ、元々その分野の研究をしていたのだから。 儀礼は考える様子もなく、さらりと言う。 「ほかに、いくらだって……。」 あれだけの情報に手続き無しでアクセスできるのだ、儀礼が高位ランクにいるのは間違いない。 そんな儀礼ならば、いくらでも師事を求める者はいるだろう。 「会ったことないね。でも、あなたはここにいる。」 そう言い放ち、真っ直ぐにベクトを見る儀礼。 「……いいんですか?」 真剣に見返すベクトは、すでに、研究者の顔だ。 「やる気があるなら、受け取って。」 にっこりと笑う儀礼。 ベクトは、一つ頷き、その紙を大切そうに抱えた。 その儀礼の笑顔に、裏があるだろうと気付きながら……。 (そうでなければ……誰も手を出せぬほどの存在に。) 儀礼の祖父、修一郎の残した、『Sランク』と認められる資料の片鱗。 それを、ベクトを守るための手立てとして願い、儀礼はもう一度微笑んだ。 *** 「悪かったな、怒って。」 頬をかきながら獅子が言う。 儀礼たちは次の町へ行くため、車の所へ向かっていた。 「え?」 何に対してしての言葉かわからず、儀礼は獅子の顔を見ながら不思議そうに頭をひねる。 「ナイフ。わざと呪いを解いて無いんだと思った。普通の教会じゃ解けなかったんだな。」 その言葉に、儀礼は微妙に顔を引きつらせ、頷く振りをして視線を逸らす。 「うん。最初の教会では解ける人いなかったよ。」 そんな儀礼に、気付いてしまった白。気付かない獅子。 「もっと早くに解けたんだ? 本当は。」 白の口から出た、軽い疑問形が儀礼に突き刺さる。 「い、いや、その。教会寄ってる暇とかあんまりなかっただけで……。わざと解かなかったわけじゃ……。」 『ない。』そう言いかけた儀礼の肌を、獅子の怒気が焦がす。 呪いを解けなかったのは事実だ。 たいていどの町でもトラブルに巻き込まれて、逃げるように町々を後にしてきたから。 だが、儀礼が交渉の度に、怒気除けとしてナイフを持ち歩いてたのは、ごまかしようもない事実で……。 (まずいよな。) 顔を引きつらせたまま固まる儀礼。 (獅子だけなら十分ごまかせる自信はあったのに。) 思わぬ伏兵がいた。 「白、そういう時は黙ってるのが優しさだろ……。」 ちらりと白を見て、情け無い声で儀礼は言う。 「ガンガン言え。」 視線を白に向けながらも、儀礼に対する怒気を弱める様子もなく、容赦なく獅子は言った。 獅子の怒気に固まる儀礼と、おそらくは『嘘をつかれた事』に怒っている獅子。 そして、怒る獅子に、炎の塊となって対抗しているのは先日も白が見た、火の精霊。 その燃え盛る火の粉は当たり前の様に、儀礼へと降りかかっている。 そんな彼らを見て白は笑う。 擦り切れた精神をほどき、やせ細った頬を赤く染め、固く閉じた唇を綻ばせる。 『降りかかった不幸(のろい)を糧(かて)にするか枷(かせ)にするかはそのものしだい。』 (ならば私は糧にしよう。) 三すくみ(?)を演じる彼らを見て、白は微笑み(わらい)続けていた。 守護精霊であるシャーロットを始め、獅子や儀礼、その周りにいるたくさんの精霊たち。 強張っていた白の心がいつの間にかほどけていく。 この時から白の顔には屈託のない笑みが、浮かぶようになった。 呪い(不幸)は解けない。でも、白はもうそれに一人で屈することはない。 白は、新たな力(こころ)を手に入れた気分だった。 ←前へ■ギレイ目次■次へ→ 小説を読もう!「ギレイの旅」 315話この話と同じ内容です。 NEWVEL:「ギレイ」に投票 ネット小説ランキング「ギレイ」に投票 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013.05.25 11:05:44
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