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「なんだ、お前……。」 儀礼たちの後方から現れた、黒髪黒瞳の少年に、酔っ払いの男たちは息を飲む。 すでに、獅子の気配に飲まれているようだった。 「この人たちが白に絡むから、兄として放っとけないだろ。」 「お前のどこが兄だ。白のがずっとしっかりしてる。」 「うう。……ひどいよ。じゃぁ、名付け親。」 目に涙を浮かべて、それでも気を取り直したように微笑んで儀礼は言う。 「お前は、勝手に何にでも名前をつけてるだけだろ!」 獅子が怒鳴れば、火の精霊も負けじと炎を強める。 すると、周囲のランプがさらに明るさを増した。 「そういや、儀礼。お前、昔、学校のランプにも名前付けて持ち歩いてたってな。」 その明るいランプを見て思い出したのか、歩いてきた拓がそう言った。 利香もいるので、どうやら、食べ終わったらしい。 「何で知ってるんだよ。」 ランプを持ち歩いていたのは、確か儀礼が5歳になる前のことだ。 「槍峰(やりみね)の姉貴たちが言ってたな。ペットのようにランプを連れて歩いてたって。それも変な名前を付けて。」 にやにやと拓は笑う。 確かに、小さな時、儀礼はどこに行くにもランプを持って歩いた時期があった。 それはとても大切な思い出で、それを思い出した途端に、儀礼は拓に怒鳴り返していた。 「変じゃない! 火の王でヒオウだ!」 《ヒオウじゃねぇ! Fio、フィオだ!》 儀礼がヒオウと言った瞬間に周り中のランプの炎が燃え上がった。 驚いたように儀礼は目を見張った。 《お前は、昔っから発音おかしかったな。父親ゆずりか?》 腕を組み、胡坐をかき、考えるように首を傾げて、空中で小さな火の精霊フィオがつぶやく。 気の強そうな目元、自信溢れる口元、そして、透明な美しい精霊の羽。 「火王(ヒオウ)……?」 燃え上がるランプに目を留めて、儀礼は呆然と呟く。 《フィオだ。》 儀礼の目の前に飛び上がり、フィオが言う。 「フィオだって、ギレイ君。12歳位の姿をした火の精霊だよ。」 その位置を指差し、白が言えば、儀礼は目を見開いたままボロボロと涙をこぼした。 「そうだ、フィオ……。どうして僕、忘れてたんだろう。母さんに聞いた、精霊の友達の名前。」 驚いたように呆然と儀礼は涙を流し続ける。 その精霊は見ることはできなかったが、幼い儀礼に、いつでもランプの中の炎を揺らして、確かにその存在を示してくれていた。 「えっと、昔、ギレイ君が誘拐されかけた時に、魔力を使い過ぎて、一度消滅しかかったんだって。だから、精霊としての存在が消えて、ギレイ君は忘れちゃったんだって言ってる。」 精霊の言う言葉を白は儀礼に伝える。 しかし、その言葉が本当ならば、消えかけるまでに弱った精霊のフィオはやはり、また新たに姿を保てるまでに脅威の回復をしたことになる。 儀礼の生きてきた、たった15年という時間の中で。 「誘拐されかけた時って? いつのこと? 4歳までは僕、火王(フィオ)のこと覚えてたよね。」 涙を袖で拭きながら、儀礼は尋ねる。 《お前が剥製(はくせい)にされかけた時だよ。大丈夫だ。もう、あんなことにはさせない。絶対に俺が守るからな。》 まるで、保護者ででもあるかのように、フィオは優しく儀礼を見つめる。 ランプの炎が食堂中で明るく揺れた。 「ギレイ君が……はくせいにされかけた時だって……。」 はくせい、剥製? と、白は自分の言った言葉に青ざめる。 「5歳の時。あ、あの時、父さんや穴兎だけじゃなくて、フィオも助けてくれたんだ。消滅しかけて……?」 ぎりっと儀礼は奥歯を噛む。 「フィオ。助けてくれて、ありがとう!!」 そう言って、儀礼は食堂のランプに向かって微笑んだ。 残念ながら、フィオはそことは逆方向にいるのだが、強大な魔力が動いたのが、白には分かった。 魔力は火の精霊フィオへと注がれる。 煌煌(こうこう)とフィオは強い光を放つ。 ほんの少しだけ成長したように見える。人間にして、1歳分。 精霊にすれば100年分の成長。 白の顔はさらに青ざめた。 《ばか。お前は、また配分も考えずに他人に魔力を与えちまって。また、魔力切れで倒れるぞ。ただでさえ無茶ばっかすんのに……。》 呆れたように、困ったように言った精霊の口元は優しく緩む。 《でもな、ありがとう。》 嬉しそうに精霊フィオは笑った。 「おい! いい加減にしろよ!」 突如、苛立った声が食堂内に響いた。 最初に白に絡んできた男の声だった。 仲間らしい5人の男たちも腕を鳴らして戦闘態勢になっている。 「俺達をここまで、こけにしてくれたのは、お前らが初めてだよ。」 別の男が怒りに顔を赤く染めて言った。 儀礼たちの中では、すでにこの男達との話は終わっていたのだが、男たちの中ではまだ続いていたらしい。 拓と獅子が前へと進み出る。 しかし、泊まっている宿の食堂で、乱闘騒ぎは避けたいところだった。 追い出されることになるからだ。 儀礼は腕を広げて二人を止めた。 そして、いたずらっぽく口元をにやりと上げる。 「この店のランプって、明るいよね。」 意味ありげに儀礼は呟く。 「何をどうでもいいことを、話を逸らす気か!」 怒りをあらわに、6人の男たちが儀礼たちへと殴りかかってくる。 「獅子、六ね。フィオ、お願い!」 にっこりと楽しげに儀礼は笑った。 次の瞬間。 儀礼たちと男達との間には、食堂のランプから燃え上がった炎で壁が出来上がっていた。 殴りかかっていた男たちの腕を、炎の壁が焼き付ける。 「うお~ぉ!」 その場に、男たちの呻き声が響き渡った。 炎の壁は一瞬でなくなり、その場に儀礼たちの姿は、なくなっていた。 儀礼が獅子に言った『六』とは六時の方向、後退を指す言葉だったのだ。 ←前へ■ギレイ目次■次へ→ 小説を読もう!「ギレイの旅」 330話この話と同じ内容です。 NEWVEL:「ギレイ」に投票 ネット小説ランキング「ギレイ」に投票 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013.06.10 10:15:53
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